お別れの夜7
新吉さんから少し離れた背後では、六人のグループが大きな輪を作っていた。酒とツマミをかこむようにして、なにやら声高にしゃべっている。
そうしたなか。
弥助さんが吐き捨てるように言った。
「クソー。どう考えてん、腹ワタにえくり返っちくるわ」
「ワシも頭に血が昇っちきたわ。外に行っち、ちょっと冷やしちくるけん」
はす向かいに座っていた喜八さんが、そう言って立ち上がろうとするのを……。
「ひとりじゃあぶねえけん、ウチもついちいくわ」
寄りそうように座っていた妻のミツさんが、喜八さんの腕を取って立ち上がった。
「ほんに仲んいい夫婦やこと」
「カケオチまでしち連れ添うただけあるわ」
そばから見上げて、おツネさんと冬次郎さんが矢継ぎ早に二人をひやかした。
「そんじゃあ、デートしちくるか」
「星もうーんと出ち、ロマンチックな夜やけんな」
喜八夫婦は負けじとやり返すと、酔いざましの散歩に出かけていった。
公民館の外は、秋の虫たちがせわしく鳴いている。
涼しい夜風が吹いていた。
弥助さんは腹の虫がおさまらないとみえ、先ほどの話の続きを始めた。
「それにしたっち、ひでえ話じゃねえか。かわりのバスも走らせちくれんのやからな」
この怒りのほこ先は、大分市内にある鉄道会社の本社である。
その本社は今年の春から、県内全域の赤字路線の合理化に手をつけ始めた。で、その白羽の矢をまっ先に立てたのが、豊後森の町から栗原村への引込み線であった。
この引込み線。
鉱山の閉鎖により、一番の収入源であった貨物の輸送が廃止された。その後、乗客は年を経るにつれ減少し、現在は走るほど大きな損を出していた。それにもかかわらず、これまで廃線にならなかったのは、ひとつ理由があったからだ。
現在では蒸気機関車そのものが珍しい。写真撮影など、蒸気機関車を目当てに訪れる鉄道ファンがそれなりにいた。つまり、会社のイメージアップ目的で存続させていたのだ。
―栗原村住人たちの紹介―
元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。
お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。
新吉さん……村では一番若く六十歳。元作さんとともに日ごろから村の世話をする。
綾乃さん……東京生まれの東京育ち。夫が栗原村出身であり、夫の死後も村で暮らしを続ける。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。
吉蔵さん……病気で倒れた妻、タマの介護を自宅でしている。おスミさんは実の姉にあたる。
タマさん……吉蔵さんの妻。脳梗塞で倒れて以来、体半分の自由を失う。
菊さん……夫を鉱山の落盤事故で失って以来、女手ひとつで三人の子供を育てあげる。
スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。
おスミさん……夫の戦死で嫁ぎ先から村にもどる。以来、再婚もせず村で暮らす。吉蔵さんの姉。
鶴じい……九十歳なかば。踊ることが趣味。息子が一人いたが戦死する。
ゴンちゃん………栗原村の最後の駐在員。栗原村が気に入り、そのままいついている。
弥助さん……鉱山が開業してからは農業をやめ、閉山するまで鉱山で働く。独り暮らし。
喜八さん……高齢のため足腰がめっぽう弱い。妻はミツさん。
ミツさん……喜八さんの妻。夫の体の具合をいつも心配している。
冬次郎さん……妻と死別し、子供が帰省しなくなってからアルコール依存症となる。
庄太郎さん……鉱山のダイナマイトの爆破事故で右手の手首から先を失う。
おツネさん……離婚して村にもどって以来、ずっと独り暮しをしている。