ドングリ号9
時刻は九時半をまわったところ。
清流駅までは、わずか三百メートルほどの距離。老人らの足でも十分ほどで着く。
「ねえ、徳さんもどうですか? ドングリ号を見るのって、もう最後やし」
綾乃さんがトキさんに、家にいる徳治さんを連れていくようすすめた。
「そうやな。あん人、頭はもうろくしちょっても足腰はじょうぶやけん。そんなら悪いけど、ちょっと先に出させちもらうわ」
徳冶、トキ夫婦の家は、駅とは目と鼻の距離。ひと足先に出ればじゅうぶんまに合う。
「のう、鶴じい。駅まで歩くんじゃが、足ん方はだいじょうぶか?」
はきなれない靴と格闘している鶴じいに、そばにいた庄太郎さんが声をかけた。
「ああ、踊りできたえちょるけんな。それよりスナばあが見えんようじゃが?」
鶴じいがスナばあの姿を目で探す。
だが、スナばあならまったく心配無用。スルメの入った袋を小脇にかかえ、みながそろうのを外で待っていた。
出発の用意を始めて、五分後。
それぞれが酒やツマミの入った袋を手に、全員が玄関前に集合した。
「いいな、わけえもんは重てえもんを持つんよ」
お夏さんが顔を見渡して釘を刺す。
若い者といっても……。
一番若いのが六十三歳の綾乃さん。
次が六十六歳の冬次郎さん。
続いて七十前のおツネさん。
六十歳を過ぎても、わけえもんと呼ばれているこの集団が、いかに高齢者の集まりであるかがわかるとしたものだ。
夜もふけており、長袖の服でも冷気が肌を刺す。
それでも体内にアルコールを満たした住人たち。寒さなんぞなんのその、お夏さんを先頭にワイワイとしゃべりながら進み行く。
道すがら。
草むらの虫たちがしきりに鳴いていた。
頭上では季節はずれの天の川が横たわり、こぼれんばかりの星がきらめいていた。
通りに駅舎が見える。
そこで徳治とトキの夫婦が列に合流し、駅へと向かう住人は総勢十三名となった。
―栗原村住人たちの紹介―
綾乃さん……東京生まれの東京育ち。夫が栗原村出身であり、夫の死後も村で暮らしを続ける。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。
吉蔵さん……病気で倒れた妻、タマの介護を自宅でしている。おスミさんは実の姉にあたる。
タマさん……吉蔵さんの妻。脳梗塞で倒れて以来、体半分の自由を失う。
菊さん……夫を鉱山の落盤事故で失って以来、女手ひとつで三人の子供を育てあげる。
スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。
おスミさん……夫の戦死で嫁ぎ先から村にもどる。以来、再婚もせず村で暮らす。吉蔵さんの姉。
鶴じい……九十歳なかば。踊ることが趣味。息子が一人いたが戦死する。
ゴンちゃん………栗原村の最後の駐在員。栗原村が気に入り、そのままいついている。
弥助さん……鉱山が開業してからは農業をやめ、閉山するまで鉱山で働く。独り暮らし。
喜八さん……高齢のため足腰がめっぽう弱い。妻はミツさん。
ミツさん……喜八さんの妻。夫の体の具合をいつも心配している。
冬次郎さん……妻と死別し、子供が帰省しなくなってからアルコール依存症となる。
庄太郎さん……鉱山のダイナマイトの爆破事故で右手の手首から先を失う。
おツネさん……離婚して村にもどって以来、ずっと独り暮しをしている。




