谷園さんは防犯意識がヤバ過ぎる
コンビニでバイトをしている女子高生の羽音は、同級生で同じバイト先の谷園さんと暇していた。
外は横薙ぎの猛吹雪。 チーフは事務仕事中。 お客さんの来ないコンビニで掃除をしたり、賞味期限の確認を始めたり、防犯グッズ好きな谷園さんから自作スプレーを貰ったりして時間を潰していると。
1人のお客さんが包丁を片手に入店した。
そして秒殺で取り抑えられた、谷園さんに。
その日は酷い猛吹雪で、午後からずっと水の染みた灰のような雲が、昼間の空を厚く覆っていた。
暗い……登校時はそこまででも無かったのに、出勤時にはもう吹雪化。 より更に風の強くなった野外を目に、ガラスに当たる横薙ぎの雪を耳にして、私は血の気が引くくらい気が滅入っている。
どうやって帰ろう……
まぁどうやっても何も、踏ん張るしかないんだけど。
子供の頃から雪道には慣れてるからって、これは試練が過ぎるでしょ。 絶対風に煽られて滑るやつ。
元々、大型トラックか近隣住民しか立ち寄らないような地元のコンビニなのも相まって、客が来ないから始めた床掃除もそろそろ輝きだしそうだ。
店員だって、今はチーフと私と谷園さんだけ。 そのチーフも事務に集中してる。
掃除用具を片付け、賞味期限切れの商品を見落としていないかの確認を始めながら、レジで作業している同級生の谷園さんに話し掛ける。
「谷園さんってさ、何で髪伸ばさないの?」
「いきなりね」
あちらもただの暇潰し中だったらしく、いつものように淡々と即答された。
「何故かと問われても……何となく。 手入れの面倒さや諸々の負担、何より長髪に興味が無いからね。 邪魔だと感じながら維持するほど、私に似合っているとも思えないし」
「そっかぁ……」
相変わらず声に感情の乗らない、良く言えばクールな返答に、表には出さないよう内心で昂っていた。
今課金してるゲームの推しキャラが、ちょうどこんな感じなんだよね〜。 声も少し低めな、ダウナーお姉さん。
と、途切れた会話を、今度は谷園さんが繋げてくれる。
「それで? 羽音さんは?」
「ん?」
「ん?って、羽音さんは何で髪を伸ばさないのかな、と」
「あー……」
ちょっと答えに迷ったが、ここは自己紹介の延長のようなものと考え、まだ言ってない情報だけ返すことにした。
「ロング好きだよ。 けど谷園さんと同じで手間ってのと、『ロングしたい時はウィッグで良いや』ってなってさ。 それもバイトの理由かな」
他にも色々ある。 入りたい部活が無かったとか、課金ゲーするなら自分で稼ぎたい!って気持ち。 そっちはバイト初日の自己紹介で言った。 同志だったらバイトも楽しくなるかな?って。
でも、その時の谷園さんが予想外過ぎて、今でも私から話し掛ける間柄になっている。
……その谷園さんの理由っていうのが。
「ケルベロスを買いたいので」
だった。
「ケルッ……え? 犬?」
「ケルベロス。 刺股に取り付け、相手を腕ごと拘束できる防犯グッズです。 初めて見た時に一目惚れしました。 が……さすまた含め、置く所も無いと親に拒否され。 自分の稼ぎでならばと説得し、バイトを始めました」
「…………へぇ〜……」
リアクションに困ったのはチーフも同じだった。
「オロチと迷いましたが……バイト代でなら両方購入できますし」
その時のワクワク顔といったら、まるでデートの予定でも立てている乙女で。
帰って検索したら、社長がボコられてて寝るまで笑ったわ。
高校で同じクラスになり、かと言って接点の無かった私達が初めて会話らしい会話をしたのは、この時だった。
彼女がこの客の来ない今でもずっとレジに留まり続けているのも、アレが目的だったりする。
カラーボール。 強盗などが来た時に投げてぶつけるカラフルな玉だ。
レジの内側に置いてあるあの防犯グッズに触れるのがそんなに嬉しかったのか、初日から積極的にレジ担当になりたがった程で。
接客やお金を扱うのに自身の無い私からすれば、谷園さんはまさに救世主だった。
そんな空気を読んでくれたらしく、チーフも意図的に私達を同じシフトで入れてくれている。 まぁ谷園さん、ほっとくとレジ内側ばっか何度も来て、潔癖症並に整理整頓したがるからね……
「そうだ。 羽音さん、ちょっと来て」
「なに?」
珍しく谷園さんにレジに呼ばれた。 なんじゃらほいとレジに入り、何だか他人の部屋に来たような感覚でそわそわしていると、谷園さんはいつの間にか手に持っていた薄緑色の、100円ショップにでもありそうな小さなスプレーを私に渡した。
「何これ?」
「簡易的な唐辛子スプレーに山葵を溶かしてみたの、自作だから1つあげるわ」
え? 何その手作り農薬みたいなレシピ。 あ、ちゃんとキャップに『防犯』ってシールまで貼られてたし。
自作、で思い出した。 そういえば谷園さん、防犯グッズが好き過ぎて自作してるって言ってたっけ。
小学の時に親から貰った、猫の防犯ブザーを今でもスクールバッグに着けているほどの防犯グッズ好きなのに、その後クリスマスに強請った催涙スプレーで「もう充分でしょ?」と、それ以降は買ってくれないらしい。
だから自作もしてるって……え? スプレー二刀流でも目指してた?
