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お別れの夜1

 大分県のほぼ中央――標高の高い山間部に豆粒ほどの小さな山村がある。栗原村といい、村民は二十人にも満たない。

 いつもは静かなこの村、どうしたことか今夜はやけに騒がしい。村はずれにある公民館で、カラオケの歌にまじり笑い声やどなり声がしていた。

 歌っている者。

 踊っている者。

 一人でチビチビと酒を飲んでいる者。

 四、五人で輪を作って話し込んでいる者。

 はたまた大声を出しながら、一升ビンを片手にウロウロしている者もいる。

 そして……。

 正面の壁には『さようならドングリ号 平成五年十月』と記された垂れ幕が下げられてある。

 お別れの宴会が催されているようだ。

 そうしたなか。

 部屋の片隅で、ねじりはち巻きの男が一人、先ほどから肩を小刻みに震わせていた。

「なあ、元作。泣いてん、しょうがねえやないか」

 そばに寄って声をかけたのは、この村のリーダー的存在でもある、お夏さんだ。

「アイツがおらんなるち思うたら。それに、ぶっこわさるんちゅうもんで」

 元作さんが涙まじりの鼻水をすすり上げる。

 ドングリ号は本日をもって役目を終え、機関車としての長い生涯に幕を閉じる。そして明日にも大分駅に運び込まれ、いずれ解体されて鉄クズにされることが決まっていた。

 で、元作さんは運転士であった。ドングリ号が引退する、今日という日を迎えるまで……。

「そうだよのう。なんちゅうたちオメエ、ドングリ号とは一番のつき合いやったからなあ」

「オレ、十七んときから、ずっとアイツといっしょやったやろ。機関士んときは石炭を食わせ、運転士になっちからはアイツん手足になってきたんや」

「のう、元作。そいつはさかさまやねえか。ドングリ号んおかげで、オメエの方がおまんま食えてきたんやろうが」

 お夏さんは口元をほころばせてから、元作さんの手にある湯呑茶碗に酒をついでやった。

「そうやなあ。アイツがおらにゃ、こうしち今んオレはねえもんなあ」

「のう、あんときんこと覚えちょるか? オメエ、野良犬んごとあったやねえか」

 あんときんこととは、元作さんが栗原村に来てまだまもないころのことである。

「野良犬かあ。たしかにあんときは、だんな様にはたいそう世話になったけんなあ。だんな様にゃ、どげん感謝してん感謝しきれねえわ」

「そん亭主も墓ん中に入っち、もう十年や。ところで元作、オメエなんぼになった?」

「じきに六十二や」

「そんではあれから四十年以上もなるんか。月日のたつんはなんとも早ええもんやのう」

「そうやなあ……」

 遠い昔を思い出したのか、元作さんの目がうつろになってゆく。


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