1話 転校生(みゆき)
西本 みゆき(にしもと みゆき)。
すごい田舎に住んでいる。
実家は地域にある唯一の金物屋をしている。
廃校直前の大峰高校3年。
帰宅部。
ちなみに卒業後の進路はテキトーに就職と決めている。
まだ暑い8月末。
夏休み明けの初登校は、寝坊したせいでチコク寸前だった。
少し走れば間に合うかもしれないが、
みゆきはゼッタイに走らない。
「ふわ~ねみぃ~」
歩道の真ん中に落ちていた石を拾うと、
脇の方へポイした。
石にビックリした野鳥が、バサバサと飛んでいく。
「いいよなお前らは、すぐどっかにいけるからさー」
ちくりと痛んだ胸に手をあてると、
頭の上にズンっと記憶が落ちてきた。
中学2年生のころ、
みゆきは陸上部だった。
種目は100メートル。
肌が真っ黒になるまで練習していた。
自己ベストは12秒99。
3年生を含めても、ダントツの記録だった。
満を持しての記録会。
みゆきは予選4着に終わった。
なぜかはわからなかった。
それでみゆきは陸上をやめた。
努力も。期待も。何もかもやめた。
その代わり、口ぐせが『クソ』になった。
んで、高校3年までこんな調子で、
休み明けチコクをぶちかましているというワケだ。
酔っ払いみたいにブラブラと登校道を歩いていると、
近くで軽トラが止まった。
みゆきは軽トラに乗ったおっさんに笑顔を向ける。
「田村のおやじさん。
おはよー」
「おう。おはようっ。
もうチコクじゃねぇのか?」
頭にタオルを巻いたおっさんは、
保育園からずっと同級生の田村という男子の父親だ。
「そうそう。夜更かしし過ぎてさー」
「送ってってやろうか?」
「いい、いい。歩いてくから」
おっさんが車のドアを開けたので、
みゆきは手を振って外側からドアを閉めた。
「そうか。
新学期もよろしくなー」
キュルキュル音を立てながら軽トラが去っていく。
みゆきはため息一つしてから、また歩き始めた。
ちょっとした坂を登っていくと、
申し訳程度に桜並木がある。
坂の中腹に達した辺りで、
半分くらい雑草に覆われた運動場が見えてくる。
さびた校門を抜けてトコトコ行くと、
みゆきはゲタ箱をガチョンとあける。
大峰高校の上履きはベンジョスリッパだ。
超絶ダサいベンジョスリッパには、
少しでも可愛く見えるように、ハートと星が描いてある。
2年生の頃に友達と描き合いっこしたやつだが、
擦り切れて見えにくくなっている。
カカトをスーリスリしながらすすむ。
もう急いでどうにかなる時間でもないので、
冷水機で優雅に水を飲んでいると、担任の小川に見つかった。
なんでこの時間に小川がローカを歩いてんだ。
「西本さん?」
「げ」
「げ、じゃない。
夏休み明けからチコクなんて、たるんでるわよ」
「はぁーい」
朝から小川の説教なんて、
テンション下がることこのうえなし。
急いで横をすり抜けようとしたとき、
小川のカゲに隠れている女子を発見した。
その女子はマンガに出てくる、
お嬢様学校みたいな可愛い制服を着ていた。
みゆきの視線に気付いた小川が頷く。
「3年の転校生よ。
仲良くしてあげてね」
転校。
へぇ。この時期に?
高校3年の夏休み明け。
こんなクソ田舎の高校に転校して来るなんて、
絶望しかないじゃん。
そのシチュエーションに少し萌えた。
「よ、よろしくお願いします」
小川のカゲから出てきたのは、
頬がこけて、幸薄そうで、大人しそうなカオだった。
げー。可愛いらしいのは制服だけかよ。
かなりテンションが下がった。
「・・・よろー」
「西本さんったら、ちゃんと挨拶してあげなさいよ。
マッタク・・・」
教室まで3人で歩く。
みゆきと小川がテキトーな会話を繰り広げている間、
転校生はずっと黙っていた。
あれ。
これってもしかしたら、遅刻ごまかせたんじゃね?
教室に着いた小川が「今日は転校生がきます」と言った。
合計10人のクラスメイトが「マジで?!」「すっごっ!」と
口々に声を上げていく。
クソ田舎はイベントがないから、
転校生というサプライズがあって嬉しいのだ。
まぁ、うん。
そんな面白い子じゃないから。
残念だけど。
すでにネタバレをかまされていたみゆきだけ、
乾いたため息をつく。
転校生が教室に入ると、自己紹介を始めた。
「―――です。よろしくお願いします」
くらーい雰囲気の彼女を見て、
みんなのテンションがみるみる下がっていく。
つまらーん自己紹介が終わると、
お調子者の田村が「一発芸してよ!」と騒ぎ始めた。
「あはは・・・」
転校生は苦笑いしながら、
先生が注意をするのを待っている。
「・・・」
おいおい。だめだこの女。
どーみても根性ナシだ。嫌いなタイプ。
幸薄転校生に『興味ナシ』の印かんを押して、
みゆきは視線を逸らした。
新しいお話を書いていきます。
よろしくお願いいたします。