掌に収まる、プラスチックの硬くて冷たい感触がなんだか生々しい。
てか、こういうのって所持してて大丈夫なのかな? 刃物じゃないからOK、だったりする?
とは言え防犯スプレーなんだし、善意だよね?と「え〜……ぁありがと〜……?」と、私には下手な愛想でやり過ごすしか出来なかった。
「ただの唐辛子と山葵だけれど、臭いが気になるなら手の甲にワンプッシュして嗅いでみると良いわ。 アンモニアを嗅ぐ要領でね」
「あぁ……うん。 大丈夫ぅ」
肌荒れしそう……
レジから出て、作業をするフリをしながら夕飯の弁当を品定めをする。 ……フリをしながら、私の意識は谷園さんに向いていた。
美人で授業態度は真面目。 バイトを始めてから目で追うようになっただけでも、暇さえあれば読書してたり、独りの時間が多いくらいしか印象に無い。
高嶺の花……とはなんか違う、良い意味で近づき難い空気感。
私だって未だに校内じゃ話し掛けられないもん。 変に注目されそうで。
そんな谷園さんが見せてくれたとんでもないギャップ。 知っているのは私以外にいったい何人いるのだろうか。
コンビニバイトもだけど、私と谷園さんだけの秘密みたいで、実はちょっと嬉しかったりもする。
バン!
「ふひっ! なに今の!」
背後。 外からガラスを叩かれたような音に、小動物のようにビクビクする私。 と、レジから見える位置にいた谷園さんが、事も無げにその方向へと視線を向けた。
「一瞬だったけれど、雪の塊かも。 この風だからね」
「そんな事あるぅ〜?」
商品棚を盾に覗くと、外は大荒れで。
本棚の向こうにあるガラスにはヒビ1つ入っていない事には安心しながらも、ホラーゲームの導入みたい……なんてふと思った。
突然風の音が大きくなったかと思ったら、1人分の足音。 入店を知らせる音楽が鳴り、ガバンッと扉が閉まって風の音が元に戻った。
おっとお客さんだ! と気を引き締め直していると、足音はレジへ直行し。
私の方からでも見えるようになった、黒い防寒具と黒いニット帽の男が、
「金出せ」
と谷園さんに包丁を突き付けた。
…………へ?
「……強盗ですか?」
「あ? 早くしろ!!」
変わらず冷静な谷園さんに、苛立つ男が包丁を強調するように構える。
男の声は30代くらいで、私からでは背中しか見えない。
…………やっ、え? 本当に?
呆気にとられていた私はといえば、いきなりで頭が追い付いていなくて。
声も出せず、その場で突っ立ったまま。
「少々お待ちください。 レジを開けますので」
普段通り手際良く対応する谷園さんを、遠くから見ていることしか出来な……
シュッ!
