8.正義か悪か
「どうしてここが……」
私は焦った。ここまで来てこいつを取り逃がすわけにはいかない。京介が喋ってしまったのか、それとも自力で警察が導き出したのか。田中が近づいて来る。男が必死にもがき、田中に助けを求める。
「た、助けてくれ!」
「動くな!」
私は男の首元に包丁を突きつけた。男は動きを止める。しかし、田中は止まることなく私の方へ向かって来る。
「ちょっとあんた、止まらないとこいつ殺すよ!」
男は怯えて目を閉じる。
「どうぞ。私はあなたに話があるだけだから大人しく待ってるわ。なんなら手伝いましょうか?」
私が田中を初めて見たとき、ただならぬ不安を感じたのは気のせいじゃなかったらしい。じわりと嫌な汗が背中を流れた。田中は怯える男の顔をのぞき込んだあと部屋を出て行った。
「な、何だあの女は! 仲間なのか!?」
男は額に汗をにじませている。
「さあね。刑事だってことしか知らない」
「刑事!? おい、こら! 刑事なら市民を守れバカヤロー!」
男はドアの方を見て叫んだ。
「じゃ、刑事にも殺していいって許しもらったことだし死ぬ時間だよ。ネット上でも現実でもクソしかしなかったな。バイバイ」
私は前の二人と同じように男を殺し、メモと携帯を置き部屋を出た。部屋の外では田中が待っていた。
「終わったようね」
「あんた刑事でしょ? どういうつもり? 現行犯逮捕しに来たってわけでもなさそう」
私は怪訝な目で田中を見つめた。
「あなたネット界で現代の始末屋って呼ばれてるの知ってる?」
「知ってる」
「それなら話が早いわ。今はただの噂だけどこれを本当にしてみない? もちろん協力するわ」
「もう一回聞くけど、警察だよね?」
「そうよ」
「殺しを止める側だよね? 何で推奨して起業しようみたいなノリなんだよ」
「いい質問ね。確かに警察は殺しを止める立場よ。でもさっき殺した人は被害者である前に加害者でしょ。あなたの友人を死に追いやった」
「そりゃそうだけど」
「でも彼を殺人で裁くことはできないし、明らかに有罪な奴も賄賂や忖度で無罪になることがある。そんなのおかしいと思わない?」
私は黙って田中を見つめていた。
「私が警察に入って感じたのは無力感だった。苦しむ被害者や醜い笑みを浮かべる加害者をたくさん見てきた。そんなときルチフェル事件が起きた」
田中は私の両肩をつかむ。
「あなたのおかげでこれだって目が覚めたの。志願して捜査員に入れてもらった。もちろんあなたを探して助けるためよ」
田中の手を払う。
「あんたは根本的に私と違う。逮捕する気ないなら失礼するよ」
田中が私の腕をつかむ。
「待って、何が違うって言うの?」
「あんたは自分のやろうとしてることを正義だと思ってる。でも私は違う。私は悪だ。その根本がズレた相手と一緒にはいられない。それにもともと全て終わったら死ぬつもりだったしね」
「あなたは次の被害者が出ないように殺した。もちろん復讐が一番の理由だとは思うけど。それでも結果的には未来の被害者を救ったのよ」
「そう考えるのはあんたの勝手だけど、未来なんて誰にもわかんない。被害者なんて出なかったかもしれないし、止める方法は他にもあったかも。私はそれを選ばなかっただけでね」
田中は私を黙って見つめている。
「私がやったことは殺してきた奴らと同類なんだよ。気に食わない奴を言葉で封じた奴らと暴力で封じた私。ほらね、どっちもろくでもない。あんたのやりたいことはわかった。でも他あたりな」
私は田中の手を払う。
「わかった。確かにそうだわ。私が間違ってた。あなたの力が必要なの」
田中を現場に残し、私はその場を後にした。
一年後。ルチフェル事件は未解決のまま、テレビで報道されることもなくなり人々の記憶から消えかけていた。
田中がコンビニの袋を下げて路地裏にある雑居ビルに入って行く。薄暗い階段を上がり、ドアを開ける。室内にはデスクが数個とソファがある。ソファに遥と京介が座っている。二人は田中に気づき振り向く。
「差し入れよ」
田中が袋を持ち上げ微笑む。二人は田中に笑顔を向ける。
本作品はこれで完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました。
作品を初めて完成させることができました。また新しい作品を作っていこうと思います。