8話 テンラク(慶子)
先生含めて参加者30人の運動会がはじまった。
紅組15人 対 白組15人。
こんなに少人数の運動会なんてはじめてだ。
生徒全員に重要な役割があたえられているので、
みんなとっても忙しく動き回っている。
なんなら準備をした生徒がすぐ種目に
参加することもあるので、現場は半ば混乱状態だ。
「でや~。こりゃ忙しすぎでしょ」
慶子がつぶやくと、
一緒の係になった田村が言った。
「毎年こうだよ」
「そうなんだ」
忙しいのは忙しいが、すごーく学校行事に参加してるって
感じがして、慶子はうれしかった。
徒競走でみゆきがスキップする。
しかも、途中でわざとこける。ホントやる気ないんだから。
みんなそれを見て爆笑していた。
先生まで笑っていたので、注意をする人が誰もいない。
「リレーはちゃんと走ってよねー」
同じ紅組になったみゆきに向かって、慶子が物申す。
勝負ゴトはいつも真剣なのだ。
「なんでだよー。
てか、ランダムに分かれたやつらが走って、
どっちが早いか競って、何の意味があるんだよー」
まぁ、言われてみれば確かにそうかもしれない。
「そ・れ・で・も・やるのっ!」
「だるいー。
めんどくさいー。走るのはイヤだー」
みゆきはずっとそんな調子で、
どんな場面でもゼッタイに走らなかった。
種目が変わる度に慶子がみゆきの尻を叩いていると、
田村に声をかけられた。
「藤村さん。
あの、みゆきちゃんは走らないと思うよ。
だから、もう、言わない方が・・・」
なんだか彼には珍しく真面目な表情をしていた。
だがその時の慶子は、楽しい学校生活に浮かれてしまって、
田村の機微を察することができなかった。
「そうだね。ゴージョーだよね。
でも、みゆきって、なんで走らないんだろ?」
「う、うーん」
田村は困った顔のまま首を傾げると、
そそくさと離れていった。
「田村くんってば・・・どうしたんだろ」
そういえば慶子は、
みゆきが走ったところを見たことがない。
昼休みにバスケをしたときも、
慶子がちょっかいをかけて逃げ出したときも、
走って追いかけるなんてことは一度もしなかった。
運動会はその後も慌ただしく続いていき、
慶子が参加する借り物競争が始まった。
どたどたと走り、借り物の書かれた紙を必死で裏返すと、
そこには『友達』の文字があった。
友達。
すぐに思いついたのは、
もちろん彼女だった。
「お願いっ。みゆき!!」
みゆきのいるテントまで駆けていき、慶子が『友達』を見せると、
ちょっと嬉しそうに彼女が笑った。
「えーっ・・・。トツゼン言われてもぉ・・・。
どうしよっかなぁ」
「イイから来いってば!」
グダグダしながらも、手をつないでくれる。
テレてるみゆき、かわいいな。
「ほらほら急いでってば」
「やだよもー」
慶子はぐにゃぐにゃしているみゆきの手を引っ張って進む。
2人ともノロノロ歩いていたので、
周りにどんどん追い抜かれていった。
そのとき、抜いて行った子の肩が慶子に当たった。
「でゅわぁっ!!」
慶子は思いきり倒れて、砂を顔面に浴びた。
ぐわー。口の中に砂が入った。
「わぁー。慶子っ顔真っ白だよー」
「てか、おっそー。マジメにやれー」
笑い声と野次がとんでくる。
慶子がテレテレしながら起き上がろうとすると、
みゆきの足が動いた。
走る。
みゆきが加速したのだ。
「きゃっ・・・」
慶子は思いきり手をひっぱられて、
いつの間にか一位に躍り出る。
ゴール。
「はぁ・・・っはぁ・・・っ。
みゆき。
すごいよ。なんでこんなに速いの?」
みゆきが慶子と繋いだ手を振り払う。
「加減に、してよ・・・」
「・・・え?」
みゆきが頭を掻きむしった。
見ている慶子の方が叫び出したくなるくらい、
みゆきは悲しそうな顔をしていた。
「なんでこんなこと・・・。
あたしは、走りたくなかった」
彼女は静かに言うと、
グラウンドから出て行ってしまった。
呆気にとられた慶子は追いかけることすらできない。
「え・・・え・・・?」
慶子は周りのみんなを見た。
誰もが悲しそうな顔をしている。
「ねぇ。田村くん。
何でみゆきは・・・」
近くで見ていた田村に声をかける。
そういえば、彼は何か事情を知っていそうだった。
「い、いや、その」
普段おしゃべりな田村が、その時ばかりは何も言わない。
なんで、教えてくれないの。
他の子も同じだった。
慶子が必死で尋ねても、誰も答えてはくれない。
しかし、彼らの表情を見ていたら、
『みゆきが走りたがらない理由』を知っているのがわかった。
慶子だけが知らなかったのだ。
この学校には。
みゆきには。
触れてはならないタブーが存在したのだ。
ありがとうございました。
次話もよろしくお願いいたします。