表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/83

生きてきた証8

 さて、ドングリ号の車内。

「なんもなかったなあ」

 笑顔の新吉さんが元作さんに話しかける。

「まったくやな。またじゃまさるんち思うちょったけんのう」

 元作さんは拍子抜けするとともに、なにごとも起こらなかったことに安堵していた。

「なんか、人がうじゃうじゃおったな」

「遠くでよう見えんかったが、カメラを持ったもんがホームを走りよったぞ」

「警察のもんもおったよのう」

「ああ、ようきおったわ」

「そやのに今度は、えろうたやすう通しちくれたやねえか」

「ええ。さっきの鉄橋みたいに、なにかあったらとヒヤヒヤしてたのに」

「心配しちソンしたわ」

 住人たちはだれもが気づいていない。まったく気づいていなかった。駅長たちのたくらみに……。九番線から隣の八番線に、ドングリ号が一瞬にして移ったことを……。

 その八番線。

 日豊本線の上りの路線であった。


 ドングリ号は日豊本線を北上していた。

 大分の町並みを抜けると、向かって右手に夜の別府湾が開けてきた。

 黒い海原の沖合に無数の小さな灯りが見える。

 それらは一定の間隔を保ちながら、波間でチラチラと漂うようにゆれていた。

「きれいやなあ」

 窓ガラスに鼻先をくっつけ、おツネさんがため息まじりにもらす。

「あいつはな、イカ釣船の灯りなんや」

 座席の背もたれ越しに、元作さんが車窓の外を指さして教えた。

「何年ぶりやろ、夜の海を見るなんち」

 おツネさんはしみじみつぶやいたあと、向かいの席に座っているスナばあに声をかけた。

「ほれ、海や。スナばあも早よう見らんか」

 スルメをしゃぶっていたスナばあが顔を上げ、窓の外にしょぼくれた目を向ける。

「おう、海や。それにあん灯りは漁り火や。子供んころを思い出すのう」

 涙がひと筋、露のようにこぼれ、年輪のごとく刻まれたシワの中に吸い込まれてゆく。


―栗原村住人たちの紹介―


元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。

新吉さん……村では一番若く六十歳。元作さんとともに日ごろから村の世話をする。

スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。

おツネさん……離婚して村にもどって以来、ずっと独り暮しをしている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