ドングリ号11
「なあ、元作。人ん言うことがわかるち、いってえどういうことなんや?」
お夏さんがドングリ号に目を向けて聞く。
「声をかけたらドングリ号、返事をするみたいに汽笛を鳴らすんや」
「じゃあ、汽笛ん音は返事ちゅうことなんやな?」
「そうなんよ。そんことは吉蔵さんらと、さっき何回もためしちみたけん、まちがいねえ」
「そんとおりやで。むずかしいこつにも、ドングリ号はちゃんと答えたけんのう」
「ためしたっち、いったいどうやったんや?」
おスミさんが弟の吉蔵さんの背中をつつく。
「見せるから、こっちに来るんや」
みなを手招いてから、吉蔵さんは機関室のそばに歩み寄って振り返った。
「なっ、だれも乗っちょらんやろ」
「で、どうすりゃ返事をするんや?」
おスミさんが先をせかせる。
「かんたんなことや。だれでもいいけん、ドングリ号に声をかけちみてくれんか?」
いきなり声をかけろと言われても、相手は鉄でできた蒸気機関車。なんと話しかけていいものか、すぐにはだれもが思いつかない。
と、そのとき。
「出発、進行ー」
集団の後方から叫び声がして、徳治さんの右手が高々とあがった。
ブゥオー。
ドングリ号が汽笛を鳴らし、続いて足元から白い蒸気を吐く。
シュッ、シュッ……。
さらには車輪をまわし始めた。
おスミさんは口をぽっかり開け、ドングリ号の反応にすっかりおどろいている。ほかの者たちもいちように、前進を始めたドングリ号に見入っていた。
ドングリ号が進み続ける。
「行っちしまうぞ!」
ことの重大さに気づいた元作さんが、あわててドングリ号のあとを追った。
ほかの者といえば、その場に立ち尽くしているばかりだ。
そうしたなか……。
「停止ー」
前にもまして大きな声がして、やはり徳治さんが右手を高くあげていた。
ギィー、シュー、ギィー、ギィー。
ドングリ号が車輪の音をきしませて止まる。
「ドングリ号ー、バックするんやー」
今度は元作さんが右手を高くあげ、徳治さんのまねをして号令をかけた。
ブゥオー。
ドングリ号がバックを始め、停車していた位置までもどってくる。
「止まれー」
これまた元作さんの号令に、ドングリ号は住人たちの目の前でピタリと停止した。
「なっ、こんとおりや」
「ああ、今のでようわかったわ。でもな、元作。なんでこげな、不思議なことができるんや?」
お夏さんが首を振り振り、ためつすがめつドングリ号を見る。
「それがな、たまたまわかったことなんで、オレにもさっぱりわからんのや。ただ不思議としか、それしか言いようがねえ」
元作さんも首を振るばかりだ。
―栗原村住人たちの紹介―
元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。
お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
おスミさん……夫の戦死で嫁ぎ先から村にもどる。以来、再婚もせず村で暮らす。吉蔵さんの姉。




