負けるな! ドングリ号10
と、そのとき。
「出発進行ー」
徳治さんが片手を上げて叫んだ。
「あんた! こげんときに、なにをつまらんこと言い出すんよ。みんなあ、こん人ボケちょるんで気にせんでな」
トキさんはみんなに頭を下げ、夫にもあやまらせようと徳治さんの腕をつかんだ。
「ほれ、あんたもや」
その徳治さんだが……。
「ヘヘヘ……」
だらしなく笑い、トキさんの手を振りほどいて立ち上がった。
それからふたたび大声で叫んだ。
「出発進行ー」
「これ、あんた!」
トキさんが黙らせようするが、なおも徳治さんは叫ぶのをやめなかった。
「ドングリ号ー、出発進行ー」
するとである。
ブゥオー。
ドングリ号が汽笛を鳴らした。
汽笛がトンネル内でこだまして、長く尾を引いて響き渡る。
「ドングリ号んやつ、どうすることもできねえんで、つろうて泣いたんやなあ」
元作さんは窓から顔を出し、いたわるようにドングリ号の機関室を見やった。
シュッ、シュッ……。
ドングリ号は白い蒸気を勢いよく吐いていた。
今にも走り出しそうである。
「さっきん汽笛は泣いたんじゃねえ。今から走るぞって、オレらに言うたんや」
元作さんが振り返ってみんなに教えた。
車輪がグイとまわり始める。
車体がガクンとゆれた。
「窓を閉めるんやー」
元作さんの叫び声に、窓ぎわの者たちが開いている窓をあわてて引きおろす。
元作さんだけは窓を半開きにして、ふたたび顔を外にのぞかせた。
ガタッ、ゴトッ、ガタッ、ゴトッ……。
ドングリ号が前進する。
それから徐々にスピードをあげ、土砂の積もった北側出口に向かって走ったのだった。
―栗原村住人たちの紹介―
元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。




