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爆裂!!三国伝  作者: 縦河 影曇
第一章:草原を駆ける!!

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九、劉縯の血

「おぬしは!『張世平(チャン・シィピン)』!」


 日は沈みかけ、辺りはすっかり茜色。


 カラスが鳴く中、蘇家師(ソ・ジアシィ)が突然の訪問者を指差して叫びました。


 陽炎(かげろう)のように立つ背の高い老人は、


「いかにも!皆からは『張大人(チャンターレン)』と呼ばれておるぞな!」


 と名乗り『ふっ』と鼻息を吹きます。


 こうしてにわかに、達人同士の邂逅(かいこう)が行われたと『先主』劉備は、後に述べられたそうです。



 張大人は、黒い衣服の音を『ボッボッボッ』と立てながら動きだしました。


 勢いよく跳ねる後ろの編みこんだ髪。


 彼は直立してその動きを定めると、人差し指を頭の上で立てました。


「一角獣拳の神髄はその突撃力!」


 そう劉備たちに喝を放つ張大人。


(こう)を込めれば、その一指は矛と化す……」


 と、老人は指をゆっくり前に出します。


 劉備と仲間たちは、じりじりと後ずさりました。



 両腕を素早く羽ばたかせる蘇家師。


「あやつの指は危険じゃ!おぬしらは下がっておれ……」


 老師はその翼を背にして構えると、唸るようにして皆を下がらせます。


 劉備はその目に覚悟のようなものを感じ、皆に目配せをしました。


「天馬拳か……師匠の下でしごきに耐えた日々が懐かしいのう……」


 張大人が目を細めると、何故か劉備の背筋に悪寒が走りました。



 その速さ、黒い稲妻の如し!


