ドングリ号10
清流駅の構内。
「おう、来た、来たぞ!」
改札口で首を伸ばしたゴンちゃんが叫んだ。
「ドングリ号が返事するんを聞いたら、みんなびっくりするやろうな」
新吉さんも改札口から顔を出し、まっすぐな表通りをのぞき見た。
星明りの駅前通り。
老人たちが寄り添ってゾロゾロ歩き来る。
「待っちょったぞ! みんな来たみたいやな」
待ち切れないふうに、ゴンちゃんが表通りまで迎え出た。
お夏さんが背後の者たちを振り返る。
「ごらんのとおりや。タマちゃん以外、みなそろうちょる」
「おう、徳さんもおるんか。よう来たなあ」
トキさんに手を引かれた徳治さんに、ゴンちゃんが歩み寄って笑顔で声をかけた。
「だれや?」
「ワシやあ、ゴンや」
「知らんがな」
「忘れたんか、ゴンや。ほれ、駐在のゴンや」
ゴンちゃんが顔を近づける。
「ゴンちゃん、とりあわん方がええよ。こん人、いいかげんボケちょって、ウチんことも忘るんぐらいやからな」
トキさんは笑って言うと、夫の腕をつかんで改札口へと引っぱっていった。
「新吉、持ってきたで」
冬次郎さんに声をかけられ、一升ビンの一本を受け取った新吉さんが顔をほころばせる。
「忘れんかったんやなあ」
「なに忘れてん、こいつだけは忘れんけん」
冬次郎さんはアルコール依存症であった。
酒を飲む時間が増えたのは妻と死別したあとで、最近では昼間から飲むこともあった。
症状はそれほどひどくないが、アルコールが切れると指先が小さく震える。しかし住人たちも、そして冬次郎さんでさえも、それが酒のせいだとは気づいていなかった。
「ウチんヤツ、どこかのう?」
喜八さんが妻の姿を探している。
「ミツさんなら、あっちにおりますけん。喜八さんも早よう行ってください」
ゴンちゃんが客車を指さして教えた。
「そんじゃあ、お先に行かせてもらうで」
喜八さんは安心したようすで、改札口からプラットホームへと進み入った。
鶴じい、スナばあが、綾乃さんとおスミさんに手を引かれ改札口を通り抜ける。それから菊さん、おツネさん、弥助さん、庄太郎さんと続く。
最後にゴンちゃんを構内に入り、十八名全員がドングリ号の後方に集結した。
―栗原村住人たちの紹介―
元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。
お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。
新吉さん……村では一番若く六十歳。元作さんとともに日ごろから村の世話をする。
綾乃さん……東京生まれの東京育ち。夫が栗原村出身であり、夫の死後も村で暮らしを続ける。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。
吉蔵さん……病気で倒れた妻、タマの介護を自宅でしている。おスミさんは実の姉にあたる。
タマさん……吉蔵さんの妻。脳梗塞で倒れて以来、体半分の自由を失う。
菊さん……夫を鉱山の落盤事故で失って以来、女手ひとつで三人の子供を育てあげる。
スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。
おスミさん……夫の戦死で嫁ぎ先から村にもどる。以来、再婚もせず村で暮らす。吉蔵さんの姉。
鶴じい……九十歳なかば。踊ることが趣味。息子が一人いたが戦死する。
ゴンちゃん………栗原村の最後の駐在員。栗原村が気に入り、そのままいついている。
弥助さん……鉱山が開業してからは農業をやめ、閉山するまで鉱山で働く。独り暮らし。
喜八さん……高齢のため足腰がめっぽう弱い。妻はミツさん。
ミツさん……喜八さんの妻。夫の体の具合をいつも心配している。
冬次郎さん……妻と死別し、子供が帰省しなくなってからアルコール依存症となる。
庄太郎さん……鉱山のダイナマイトの爆破事故で右手の手首から先を失う。
おツネさん……離婚して村にもどって以来、ずっと独り暮しをしている。




