◆ 第1部 禁忌の森と電子の工房 【1−5】
第5話 継承の儀(アル・ゼナスの遺産)
ユールが訪れてから数日が経った。
その間ユールは日に数度直哉の元に訪れていた。何か食べらるものを携えて現れる時もあれば、手ぶらで現れる時もあった。
直哉は彼女と初めて会った時のこと反芻していた。「何故名前を知っていたのか。アルとは?あまりにも情報が少なすぎる。」
そんなことを考えながら、整えたばかりの水車小屋と新設した配管を眺めていた。森のせせらぎが水車を回し、落差を利用した水流が発電機を規則正しく唸らせている。その電力は家と倉庫に引き込まれ、NAS蓄電池へと安定供給されるようになった。
──夜間の思索のために、どうしても必要だった電力。
それを満たした今、ようやく次の段階へ進める。
そんな確信を抱いていた矢先だった。
「直哉さん。そろそろ……お伝えする時が来ました。」
直哉の思索を打ち破るようにユールが語りかけてきた。その表情はいつもより真剣な眼差しを直哉に向けていた。
「ついてきてください。アル・ゼナス様があなたに託した“遺産”へ、ご案内します。」
言われるまま遺跡へ戻った。以前枯葉や小枝が散乱されていた大理石に似た石の床が、枯れ葉や折れた小枝が綺麗に取り払われていた。ユールはその中央に立つ。
そこには、今まで気づけなかった“床に継ぎ目”があった。ユールが小さく呪文を唱えると胸元のペンダントが一瞬光ったような気がした。
その刹那石床が静かに左右へと割れる。
床にぽっかりと穴が空き、地下へとと続く階段が現れた。
「こんな場所が・・・・・・?」
「あなたが“後継者”だからです。」
ユールは階下に手をかざして、静かに言った。
やがて階段の奥、日が入らぬ先が光出した。
「さあっ。」とユールは言うと階下へと降りていったので後に続いていった。
階段を降りるとそこには長い廊下があった。廊下の両脇は本棚になっており書物や巻物が所狭しと置いてあった。
「ここにあるものはこの地でも入手可能な人間たちの知恵でございます。」
図書舘さながらの蔵書量だった。ユールが進む先は真っ暗ではあったがユールが一歩一歩進むごとに前方が明るく灯され、反対にユールの後に続く直哉の後ろの明かりは消えていった。やがてユールたちの行く先を遮るように青白い壁がたちはだかった。
ユールは立ち止まり直哉の方に振り返る。
「ここから先は……アル・ゼナス様と限られた人しか入れなかった領域です。」そういうと胸元にあったペンダントを直哉に手渡すとユールは元来た廊下を戻っていった。
ユールの背を見つめていると背後でゴゴゴゴゴッと低い音がした。
振り返ると行き止まりの壁が開いていた。
壁が完全に開き終わるとジジッと音がして青白い影が現れた。
「私はこの場所のナビゲータだ。この場所の説明とお前の疑問を少しだけ説明してやろう。」
青白い影は人型のシルエットをしており180cmほどの高さだ。
壁の先に広がる空間へ足を踏み出す。
足を踏み入れた。そのとたん天井全体に明かりが灯る。そこには広大な空間が広がっていた。
直哉は息をのむ。
壁一面に収蔵された巻物、書籍、石板。
いくつもの棚には金属や鉱石、魔石、細工された謎の装置、錬金器具。
複雑な魔術式や図面が描かれた巨大なテーブル。
さらに、パーツ庫のような家具。
そして作業机がいくつか置かれていた。
まるで巨大な工房と研究所の融合体だった。
「これが……アル・ゼナスの、“遺産”……」
「そうだ。そして、ここにある全てが、あ前に継承される。」
あの青白い影が静かに直哉に近づきそう告げた。
「アル・ゼナスは、亡くなる前にそう言っていた。『私の研究を継げる者は、いずれ“違う世界”から来る』と」
「……まさか、そんな予言じみたことを……」
「いいや、予言などではない。この場所は世界の外に接しているとアル・ゼナスは言っていた。奴はその“歪み”を観測していた。詳しくは、そこの作業机の文献に書いてある。」
直哉は部屋中を隈なく歩き回り巨大なホールを調べ出した。あの青白い影は動き回る直哉の後について周り説明をしていた。
『これは忙しくなりそうだ。部屋から機材を持ち込んで来ないと。』
直哉はこの地下工房にノートパソコン、ポータブルスキャナ、カメラ、プリンタなどを持ち込み、目の前の資料に向き合った。
魔術式の構造、素材の特性、魔石の階層分類、魔力の流動モデル……。
一つひとつが異世界技術でありながら、彼の持つ工学知識で理解できる“共通言語”を持っていた。
魔術とは、“エネルギー制御技術”の変形なのだ。
読み進めれば進むほど、アル・ゼナスがいかに体系的に魔術を研究し、科学との接点を模索していたかが分かる。
「すげぇ……アルって人は、ここまで整理してたのか。」
「ほう。理解できるのか?」ナビゲーターが後ろから声をかけてきた。
「むしろ、こういう体系立った研究って、俺の世界でも普通にあるスタイルだよ。データ化すれば、さらに分析しやすくなる。」
直哉は大量の資料を丁寧にスキャンし、フォルダ分けしていく。
NASとノートPCを同期し、データベース構造を構築する。
ナビゲーターはその様子を、見つめかのように直哉の後ろに佇んでいた。
「まるで魔術工房が息を吹き返したようだな……」
「いや、まだここからだ。彼の考えた魔道具理論と、この世界の素材特性、魔力の法則……全部を“技術”として統合しなきゃならない。」
「それが、理解できたのか……?」
「ああっ。それだけじゃない。彼の残した知恵と、俺自身の技術を“すり合わせて”いくこと。そのためには、ここに篭ってデータを整理して、試作して、検証して……やることは無限にあるな。」
直哉は笑った。
久しぶりに、“技術者としての血”が騒いでいた。




