◆ 第1部 禁忌の森と電子の工房 【1−4】
第4話 観測者の夜 ― 三つの月の下で ―
何種類目かの食品テストを終えた夕暮れ、「しかし、この広場の周りには食べらるモノが沢山あるなぁ・・・・・・。」
「・・・・・・まるであつらえられたようだ。」
そして翌日——
直哉はNAS蓄電池の稼働ログを眺めながら、首を傾げていた。
前日の発電データと照らし合わせると、太陽の昇降サイクルに数分のズレがある。
このズレが、単なる時計の誤差ではないことは、直哉の経験が告げていた。
「・・・・・・時間の進み方そのものが違う、ってことか?」
実測を確かめるべく、父の遺品――天体観測用の赤道儀と分光時計などの必要そうな機材を父の部屋から持ち出し家の屋上に運んでいく。
長年メンテナンスされていない金属はやや鈍くくすんでいたが、機構はまだ生きていた。
彼は家の屋上の見晴らしのよい場所にそれを据え、天体の観測の準備を始めた。
NAS蓄電池の残量を考え、夜間の活動は最低限に抑えていたため、夜空をじっくり見上げるのはこれが初めてだった。
――そして、直哉は見てしまう。
闇の天頂に浮かぶ三つの月。
一つは青白く、もう一つは鈍い銀色、最後の一つは紅を帯びて淡く脈動していた。
それぞれの公転軌道は微妙に異なり、互いの光を干渉させながら夜を照らしていた。
まるで、異なる時空が空の上で重なり合っているように。
「・・・・・・やっぱり、ここは地球じゃない。」
呟きは、誰に届くでもなく消えていった。
だが、観測によって得た確証が、直哉の心に静かに重く沈む。
これまで“かもしれない”と思っていた仮説が、事実へと変わった瞬間だった。
観測機器の設置を終える。あとは観測データはサーバに保存され自動解析されるに任せておけば良い。そして直哉は次なる計画を練り始めた。
この世界の昼夜周期が異なる以上、ソーラーパネルだけでは電力の安定供給が難しい。
夜間作業やデータ処理を行うには、持続的な発電手段――水力が最も現実的だと判断する。
彼は翌朝から、周囲の地形調査に取りかかった。
地図作成アプリとドローンを連動して、上空から地形の高低差をプロットして地図を作成していく。
川への最短距離と地形を掌握し水車建設の候補地を探し出した。
遺跡の南側の森の奥、細い谷筋のような影が地図上にあった。
完成した地図をもとに候補地に進むと、ようやくかすかな水音が耳に届いた。やがてその水音は大きな水音に変わっていた。
「・・・・・・あった。」
木々の合間、苔むした岩の間を水の流れが通っていた。
その流れはあたりの岩盤を削り、天然の落差を形成している。
理想的な――小型水車を設置できるポイントだった。
帰宅後、直哉はCADソフトとホワイトボードを行き来しながら設計を開始した。
基礎には現地の石を用い、軸受けは持ち込んだベアリングと金属パーツで補強。
発電機は部品庫に転がっていたブラシレスモーターを転用する。
潤沢な水量を最大限に利用するために、直径を大きく、回転効率を重視したオーバーショット水車を選定した。
数日を費やし、部品を組み上げる。
風と水の音だけが響く森の中で、直哉は黙々とボルトを締め、配線を繋いでいった。
やがて最後のケーブルを接続し、スイッチを入れると――
「・・・・・・来た!」
自然の落差を得て急流が発電機の羽根を回し、発電機がわずかに唸りを上げた。
制御盤のインジケーターが、ゆっくりと緑に灯る。
自作の電力モニターが、安定した電圧の供給を示していた。
それは、文明の再生の第一歩だった。
電力の確保ができた今、直哉は上下水の整備に取りかかった。
浄化フィルターには活性炭と砂利を用い、貯水タンクを屋上に設置。
配管は倉庫の中のポリパイプと接着剤を駆使し、最低限の水循環システムを組み上げる。
数週間の作業の末、ようやく“自立した生活圏”が完成した。
その夜。
直哉は水車のおかげで昼夜の電力を確保することと生活の基盤が確保
できた。
直哉の家に煌々と灯を灯すことができた。
直哉は家の屋上に立ち闇夜に黒々とした森の広がりを見つめて、ほっと一安心した。
やがて三つの月が上りゆるやかにそれぞれの月光が交差し、静かに森を照らしだした。
「電力も水も食料も確保できた・・・・・・。」
この遺跡は、もはや孤独で先のない避難所ではなく、彼自身の拠点になりつつあった。
そのとき――
それまで静けさを称えたこの場所に風が吹き出し木々が囁き出した。
森がざわめき、空気が変わる。
それまでの静寂打ち壊す風鳴りの中で、石柱の光の粒子がゆらりと漂い始める。
遺跡の中央、石柱の淡い光の中に、ひとりの女性が姿を現した。
白銀の髪が夜風に揺れ、翠の瞳が静かに彼を見上げている。
長い耳が月光を受けて、微かにきらめいた。
直哉は言葉を失い、数秒ただ立ち尽くした。
だが次の瞬間、足が勝手に動いていた。
息セキ切って彼女の前にただりついた直哉に向かってその女性が口を開いた。
「――ついに、この地へ辿り着かれたのですね。アル=ゼナス(Al=Zenas)樣の後継者――ナオヤ・・・・・・。」
「私はユール=ティオナ(Yule=Thiona)。ハイエルフ。アル様からあなたに御仕えするように仰せつかっているこの場所の護人です。」
この森を護る古き神殿の守護者が、ついに彼の前に現れた。
彼の心臓は早鐘のように撃ち唸らされ彼女のその言葉の意味を理解できずにいた。直哉はただ、息を整えるしかなかった。




