ドングリ号4
ドングリ号に近づいたとき……。
なぜか、先ほどまでの青い光は消えていた。機関室の明かりはいつもの白色である。
「見ろよ。あん光はのうなったが、まだ明かりがついちょる。だれかおるんはまちがいねえぞ」
元作さんが足を止めて振り返る。
「いきなり行っち、ぶちかまそうやねえか」
新吉さんはいきがってから、スコップを頭上にかまえ直した。
「ああ、そいつがいい」
元作さんも頭上にかまえる。
三人はドングリ号にさらに近づいた。
客車の横まで来て、機関室まであと十メートルほどになった、まさにそのときである。
ブゥオー。
とびきり大きな汽笛が鳴り、客車の明かりがいっせいに点灯した。それと同時に、ドングリ号が足元から勢いよく蒸気を吐き出す。
「おー」
三人はそろって声をあげ、くずれ落ちるようにその場でへたり込んでしまった。
「だ、だいじょうぶか?」
元作さんが二人の顔を見る。
「ああ……」
新吉さんは鼻先までずり落ちたメガネを元にもどしている。
「……」
ミツさんにいたっては声も出ない。
三人はぶじを確かめ合うと、スコップを杖にして立ち上がった。それからヘッピリ腰ながらも、忍び足で機関室のドアのそばまで行った。
元作さんがスコップを振り上げたまま、おずおずと機関室の窓ガラス越しにのぞき込む。が、すぐに振り返って首をひねった。
「だれもいねえ」
続いて新吉さんも中をのぞく。
「ほんとや」
「ウチらが腰を抜かしちょるうちに、そこから逃げちしもうたんかのう?」
ミツさんは目玉だけを動かし、こわごわとあたりを見まわした。
プラットホームも線路敷も、薄暗い闇が広がっているだけである。
―栗原村住人たちの紹介―
元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。
お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。
新吉さん……村では一番若く六十歳。元作さんとともに日ごろから村の世話をする。
綾乃さん……東京生まれの東京育ち。夫が栗原村出身であり、夫の死後も村で暮らしを続ける。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。
吉蔵さん……病気で倒れた妻、タマの介護を自宅でしている。おスミさんは実の姉にあたる。
タマさん……吉蔵さんの妻。脳梗塞で倒れて以来、体半分の自由を失う。
菊さん……夫を鉱山の落盤事故で失って以来、女手ひとつで三人の子供を育てあげる。
スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。
おスミさん……夫の戦死で嫁ぎ先から村にもどる。以来、再婚もせず村で暮らす。吉蔵さんの姉。
鶴じい……九十歳なかば。踊ることが趣味。息子が一人いたが戦死する。
ゴンちゃん………栗原村の最後の駐在員。栗原村が気に入り、そのままいついている。
弥助さん……鉱山が開業してからは農業をやめ、閉山するまで鉱山で働く。独り暮らし。
喜八さん……高齢のため足腰がめっぽう弱い。妻はミツさん。
ミツさん……喜八さんの妻。夫の体の具合をいつも心配している。
冬次郎さん……妻と死別し、子供が帰省しなくなってからアルコール依存症となる。
庄太郎さん……鉱山のダイナマイトの爆破事故で右手の手首から先を失う。
おツネさん……離婚して村にもどって以来、ずっと独り暮しをしている。




