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ダンピール家の皆様がいる部屋に入ると、ダンピールご夫妻は深く頭を下げてラヴァル家の皆様をお迎えしています。ですが…ダニエル様だけ立っておられません…。無理矢理、夫人にグイッと手を引かれ、こっそり叱られています。私も家令が席を案内している間に父と妹が立っている所に行って、深く頭を下げます。
「皆さん、姿勢を崩していただいて結構ですよ」
ラヴァル家の御当主様が声をかけてくださいますが、誰も頭を上げません。
「愚息が大変申し訳ありませんでした」
「とりあえず皆さん、一度座って話をしましょう。このままでは話も出来ないですから」
もう一度声がかかります、そこでやっと皆が席に付き、まずはダンピール家からの謝罪がありダニエル様も、ご両親の態度を見て自分が引き起こしたことが、とんでもない事だったと、なんとなく把握したようで、きちんと謝罪しておられます。
「この度は、ジェレミー卿に対して、大変失礼な行い、本当に申し訳ありませんでした!」
「どういった思惑でミシェルに贈り物をしていたのかは、もう終ったことなので聞きませんが、謝罪は受け取ります。だが…僕に謝るよりも折角の誕生日を、台無しにされたアネット嬢に謝るべきじゃないかな?」
ジェレミー様の言葉に、部屋にいるラヴァル家以外の皆が、ハッと私を見る。そう先程から妹の側にばかりいる父もそうだが、本当にショックなのは、誕生日にこんな嫌な思いをしている私なのだ。婚約者と妹にパーティーをぶち壊されかけ、その結果婚約解消になるし、楽しみにしていたドレスも嫌な思い出がビッシリこびりついて、リメイクしても着たくない。
本当に一生忘れられない、最悪の誕生日になったのだ。
ダニエル様が立ち上がり私の座っている前に跪いて、話しだす。
「……アネット…本当に申し訳なかった。ミシェルにねだられて、お礼を言ってくるミシェルの笑顔が可愛くて…可愛い笑顔が見たくなってあれもこれもと、ミシェルに次々贈りたくなって…」
えっと、これは私は謝られているのでしょうか?贈り物をした理由が、妹が可愛かったからなど聞きたくないのですが…。
「ダニエル卿、もう君は黙った方がいいな。それは謝罪の言葉ではないよ」
ジェレミー様がダニエル様の謝罪?言い訳?を遮ってくださいます。
「アネット嬢ごめんね、こんな言葉が出てくるなんて…。謝罪を促した僕が悪い、もう聞かなくて良いよ」
「ジェレミー様、ありがとうございます…」
良かった…素直な気持ちで、謝罪と受け取れない私がおかしいのではないんだ。わかってくださる方がいてホッとした瞬間…気が抜けて急に意識が遠くなり身体が崩れ、誰かに受け止めてもらえたような感覚がして、そのまま私は気を失ってしまいました。
......やってしまった…。
目覚めると自分の部屋のベッドで、何故か父が私の手を握りながら、ベッドサイドに座りベッドの端に顔を突っ伏して寝ている…。
窓の明るさを確認すると、確実に日は昇っている…。
パーティーの準備やあの騒動の気疲れがあったとしても、お客様の前で気を失うなど大失態だ。
あの後、話し合いはどうなってしまったんだろう。そして父がなぜ部屋に?この状況がよくわからないけれど、父が起きてしまわないように握られている手をそっと外して、部屋を見回すといつもは部屋の外に居る使用人達が、中で数人待機してくれていた。私が起きたことに気づいてすぐに、侍女のサリーがベッドに近づき小声で話してくれる。
「お嬢様、目が覚めましたか、熱は下がりましたね。すぐに温かい飲み物を持ってきますね。旦那様は何度か移動していただこうとしたのですが、その度に起きてしまわれて、お嬢様が目覚めるまで、絶対動かないとおっしゃるので…」
「え?お父様が?」
父がミシェルではなく、私を看病?1日しか寝てないと思ったが、もしかして何日か寝込んでしまったのだろうか?サリーはテキパキと周りに指示を出しながら、温かい紅茶を入れてくれ、そっと渡しながら教えてくれた。
