負けるな! ドングリ号9
弥助さんがおもむろに顔を上げ、庄太郎さんの腕の先を見やった。
「庄太郎さん、あん事故んときもワシら、長げえこと穴に閉じ込められたのう」
「鉱山会社んせいやって、聞いたんやが」
だれにともなく言った新吉さんの言葉に、すぐさま庄太郎さんが答える。
「そうやとも。それをアイツら、ワシらんハッパのかけ方が悪かったちゅうてな」
「あんころ、金が一番出るころでの。会社んヤツら欲ばっち、一度のハッパん量を増やしたんじゃ」
弥助さんは声を震わせ、それからつと菊さんに目を向けた。
その視線に気づいた菊さんがかみしめていたくちびるを開く。
「あん事故で、ウチん亭主も……」
「菊さん、あれからずいぶん苦労したもんな」
菊さんはその事故で夫を失ったあと、女手ひとつで三人の子供を育てあげた。生きてゆくため、鉱山で荒くれ男たちにまじって、死にもの狂いで働いたのだった。
「あんとき村んもん、三人も犠牲になったんじゃ。それでんアイツら、なんもしてくれんかった。損をせんことばかり言いよってから」
庄太郎さんは苦いものでも吐き捨てるように言い放った。
「ワシもよう覚えちょるわ。あんとき駐在になったばかりやったからな。事故の調査んとき、自分らん都合のいいことばかり言いおってから、責任のがればかりやった」
ゴンちゃんが鼻の穴をふくらませて続ける。
「それに今度のことだってそうや。ヤツら損をせんため、かってに引込み線をつぶすんやけん。なあ、どうやみんな。今度ばかりは思いどおりにならんとこ、ヤツらに見せてやろうやねえか」
「でものう、ゴンちゃん。こうしち出口がふさがっちょっては、どうにもならんやないか。神様でもおれば別やが……」
お夏さんは力なく目を伏せた。
―栗原村住人たちの紹介―
元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。
お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。
新吉さん……村では一番若く六十歳。元作さんとともに日ごろから村の世話をする。
綾乃さん……東京生まれの東京育ち。夫が栗原村出身であり、夫の死後も村で暮らしを続ける。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。
吉蔵さん……病気で倒れた妻、タマの介護を自宅でしている。おスミさんは実の姉にあたる。
タマさん……吉蔵さんの妻。脳梗塞で倒れて以来、体半分の自由を失う。
菊さん……夫を鉱山の落盤事故で失って以来、女手ひとつで三人の子供を育てあげる。
スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。
おスミさん……夫の戦死で嫁ぎ先から村にもどる。以来、再婚もせず村で暮らす。吉蔵さんの姉。
鶴じい……九十歳なかば。踊ることが趣味。息子が一人いたが戦死する。
ゴンちゃん………栗原村の最後の駐在員。栗原村が気に入り、そのままいついている。
弥助さん……鉱山が開業してからは農業をやめ、閉山するまで鉱山で働く。独り暮らし。
喜八さん……高齢のため足腰がめっぽう弱い。妻はミツさん。
ミツさん……喜八さんの妻。夫の体の具合をいつも心配している。
冬次郎さん……妻と死別し、子供が帰省しなくなってからアルコール依存症となる。
庄太郎さん……鉱山のダイナマイトの爆破事故で右手の手首から先を失う。
おツネさん……離婚して村にもどって以来、ずっと独り暮しをしている。




