走れ! ドングリ号1
「出発、進行ー」
元作さんが車窓から顔を出し、機関車に向かって号令をかけた。
ブゥ、ゥ、ブゥオー。
長い汽笛の音が満天の星空に響き渡る。
それとともにライトの明かりが闇の中で一直線に伸び、線路敷の二本のレールを浮かび上がらせた。
シュー、シュッ、シュッ、シュッ……。
蒸気を吐く間隔が短くなる。
ギィー、ガチャ、ガチャン。
車輪がゆっくり回転を始める。
ガタン、ゴトッ、ガタン、ガタッ……。
どんぐり号が徐々にスピードをあげ、清流駅のプラットホームを離れていく。
ガタッ、ゴトッ、ガタッ、ゴトッ……。
スピードが増すにつれ、車輪とレールのぶつかる音の間隔が短くなった。
清流駅が後方の薄闇に消えてゆく。
栗原村を離れると、やがてクヌギ林の間を走るようになった。
ドングリ号の背中を、そして線路敷に転がった無数のドングリの実を、天空にある星たちが青々と照らしている。
「何年ぶりかのう?」
スナばあが車窓の景色に感激している。それも無理のないことで、ドングリ号に乗ったのはおよそ三年ぶりのことだ。
日々の買い物は、元作さんが豊後森の町でしてくれる。医者にかかるほどの病気もしなかった。この三年間、一度も栗原村を出ることがなかったのだ。
「あんた。そげにウロウロしよったら、また目をまわすやないか。おとなしく座っちょらんかえ」
ミツさんが心配顔で、通路を歩きまわる夫の喜八さんに声をかけた。
それでも喜八さんは満面笑みで、ほかの者たちに酒をついでまわっている。
「ひっくり返ってん、うち知らんけんな」
ミツさんは小言を言った。
けれど機嫌のいい亭主を見て、その顔はまんざらでもなさそうだ。
―栗原村住人たちの紹介―
元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。
スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。
喜八さん……高齢のため足腰がめっぽう弱い。妻はミツさん。
ミツさん……喜八さんの妻。夫の体の具合をいつも心配している。




