負けるな! ドングリ号14
「こん人、ほんとに信心深くてな。いつも言いよったんよ。神社は村ん宝や、村ん守り神やって」
トキさんはくちびるをかみ、それから夫に目を向けて言葉を続けた。
「それが、こげえにボケちから。もう神様がわからんようになっちしもうた」
「まあ、トキさん。なんぼボケてん、徳さんは徳さんや。昔も今も、ちっとも変わりゃあせんよ。こうしち生きちょるうちは徳さんや。なあ、徳さんや」
お夏さんの呼びかけに、
「ヘヘヘ……」
徳治さんが子供のような笑顔になる。
「そう言うちくるんと、ウチもうれしいわ。なあ、あんた、ありがてえこっちゃなあ」
じっと夫の横顔を見つめてから、トキさんは自分のことのようにうれしそうな顔をした。
赤松峠が後方に遠ざかってゆく。
さて、ドングリ号。
車体は土砂で汚れたものの、心臓であるピストンシリンダーは元気そのものだ。満天の星に見守られ、ふたたび日豊本線を北上していた。
やがて国東半島を抜け、中津平野を通り過ぎ、ついに北九州の町に入った。
その間。
いくつもの駅を通過したが、どの駅にも人影らしきものは見られなかった。夜光灯だけが、薄暗い駅構内をにぶく照らしていたのだった。
駅を通過するたびに……。
「走れー、ドングリ号ー」
お夏さんは前にもまして気勢をあげた。
もう後悔などしていない。先頭に立ちドングリ号を走らせたことを……。
お夏さんは思う。
こわれてもいないのに、走れなくなるのはたまらなくつらいこと。
走って、走って、走り続ける。
命ある限り走り続ける。
それだけでいい。
「走れー、ドングリ号ー」
ほかの者たちも気勢をあげた。
ブゥオー、ブゥオー。
ドングリ号も汽笛を鳴らす。
―栗原村住人たちの紹介―
お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。




