お別れの夜9
この輪のなかで、それまで黙って耳を傾けていた庄太郎さんがやおら顔を上げた。
「ワシらも悪かったんよ。金が出たあと、百姓やめちしもうたからな。田んぼ荒らしち、使えんようにしたんはワシらや。わけえもんを村に残れんようにしたんは、なんたちワシらなんやけん」
庄太郎さんは左手で右腕をさすった。
その右腕には手首から先がない。鉱山で働いていたとき、爆発事故にあって失ったのだ。
「そうやなあ」
冬次郎さんがうんうんとうなずく。
冬次郎さんにも三人の子供がいる。だが、だれ一人として村に残らなかった。いや、残りたくても残れなかった。若者の働く場は、栗原村から消えていたのである。
さっきまで威勢のよかった弥助さんも、おツネさんも、じっと考え込むように黙りこんでしまった。
すると……。
公民館の中が水を打ったように静かになった。
トキさんと綾乃さんは、座って下を向いたまま押し黙っている。
カラオケを歌っていたおスミさんは、用便にでも行ったのか姿が見えない。
鶴じいは踊り疲れて、ステージの上で横になっている。
お夏さんと菊さんの二人は、窓辺に寄り添って立ち星空を見上げている。
元作さんと新吉さんは座り込んで、それぞれひとりでチビチビと酒を飲んでいる。
ゴンちゃんは空になった一升ビンを枕に、部屋の隅でイビキをかいて眠っている。
吉蔵さんは寝転がって天上をにらんでいる。
その横ではスナばあが、モクモクとスルメの足をしゃぶっていた。
静か過ぎるほどの時の流れ。
静寂の底深くに、みながそろって沈んでいたときである。
ブゥオー。
汽笛の音が冷たい大気を震わせ、村はずれの公民館まで響き渡ってきた。
―栗原村住人たちの紹介―
元作さん……十七歳のとき、栗原村に来て鉄道会社に就職。以来一筋、蒸気機関車ドングリ号に乗る。
お夏さん……亡き夫が村の駐在所の駐在員であったことから、住人たちに頼りにされている。
新吉さん……村では一番若く六十歳。元作さんとともに日ごろから村の世話をする。
綾乃さん……東京生まれの東京育ち。夫が栗原村出身であり、夫の死後も村で暮らしを続ける。
徳治さん……頭はボケているが、体はいたって元気である。トキと夫婦。
トキさん……徳治の妻。認知症の徳治の世話に追われている。
吉蔵さん……病気で倒れた妻、タマの介護を自宅でしている。おスミさんは実の姉にあたる。
タマさん……吉蔵さんの妻。脳梗塞で倒れて以来、体半分の自由を失う。
菊さん……夫を鉱山の落盤事故で失って以来、女手ひとつで三人の子供を育てあげる。
スナばあ……九十七歳で村一番の高齢者。独り暮らしだが、いたって健康。
おスミさん……夫の戦死で嫁ぎ先から村にもどる。以来、再婚もせず村で暮らす。吉蔵さんの姉。
鶴じい……九十歳なかば。踊ることが趣味。息子が一人いたが戦死する。
ゴンちゃん………栗原村の最後の駐在員。栗原村が気に入り、そのままいついている。
弥助さん……鉱山が開業してからは農業をやめ、閉山するまで鉱山で働く。独り暮らし。
喜八さん……高齢のため足腰がめっぽう弱い。妻はミツさん。
ミツさん……喜八さんの妻。夫の体の具合をいつも心配している。
冬次郎さん……妻と死別し、子供が帰省しなくなってからアルコール依存症となる。
庄太郎さん……鉱山のダイナマイトの爆破事故で右手の手首から先を失う。
おツネさん……離婚して村にもどって以来、ずっと独り暮しをしている。




