走れ! ドングリ号3
こちらはうしろの座席で、ここにも四人いる。
「ウチは行きてえ。なあ、行こうや」
おスミさんが、庄太郎さん、徳治、トキさん夫婦をさそう。
「ああ、もちろんや。なあ、徳さん」
庄太郎さんが徳治さんに声をかけた。
「うん、行くで。こん人、どこに行ったち、なんもわからんやろうけどな」
トキさんが笑って答える。
通路をはさみ斜め前方には、喜八さん、ミツさん夫婦の二人が座っている。
「なあ、ワシらもいいよな」
喜八さんはミツさんの顔色をうかがい見た。
「あんたさえいいならな」
ミツさんが笑顔で返す。
お夏さんは最後に、おツネさん、鶴じい、スナばあに声をかけた。
「おツネさん、みんな行くそうやで。鶴じい、それにスナばあも行こうやないの」
「ウチはいいけどな」
おツネさんは返事をしてから、目の前に座っている鶴じいとスナばあの顔をうかがった。
「ワシも行きてえ」
これは鶴じいである。
「行きてえ」
続いてスナばあがボソリと答えた。
あいかわらずスルメの足をしゃぶっている。
全員の気持ちがひとつになったところで、元作さんが通路の中央に進み出た。
「でもな、引込み線を出るんは危ねえんや。決まったところを決まった時間に走らんと、ほかの列車と衝突するけんな。それにたぶん、会社もんが黙ってねえと思うんや」
「のう、元作。こうなったんも、もとはといやあ鉄道会社ん方が悪いんやねえか。それに、ドングリ号とは今晩でお別れや。そんくらいさせてもろうてもバチは当たらんやろう。なあ、みんなあー」
ほかの者らをあおるように、お夏さんは通路に顔を大きく突き出した。
「そうやあー」
「そんとおりやぞー」
車内がいっせいに賛同の声で埋まる。
元作さんは、そうやなあとうなずいてから、車窓から顔を出して号令をかけた。
「ドングリ号ー。豊後森ん駅で止まらんで、そのまま大分駅まで進むんやあー」
ブゥオー。
ドングリ号から返事が返る。
お夏さんは立ち上がった。それから頭の上で、枯れ木のような細い腕をグルグルとまわして叫んだ。
「走れー、ドングリ号ー」
それに全員が声を合わせる。
「走れー、ドングリ号ー」
お夏さんはさらに勢いよく腕をまわした。
「走れー、ドングリ号ー」
住民らの先頭に立ち、村のリーダーは大声で音頭をとった。八十歳を超えた老人とは思えぬほど、力強く腕をまわし音頭をとった。
ブゥオー。
ドングリ号がひときわ大きな汽笛を鳴らす。
―栗原村住人たちの紹介―
元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。
お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。
スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。
おスミさん……夫の戦死で嫁ぎ先から村にもどる。以来、再婚もせず村で暮らす。吉蔵さんの姉。
鶴じい……九十歳なかば。踊ることが趣味。息子が一人いたが戦死する。
喜八さん……高齢のため足腰がめっぽう弱い。妻はミツさん。
ミツさん……喜八さんの妻。夫の体の具合をいつも心配している。




