表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/83

お別れの夜4

 その吉蔵さんは部屋の中央で、菊さん、スナばあの二人となにやら話し込んでいる。

「なあ、吉蔵さんや。和子ちゃん、今年ん正月は帰っちくるん?」

 菊さんが袋のスルメを取り出しながら聞く。

「わかんねえ。まだなんも言ってこんけんな」

「電話もねえんかえ?」

「ああ……」

 飲みかけのビールの入ったコップを置くと、吉蔵さんはうつむいたまま続けた。

「たぶん帰っちこんのやろう」

「血を吐くほど苦労しち育てたに。ほんにどこも、親不孝もんばかりやなあ」

 菊さんはぼやいてから、怒ったようにスルメにかみついた。

「菊ちゃんのところは帰っちこんのやな」

「そうなんよ。旅費がようきかかるちゅうてな」

 腹だたしそうにしゃべる菊さんの口元で、スルメの足が左右上下にせわしく動く。

「あきらめりゃ、なあも気にならんけん」

 スナばあが独り言のように言う。

「そうかもな。ところでスナばあんとこ、子は何人やったかのう?」

「四人や。けどな、どん顔も忘れちしもうたわ。ハハハ……」

 スナばあはあっけらかんに笑った。

 その小さな顔が、古新聞を丸めたようにしわくちゃになる。

 このスナばあ。

 栗原村の最高齢者で、あと三年ほどで百歳に届く。けれど頭はもちろん、目も耳もたしかで、足腰もしっかりしていた。

「竹ちゃん、ほら、ワシと同級のがおったやろう。大阪におるっち聞いちょったが、どうな、元気にしちょるやろうか?」

 十年以上も会っていない幼なじみのことを、吉蔵さんがなつかしむようにたずねる。

「葬式に呼ばれんとこみると、たぶんまだ生きちょんのやろうて」

「そうなんや。けんど、便りのねえんは無事な証やっち、昔からそう言うけんな」

 自分を納得させるように、吉蔵さんは何度となくうんうんとうなずいた。

「それにしたっち、電話の一本ぐらいよこしてん、バチはあたらんやろうに」

 菊さんは未練がましく言ってから、吉蔵さんの顔をじっとのぞき込んだ。


―栗原村住人たちの紹介―


元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。

お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。

新吉さん……村では一番若く六十歳。元作さんとともに日ごろから村の世話をする。

綾乃さん……東京生まれの東京育ち。夫が栗原村出身であり、夫の死後も村で暮らしを続ける。

徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。

トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。

吉蔵さん……病気で倒れた妻、タマの介護を自宅でしている。おスミさんは実の姉にあたる。

タマさん……吉蔵さんの妻。脳梗塞で倒れて以来、体半分の自由を失う。

菊さん……夫を鉱山の落盤事故で失って以来、女手ひとつで三人の子供を育てあげる。

スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。

おスミさん……夫の戦死で嫁ぎ先から村にもどる。以来、再婚もせず村で暮らす。吉蔵さんの姉。

鶴じい……九十歳なかば。踊ることが趣味。息子が一人いたが戦死する。

ゴンちゃん………栗原村の最後の駐在員。栗原村が気に入り、そのままいついている。

弥助さん……鉱山が開業してからは農業をやめ、閉山するまで鉱山で働く。独り暮らし。

喜八さん……高齢のため足腰がめっぽう弱い。妻はミツさん。

ミツさん……喜八さんの妻。夫の体の具合をいつも心配している。

冬次郎さん……妻と死別し、子供が帰省しなくなってからアルコール依存症となる。

庄太郎さん……鉱山のダイナマイトの爆破事故で右手の手首から先を失う。

おツネさん……離婚して村にもどって以来、ずっと独り暮しをしている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ひとりで3人も育てたら、電話の1本くらいはほしいと思うもんでしょうねえ。 しかし子どものほうは困ったときしか電話してこないあるある(笑) 私も用事があるときしか親に電話しませんでした。が、私…
[良い点] 人物紹介ありがとうございます。 私の頭ではこんがらがってしまうかも・・・。 その時は人物紹介を参考にさせていただきます。
[良い点] 住人たち、いっぱいいますね。 紹介ありがたいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