「がっ! ぁぐあ!!」
何かが聞こえた直後、男が包丁を床に落として藻掻き苦しみだした。
そのまま千鳥足で咳き込み続ける男に、谷園さんがレジから出て来て男を両手で突き倒す。
「ぐっぅ!」
「…………」
仰向けに倒れ、後頭部を強打したらしい強盗に、何故そうしたのか、無言の谷園さんは馬乗りに跨った。
「えっ? ちょっ!」
動揺と心配から、(谷園さんを助けないと)と震える足でなんとか歩み寄った私が見たのは。
「瞼を開けてください、次は直接吹き入れてみたいので」
いつの間にか強盗の両手首を結束バンドで拘束していた、凄く楽しそうな声色の谷園さんだった。
「ゔっ、何ここ痛いっ」
私は何もされてないのに、目や鼻がチクチク痛む。 と、その声で私に気が付いた谷園さんが、顔は強盗を見下ろしたまま注意してくれた。
「あっ、羽音さん。 目を細めて息を止めて、喋らないで、こっちに。 その辺りはまだ刺激臭が漂っているから」
谷園さんの隣に、薄目で移動する。
あっ、こっちはなんとも無い。 ナニコレ?
「刺激臭?」
「羽音さんに渡したスプレーよ。 アルコールに入れているから、揮発性が高いの。 本当は消毒用アルコールにしたかったのだけれど、失明して過剰防衛扱いされたくなかったから、レシピ通り焼酎を使っているわ」
「失明?! えっ、このスプレーは大丈夫なんだよね?」
「もちろんよ、催涙スプレーと同じ材料だもの。 辛味成分のカプサイシンっていう細かい針が、大量に目や喉へ刺さっていると想像すれば良いわ。 これには更に山葵を足してみたのだけれど。 ……でもやっぱり、ハッカ油も追加してみれば良かったかしら?」
と、怖いこと言ってるっぽい谷園さんの近くに包丁を見つけ、慌てて遠くに蹴り飛ばす。
「あら、意外と動けるのね。 届かなくて困っていたのよ」
「…………強盗、なんだよね? 本物?」
「本物よ。 予行練習の報せは来ていなかったし、ドッキリでも本物の包丁は使わないわ」
まだ息苦しいのか、拘束されながらも両目を押さえたまま咳き込む男を改めて確認して、全身が冷たく震え上がる。
来店から取り押さえるまでがあっという間で、現実だと自覚する前に置いていかれていたけれど。
強盗だ。 本当の強盗が、ここに来たんだ。
チーフからは面接の時に聞いていた。 闇バイトとか万引きとか、迷惑客の事例とか。
とは言え、どこか他人事のようで。 ……まさか私の地元で、こんな事件が起こるだなんて。
「犯罪の理由なんて、人それぞれよ」
私の動揺を察したらしく、谷園さんが淡々と続ける。
「就職すら出来ず生活保護も受けられない人。 闇バイトみたいに脅されている人。 そこに都会とか田舎とか、ましてや地元かどうかなんて関係ない。 遊ぶ金欲しさなんて純粋な動機の方が、少ないんじゃないかしら?」
「それは……」
分かる。 分かってたつもりだった。
それは、つもりでしかなかった。
「羽音さんは、資格の勉強はしてる?」
「え?」
「学歴や資格は大切よ。 それだけで就職出来る選択肢が大きく狭まるし、人間関係にトラウマを抱えての転職となると尚更ね。 ……何年も面接で落ち続けて働けず、生活が立ち行かなくなった人が、周囲に1人もいないだなんて言える? 自分が襲われないなんて、確信はある?」
「……分かんない」
「そうね。 だからこそ防犯意識は大切なの。 この場合だとご近所付き合いだって立派な防犯よ。 どこにどんな人が住んでいるのか、犯罪を犯してしまう程に追い込まれる前に、何か手助けできるかも知れない。 自分が犯罪から身を守るためにも、犯罪を犯さないためにも」
店内の様子は、防犯カメラでチーフにも伝わっている筈。 いくら秒殺だったからって、バイトJK2人しかいない店内にお客さんが来たら、確認しててくれてるでしょ。 渡されている胸ポケットの緊急通報のやつ、私も使っておいた方が良いのかな。
なんて瞳のようなレンズを見ながら考えていると、谷園さんがスプレーをポケットにしまい、また何か細長い物を取り出した。
「という訳だから、片目、切りましょうか」
カッターナイフだった。
「なんで?!」
「去勢のようなものよ。 強盗なんて、五体不満足で出来るものではないでしょう? 再犯出来なくするのも、防犯よ」
「違うよ?!」
少なくとも失明させて良い理由にはならないし、谷園さんがやることじゃない。
てかそんなの防犯じゃないから!
