ドングリ号に乾杯4
いつかしら……。
朝の光が駅舎の屋根にほんのり射していた。
早起きのスズメたちが、駅舎の屋根先をはねながらさえずっている。朝の訪れを喜ぶかのようにチュンチュンと鳴き合っていた。
そして、その朝の訪れに気づかないほど、住人たちはみな真剣に考えていた。
お夏さんの提案――いかにすればだれとも争わずにドングリ号が栗原村に残れるかを……。
だが、鉄道会社とはさんざんケンカしたあとだ。いい案などあるはずもなく、互いの顔を見合っては、だれもが力なく首を振るばかりだった。
そんななか、徳冶さんがいきなり立ち上がって叫んだ。
「朝じゃあー」
「これ、あんた。なにを言い出すんよ。みんなが真剣に考えよんときに」
トキさんが急いで徳冶さん腕をつかんで座らせようとする。
このとき。
全員の視線が徳治さんの口元に集まっていた。かたずをのみ、徳治さんの次の言葉を待っている。
その熱い視線に気づいたトキさん、つかんでいた夫の腕をあわててはなした。
「朝じゃあー」
徳冶さんがふたたび叫んだ。
「なあ、あんた。朝だけじゃ、わからんやろうが。朝だから、なんやね」
「カンパイじゃあー」
徳冶さんが三たび叫んだ。
「みんなあー、徳さんの言うとおりにするんや。酒の用意して、すぐに乾杯や」
お夏さんが乾杯を急がせる。
徳冶さんの言葉の真意をつかめぬまま、全員が湯呑茶碗やコップを手にし、たがいに酒をつぎ合った。
「ほれ、あんたもや」
トキさんが夫にも酒の入ったコップを持たせる。
徳冶さんはコップを高々と持ち上げた。それからひときわ大きな声で乾杯の発声をしたのであった。
「朝じゃあー、カンパーイ」
全員が声をそろえて乾杯をする。
「朝じゃあー、カンパーイ」
同時に。
ドングリ号も乾杯の汽笛を鳴らした。
ブゥオー、ブゥオー。
―栗原村住人たちの紹介―
お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。