 音もたてず地面に舞う砂埃に、劉備は息を吞みました。


 矛のように尖らせた指が、まさに紙一重で劉備のみぞおちの前でとどまっています。


「うぐっ……」


 劉備は胸に少し痛みを感じました。



「何故、このわっぱを狙う?」


 張大人の腕を掴む蘇家師は、呻くように言いました。


「それは、お前が良く知っておるぞな」


 そう返し、左の人差し指を立てる大人。



 蘇家師の手が張大人の刺突を防ぎます。


 地面には赤の丸跡が。


 劉備はその一瞬の出来事に『はっ』となって、ようやく身を引き叫びました。


「蘇老人!」



備耳ペイアル(劉備のあだ名)、このままじゃ蘇の爺さん、のされちまうぜ」


 耿が二人の老人を顎で指します。


 劉備は手を耿の前に出し、


「達人同士の命のやり取りに、俺たちは無力だ……」


 と、状況を静観する判断を下しました。



 天高く突き立てられた蘇家師の脚。


 素早いそれは、張大人の首筋を襲います。


 瞬きする間に行われた達人たちの攻防。


「ぐっ!」


 その蹴りを肩と頬で受け止めた、張大人の悲痛な唸り声が響きました。



 脱兎の如く離れて、もつれたその身を解く二人の達人。


「攻勢に晒したその腹が隙となったな!」


 張大人は腹をさする蘇家師に叫びました。


「己を庇うあまり、狙いが定まらんかったのかのう……」


 蘇老人は首をさする張老人に返します。



 天幕の中から老夫たちが出てきました。


「なんの騒ぎじゃ?……あっ、蘇家師!」


 老人たちは天幕の中から得物を取り出し、振り上げます。


 張大人は笛を口にし、警笛を鳴らしました。


 辺りに『ピィィッ』っという音色が響きます。


 劉備に顔を向ける張大人。


 彼は劉備を指差し、


「麒麟の守護を受けし劉の血筋のものよ!」


 と叫びました。


 背筋が『ゾクッ』として、冷や汗を流す劉備。


 「せいぜい、そのジジイにたばかれんようにな!」


 と、大声を上げます。


「やかましいわ!」


 張大人の方へ足を踏み出す老夫たち。


 すると、一本の矛が老人たちの間に突き刺さりました。


 老夫たちが思わず身を引くと、黒い衣を纏った少年が現れ、張大人を抱え上げます。


「爺ちゃん、大丈夫か!」


 少年はそう言うと、その身の丈より長い矛を抜いて目を吊り上げました。


「この俺と命を賭するやつは、とっととかかってこい!」


 大声を放ち、矛を横に構える少年。


「何だあいつ!童なのに凄い迫力だな!」


 耿が声を上げると、


フェイ坊、ここは退くぞ……」


 と張大人が指示し、少年は頷いて矛を振り回しながら走って行きました。



 蘇家師は張大人たちが見えなくなると、その場に膝を付きました。


 腹を押さえ倒れこむ蘇家師。


 「蘇家師!」


 劉備は老体に駆け寄って支えます。


「こうなってしまったからには、ここをすぐに発つ……」


 悲痛な表情で呻く蘇家師に、老夫たちは静かに頷きました……。



 天幕を畳みはじめる、蘇双(蘇家師)ら馬商人たち。


 劉備は愛馬『(てき)』を連れて来るため、大きな桑の木の屋敷に帰りました。



 くつわに結ばれた手綱を握り、


「的よ、しばらく旅をする事になった……」


 と愛馬に語り掛ける劉備。


 その時、背後から


「こんな夜中にどこへ行くつもりか!」


 と、凛とした女性の声が聞こえました。


 その声に、劉備は背筋を凍らせます。



 恐る恐る振り返る劉備。


 そこには、月の光に金の髪飾りを輝かせて、劉備の母が立っていました。


「はっ、母上!」


 厩の隙間から漏れる光が、美しい中に秘めた厳しい表情を映し出しています。


 劉備の手には、汗がべっとり。


「『儒学』の教室へ通わず、馬に明け暮れていると思えば、今度は夜逃げの支度、お前はいつになったら我が道を定めるのか!」


 母上は、劉備を責め立てるように声を荒げました。


 "やべえ、何とかしないと"


 劉備の頭の中に次々と思いつく言い訳。


 しかし、自分を険しく見つめる母上に、劉備は意を決して口を開きます。


「母上!俺の夢は馬で中華を駆けめぐる事!今、それをなんとか形に出来そうなんだ!」


 その言葉を聞いた母上は、下を向いて体をプルプルと震わせます。


 "だめだ、終わった……"


 劉備がそう思っていると、母上は一回息を呑み込んでから。


「亡き夫のように仕官の途へ就かせるため、お前に儒教を修めさせようと思っていました……」


 と、穏やかに語り出しました。


「しかし、武で名を()せた劉縯(りゅうえん)さまの血には(あらが)えないのですね」


 母上は静かに笑い、誇らしげな表情で劉備の顔を見つめました。


「母上」


 顔を引き締めて、応える劉備。


 母上は、話を続けます。


「私がこの家に嫁いでから、実家である(こう)家は清流派(せいりゅうは)濁流派(だくりゅうは)の争いに巻き込まれて、お家断絶の()き目に……」


 窓から見える屋敷の大きな桑の木が、夜風にそよいでいます。


 母上はそちらへ視線を移し。


「すっかり気を落としていた私でしたが、ある人がこの桑の木を見て『この家からは必ず高貴な人物が生まれる』と予言したのです」


 と、再び視線を我が子へと戻しました。


「その言葉がどれだけ心の救いになったことか!」


 母上が再び、じっと劉備を見つめます。


「早くに夫を亡くした私は、女手一つで王者の血筋に恥じぬよう、父の代わりも務めながらお前を厳しく育ててきました」


 上を向いて閉じた劉備のまぶたの中には、(わら)(むしろ)履物(はきもの)を作ってはそれを売るため、母上と一緒に周りの村々を歩き回っていた子供の頃が浮かびます。


 "時折、母上を厳しく感じた事もあったが、そんな思いを心に秘めていたとは……"


 母上は力強い声で、我が息子へ言葉を放ちます。


「我が子よ!胸を張って劉縯さまの子孫を名乗りなさい!」


 今まで我慢していた様々な想いが堰を切るようにして、劉備の目から涙が流れました。


「母上っ、母上っ、うぐっ、ありがとう……」


 成長した我が子を静止するように、ただ肩に手を添える母上。


 劉備は涙を拭うと、的の背に飛び乗りました。


 夜陰に向かって駆ける人馬。


 見送る母上の姿が、徐々に小さくなって行きました。



 夜道を馳せて皆の下へと戻ると、天幕はすっかり片づけられていました。


 ノッポの青年が目を細め、息を一回「すぅ」と吸ってから語り始めました。


「なんつうかさぁ……」


 その言葉に被せるようにして、背の低い少年が声を上げます。


「劉のアニキ!」


 皆の下へ戻った劉備。


「来たな!」


 耿がそう言って、的から降りた劉備と並んで歩きます。


 荷物が大量に積まれた馬車の前で、蘇家師が待っていました。


「ほっほっほ、皆揃ったようじゃな」


 手負いの蘇家師が馬商人の老夫に支えられながら、少年たちに目を向けます。


「ワシはこの通りゆえ、いざというとき戦力にならん、そこで……」


 彼はそう言うと、劉備を手招きしました。


 蘇家師の前へ歩みを進める劉備。


「おぬしの血筋を、もう一度聞かせて頂きたい」


 すっかり迷いのなくなった劉備は、


「俺は、長沙定王(ちょうさていおう)劉発を継ぐ、臨邑侯(りんゆうこう)末裔(まつえい)です!」


 と、胸を張りました。


 それを聞いた蘇家師は困惑の表情になりました。


「ほっほっほ……何て言うか、それでは少々認知度(にんちど)が低いゆえ、皆に畏怖(いふ)(ねん)を与えづらいかものう……」


「はあっ⁈」


 蘇家師が引きつった顔の劉備に、文字の書かれた木簡を手渡しました。


「すまんが今日からは、こちらを名乗って頂きたい」


 『先主』劉備は月明かりに照らされたその小さな木の板を眺め、思わず目を細めたと、伝えられております。


 次回に続く。

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創作のエネルギーと致します。

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