話しながらもカチカチと刃を出していた谷園さんに、強盗も冗談じゃないと身を捩って無駄な抵抗をする。
普通なら口だけのハッタリだろうけど、包丁を突き付ける相手に淡々と防犯スプレーを吹き掛け、馬乗りになって拘束までした谷園さんだと、本当に実行しそうな怖さがあって。
いや、ハッタリだよね?! ね?!
「そうね、なら成人男性に包丁を突き付けられて、取り押さえたけれども抵抗されたから動揺した。 一時的な心神喪失というのはどうかしら?」
「何でそこまでして切りたがるの?! ごめんね包丁蹴っちゃって!」
咄嗟に蹴ったあの時の私にナイスを送りたい。 じゃなきゃ本当に、包丁まで言い訳に利用してそう。
言葉にはしながらも、それほど残念そうでもない谷園さんが「そうよね。 カメラもあるし、もったいないわ」とカッターをポケットに戻した。
「ならぁ…………ねぇ、両足も拘束しておきたいのだけれど、結束バンドと安全ピン、どっちが良いと思う?」
「え、安全ピン?」
てか安全ピンまで持ってきてるの? と思ったら制服の名札だった。
「だって、暴れたら危ないでしょ? どうせ歩けなくするのが目的なら、アキレス腱に安全ピンを刺すほうが楽じゃない?」
「痛い痛い痛い痛い!!」
リアルに想像しちゃって、谷園さんを遮るように叫ぶ。
「なんでそう怖い方向に提案するの?! グロいの好きなの?!」
「逃走し辛いかなって。 体重を乗せてグッと押せば、奥まで一瞬よ」
「魚の頭落とすのとはわけが違うから!」
結局手の震えが止まらないのと、谷園さんが抑え込んでくれているとしても蹴られるのは嫌なので、足はそのままになった。
扉がガタガタと鳴る。
共犯者でも来たのかとおっかなびっくり顔を向けたが、どうやら一時的な突風だったらしい。
「はぁ……」
「ねぇ、羽音さんって体を売った経験はある?」
「…………は? 体?」
今度は何の話?
目を丸くする私に、ふふっと微笑んで谷園さんが続ける。
「臓器売買という意味ではなくて、性的な方よ?」
「無いから! えっ、どうして今?!」
唐突な話題転換に脳が混乱する。
谷園さんはそんな私を面白がっているのか、尚も続けた。
「お金目的でも、性行為自体が目的でも、本来自分の体のことなんてのは自己責任の筈。 ならなぜ規制されているのかしら」
「そりゃぁ……色々と怖いから?」
「そうね、性病とか望まない妊娠とか、規制することで減らせるのなら、その方が良い」
私がぼかしたワードをあっさりと……
「でも1番の原因は、やっぱり犯罪に巻き込まれないようにするためだと思うの。 良く知らない相手と密室で……実際には違法薬物の売買や集団服用かもしれない。 快楽殺人犯に騙されて、襲われているのかもしれない。 反社会的な組織に弱みを握られて違法な風俗店で働かされるかもしれない。 そんな危険から女の子達を守れるのなら、規制してしまった方が一石何鳥にもなって手っ取り早いと、私も思うわ」
「…………?」
えっと……これなんの話し?
言ってる意味は分かるけど、言いたいことがさっぱり分からない。
それと強盗に何の関係が??
