4話 絶望の先にはなにがあるか (慶子)
彼女の名前は知っている。
西本 みゆき。
不良っぽい見た目だが、素行は悪くない。
休み中の課題をしっかりと提出していたり、
リアクションのうすい慶子にウザ絡みをしようとする
田村という男子を止めてくれたりもした。
みゆきは基本おだやかで、
話しかけてくる同級生や下級生の話をよく聞く子だった。
本人にその気はないみたいだが、
誰もが彼女のことを気にして、彼女を中心に動いている。
担任の小川ですら、みゆきを特別視しているように見えた。
みゆきはクラスだけではなく、
学校の中心人物なのだろう。
だがしかし、昼休みに音楽室で会ったみゆきは、
まったくの別人だった。
慶子は、学校のそれぞれの場所には、
『誰かのお気に入りの場所』みたいなのがあるのは知っていた。
ちょっと考えれば、音楽室のような居心地の良い場所なら、
『誰かのお気に入り』だってことくらいすぐにわかる。
それなのに、慶子は中央に置いてあるピアノに
近づくことをやめられなかった。
音楽室に入ってピアノを目にした途端、
すっかり頭の中を音楽に支配されてしまったのだ。
大好きだったトロイメライのメロディを思い出す。
弾きたい。ひきたい。
ひきたい。ヒキタイよ。
でも、慶子は誰かに見つかるのがコワくて弾けなかった。
そんなふうにグダグダしているうち、
みゆきに見つかってしまう。
音楽室は、あろうことか
『学校の中心』であるみゆきの居場所だった。
そりゃあ誰も近づかないハズだよねぇ。
不用意に『お気に入り』へ入り込んだ慶子に、
もうここでは生きていけないぞってくらいに、
みゆきは辛くあたった。
彼女はまるで、感情ムキ出しのライオンみたいだった。
しかし慶子は話しているうち、みゆきが『お気に入り』に
侵入されたことを怒っているわけではないことに気付いた。
彼女はなぜか、
慶子がピアノを弾かないことに怒っていたのだ。
意味が分からない。
なんでそんなことを彼女は怒るのだろう。
「恥ずかしいのは最初だけだからっ」
慶子はみゆきに圧倒されて、
まともに返事をすることすらできなかった。
昼休みが終わっても、授業が終わっても、
ホーシン状態のままだった。
帰り道、ひとりでトボトボやっていると、
慶子はやっと我に返った。
「な、なんであんなこと・・・言われなきゃ・・・」
ホント。
いやホントに。
弾きたくないって言ってるじゃん。
それなのにあんなにムリヤリして。
いくらなんでも、こんなひどい目に遭ういわれはないだろう。
腹が立ちすぎて、頭が痛くなる。
おらおらっ。ちくしょう。
「こんな田舎でイイカゲンに過ごしてきた子に、
私の何がわかるっていうの!?」
慶子は何度も地面を蹴った。
でも、足のウラが痛くなってすぐにやめた。
みゆきの実家は金物屋をしていると聞いたことがある。
慶子はお母さんに金物屋のくわしい場所を訊いた。
数日後。
慶子は金物屋に出向いていた。
ヒトコト言ってやらないと気がすまない。
お母さんに描いてもらった地図と、
くたびれた町並みを見比べながら歩いた。
「ココ・・・よね?
ホントにやっているのかしら」
それらしい建物と看板を見つけたが、
文字が薄れて何が書いてあるのか読めない。
「えっと・・・おじゃま、しまーす」
おそるおそるドアを開けると、
ちらつく蛍光灯と店内が見えた。
おおっ。ちゃんとした店だ。
品ぞろえだって悪くない。
少し奥の方に、見たことのある茶髪が見えた。
みゆきだ。彼女が店番をしている。
「・・・あっ」
慶子は彼女を見た瞬間、被害にあった時のことを思い出した。
感情が押さえられなくなる。
ムカツクムカツク。
ゼッタイユルサナイ。
慶子はみゆきに向かって行こうとしたが、
いざとなると彼女がコワくて近付けなかった。
入り口付近にあったキーホルダーコーナーから、
可愛い音符がついたものをひとつとる。
こんなものいらないけど、買ってやる。
そして、なんか捨て台詞を言って逃げるのだ。
みゆきの方をチラっと向いた。
何だか彼女もこちらを見ているような気がする。
ううーん。コワい。
だめだぁ。
そのまま店を出て、慶子は家路を走った。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・あ」
ポケットの中には、音符のキーホルダーがある。
盗ってしまったのだ。
目の前で花火があがったかのように光が弾けた。
ひどい立ちくらみがする。
罪を犯した慶子を、
立ちくらみがグワングワンと責めたてる。
今からでも戻って謝ろうか。
できない。動けない。コワい。
頭がいたい。
ピアノが弾きたい。
ちょ。コレ、死んじゃうって。
慶子はその場に座りこむ。
「うう・・・」
なんで、よりによって音符がついたものを選んだのだろう。
大好きな音楽を汚してしまったみたいで、サイアクな気分だった。
引っ越しが決まってから、
慶子ははじめて涙を流した。
ありがとうございました。
次話もよろしくお願いいたします。