「ごめんなさいね、遠回りな話しで。 つまり何が言いたいのかと言うと、世の中には健全に暮らしていれば出会えない、本当に危険な人種が潜んでいるものなの。 悪い子のフリをする人間とは違う、別種としか思えない存在が」
強盗の腹部に手を乗せる。
「私は、居場所を求めて彷徨う羊か、未熟な獲物を狙う獣。 どっちだと思う?」
その言葉は舌舐めずりをする刃のようで。
静かになっていた強盗の肩を軽く叩いた。
「ねぇ、聞いているのでしょう? 返事はしなくても良いから、聞いていてちょうだい。 まずは、ありがとう。 あなたのおかげで、何度も想定していたシュミレーションを実行できたの」
「だからね」と強盗の腕を掴んで下ろさせ、赤く腫れた瞼を指で開ける。
「次は私が1人の時に来てほしいの。 コンビニではなく、帰宅途中なんかが理想的ね。 まだまだ使いたい防犯グッズが沢山あるから、もっともっと試させてね」
私からは表情は見えないが、嘘偽り無く心底楽しげな声に、強盗の喉が「ヒェッ」と鳴った。
あ、もうこの人は2度と現れないんだろうな……
瞼と腕から手を離した谷園さんが、「まぁ、またコンビニでも良いのだけれど」と続ける。
「そうそう、羽音さん。 私がコンビニバイトを選んだ理由、もう1つあるの」
「へ?」
「この狭い空間に、いくつもの防犯システムが備えられているからよ」
でしょうね。
なんか、知ってる谷園さんが戻ってきたみたいで安心すら覚えたわ。
以前に谷園さんから聞いた。 店内外の防犯カメラや緊急対応マニュアル、侵入者用のセンサーなんて数種類もあって、保険にも入ってるらしい。 無駄に抵抗して商品や備品を壊したり、自分やお客さんが怪我するより、さっさとお金を渡して帰ってもらう方が被害が少ないからだ。
チーフの言うには、その場で無力化するのではなく、犯罪者を逮捕しやすくする情報を残すための対策らしい。
「出入り口のポスター等は身長の目安にも使えるし、セルフレジだって従来の会計時に脅して直接お札を奪うのを予防してる。 その分、万引きへの対策が増えたけれど、対応できない程じゃない」
「本当は」と少し残念そうに表情が曇る。
「犯罪率の多い深夜勤務が良かったのだけれどね」
「え? ……防犯グッズを使いたいから?」
「そう」
うん、もう私の知ってる防犯意識と谷園さんの防犯意識は方向性が違うんだわ。 目的がグッズの使用になってるもん。
そっちだったんだね、谷園さんって。
普段クールなのに、強盗が来てからの方がイキイキしてる……防犯グッズマニアって拗らせるとこうなっちゃうの? なんて酷い風評被害は心に閉まった。
やっぱり通報を終えていたチーフが「吹雪で来るの遅くなるらしいから」と伝えて仕事に戻っていく。
谷園さんの手際の良さも見ていたらしく、どうしても今日中に済ませたい仕事が山積みで、この場は私達に任せることにしたらしい。
んんまぁ、捕まえちゃったし、あれから大人しくなっちゃったし、突っ立ってるだけよりは良い……のかな?
お客さんが入らないようガラス扉に臨時休業の札を出し、外の猛吹雪に溜息が漏れる。
暗いだけじゃない、雪で数m先も殆ど見えないし、何より冷凍庫より寒いとか地獄でしかない。
「何でよりにもよってこんな日に……」
自然と漏れた言葉を、谷園さんが拾う。
「お客が少なく、視界も足元も悪く、交通も不便。 自分もその影響を受けることにさえ目を瞑れば、逃げ隠れるには理想的ね」
「駄目じゃん」
実質、パトカーを数分遅らせる程度の効果しかないなんて、迷惑が過ぎる。
というか、この状況も辛い。 警察が来てくれるのを待つ間、無言で突っ立っているだけなのも苦手だし、谷園さんを1人にして裏に逃げるわけにも、怖いからって私だけ距離を空けてるわけにもいかない。
万が一の時は、無理矢理にでも谷園さんを連れて逃げないとだから……嬉しそうだけど、残念がりそうだけど!
「それにしても、運が良かったわね」
「え?! どこが!?」
もはや強盗をソファーのようにして寛ぐ谷園さんが、信じられない事を口にした。
いや、これまでもずっと正気は疑ってたけれどね。 この数分間だけでも高嶺の花が毒棘の薔薇だったくらいの衝撃だ。
学校に広まったらどうなることやら……
それは今は置いておくとして。 強盗に遭遇したばかりか、全てが片付いて心身共に疲れ切った後も猛吹雪の中を歩いて帰らないといけない今後の何が幸運だったのだろう。
私には見当もつかない。
だが谷園さんからすれば、そうでもなかったらしくて。
「私は自信作の実戦ができた、あなたは何の被害も受けなかった。 不幸中の幸いという意味でも、私達は幸運だったと言えるでしょ?」
「不幸中の幸いは幸運とは言いたくないかな……」
強盗に襲撃されるって現状人生最大の不運に見舞われたのだから、±0の−寄りだよ。
加えて谷園さんの本性を知っちゃって、この秘密を共有するのが怖くなってきた。 いや、誰にも言う気なんてさらさら無いけれどね。
「もちろんだけれど、本来は追い返すのが最善。 今回みたいに捕まえられるなんてのは例外だし、逆に警察から叱られも文句は言えないわ」
「えっ、突き倒してたよね?」
「包丁を落とさせたかったの。 今は手袋をしていても、日常使いしている物なら指紋が見つかりそうだからね」
「でも、跨ったよね?」
今でも座ってるし。
「えぇ、つい気がはやってしまって。 今からでもあの時をやり直したいわ」
「えぇ……」
私は二度とごめんだ、あんな恐怖体験。
強盗は背後の私になんて気付いてはいなかっただろうけれど、下手に動いたら谷園さんが刺されるんじゃないかってヒヤヒヤしたんだから。
しかし谷園さんは哀しい表情をするくらい本気だったらしく。 腹の底から絞り出すような溜め息を吐いた。
「あぁ……カラーボール投げたかった」
「そっち!?」
もがく強盗に嬉々としてカラーボールを投げる谷園さんの姿が目に浮かぶ。 結構はっきり想像出来る。
あれから数分。
やっと来てくれたパトカーが積雪でガタガタの駐車場に停まり、入店した警官2人に谷園さんが強盗を引き渡す。
証拠の包丁を撮影・回収してから監視カメラを確認したり、チーフを含めて事情聴取したりと時間が掛かった。
特に谷園さん。 スプレーまでは良かったけれど、突き倒しからのカッターナイフ、安全ピンにも手を伸ばすわで、警官からの質問が止みそうになかった。
チーフが本部に報告中、2人で吹雪の中に消えていくパトカーを見送る。
一件落着に、その場で足の力が抜け、しゃがみ込む。 なんかもう警察に話しを聞かれてるのも緊張しっぱなしで、全然気が休まらなかった。
「大丈夫?」
「うん……少し休ませて」
谷園さんに背中をさすられながら、私はその手が小刻みに震えているのに気が付いた。
「もしかしてだけど、谷園さんも実は怖かったりした?」
「あら、気が付いた?」
谷園さんの手が背中から離れる。
「強盗なんて初めてだもの。 咄嗟にスプレーは使えたけれど、少し押しただけで簡単に転倒されるなんてね。 あぁ包丁は、藻掻いている最中に勝手に落としていたのよ。 じゃなきゃ近付けないわ。 そのまま、つい抑え込んでしまって、焦っていたの」
私が見えていない棚の向こうで、そんな事になっていたのか。
つい……であんなこと出来るものなの?
「そこからは演技力勝負だったから、羽音さんが話し相手になってくれて助かったわ。 敵を騙すには先ずは味方から、ね」
「演技?」
「店員なんて、一方的に顔や名前を覚えられてしまうから。 あれだけ脅しておけば、もう私達に近寄ろうとはしない筈。 本当に危ない界隈に踏み込む覚悟も無いのなら、再犯という選択肢だって選び難くなるでしょうね」
何か察する。 これも谷園さんなりの『防犯』なんだろうなぁって。 本気でも冗談でも心臓に悪い。
「本当にやると思われていたのなら大成功。 切る気も刺す気も、最初から無かったわよ。 ただの脅し」
本当に? 学校じゃ見ないくらい生き生きしていたよね。
という気持ちが表情にでも出ていたのか、谷園さんが私の手を取って立ち上がった。
「私は羊を狙う獣じゃないけれど、彷徨う羊でも無いってだけ」
「強いて言うなら、そうね……」といつの間にか手にしていた自作のスプレーを構える。 キャップの『防犯』の字が目に入った。
「獣から身を護るためなら何でもすると決めた狸かしら」
こんなタヌキ系女子がいてたまるか。
批評感想・評価いただけると嬉しいです。
この短編は思いつきを消化したくて書き、投稿しました。 言動が痛々し過ぎて読んでられないわって人もいるかもしれませんね。
『サキュバスお姉ちゃんとの転性妹成長記』
『候爵令嬢 カトレア・クンツァイト』
『この冒険に英雄はいない』
短編『イリーナの手記』
こちらも批評感想・評価くれると嬉しいです。