「久しぶりに旦那様の、この姿を見ましたよ。奥様が寝込んだ時は必ずこうやって、看病してらしたので、その時の姿を思い出してしまいました」
「そう…お母様の…。サリー、今日は何日?私はどれぐらい寝てしまったの?」
「お嬢様が気を失われたのは昨日の夕方なので、何日も経ってないですよ。旦那様、お嬢様が目を覚まされましたよ。ここで休まれては身体が痛くなってしまいます、起きてください」
サリーが父を起こしてくれている、中々起きないので私も声をかけようと父の肩にふれようとした時。
「アネットは!」
ガバっと、父が起き上がって私を見る。
「あぁ、アネット!目が覚めたんだな。痛いところはないか?まだ寝ていなくて大丈夫か?熱は?」
なんだろう、父のいつもとは違う態度にビックリして何も言えないでいると、額に手を当てられたり、顔色を覗き込まれたりして確認される。
「アネットすまなかった、いつも元気なお前が倒れてしまうぐらい負担がかかっていたなんて、気づかなかったんだ。あんな婚約者を選んだせいで、本当にすまん。ミシェルのことも、甘やかし過ぎた。全部俺が悪かったんだ。アネット、身体は大丈夫か?」
「はい、だ、大丈夫です。私こそ、皆様の前で、失態を見せてしまい申し訳ありません。」
こんなに、父に心配されるのが子供の頃以来で、どう言葉を返して良いのかわからない。それに、私が倒れた後の事も聞きたいけど、いつもの父と様子が違い過ぎて、いつもの調子で話せないでいる。
「旦那様、少し落ち着いて下さい。アネットお嬢様は、ちょっと疲れて熱を出して倒れただけで、病気ではありませんよ」
「だが、急に倒れたんだぞ!医者はこのまま寝てれば治ると言っていたが、詳しく診てもらわないと大丈夫かなんて、わからないじゃないか」
私の事でオタオタしている、珍しい父の姿をお芝居を観ているような気分になって、可笑しくなってきた。と同時にグーっとお腹がなって空腹を思い出した。
そっか…昨日の朝、支度の合間に少し摘んでから何も食べていないもの、お腹空くのも当たり前ね。そう思っているとまた父が、騒ぎだす。
「アネットに何か食べ物を!アネット、何が食べたい?どんなものなら食べれる?」
「旦那様、もうすぐ温かいスープが届きますよ。少しずつ食べないと身体がビックリしますからね」
「サリーありがとう。お父様、起きれそうなので着替えをしたいのですが…お父様も着替えて一緒に食事をしませんか?昨日、私が倒れた後のお話も、聞きたいですから」
「本当に起き上がって大丈夫なのか?」
「ええ、ぐっすり眠ったのでもう大丈夫ですわ」
「わかった、では後でな」
「はい、お父様。ご心配かけて申し訳ありません、ありがとうございました」
父が部屋を出てから、持ってきてもらったスープを空きすぎたお腹を治めるために飲んで、着替えをする。そういえば、起きてから顔を見ていない妹はどうしているのかと聞くと『お嬢様の誕生日パーティーを台無しにしたバツとして、今日1日部屋に謹慎を言いつけられてました』との答えが…。
本当に倒れてからの出来事が想像出来ない…。父が妹にバツを言い渡すなんて…。何が起こったんだろう。とにかく話を聞かなければと、食堂へ向かう。
私が食堂に着くと、父が待っていてくれて態々席までエスコートしてくれた。
「アネット、先に食事を済まそう。スープを飲んだと聞いたが、まだ食べれるだろう」
「はい、お父様。ミシェルは…」
「謹慎は、今日1日だけだ。でも後で、アネットの顔を見せてやってくれ。ミシェルも心配していたからな」
「はい、もちろんです」
そこからは食事を始めたのだが、たまに父と目が合うと心配そうな顔や、安心している顔などをしていて、今までとの違いに擽ったいような、複雑な心境だ。
食事が終わって、お茶の時間に昨日の話をやっと聞けた。私が倒れた後、父と妹がパニックになっていると、ソファーで力が抜けてグッタリしている私をジェレミー様が支えてくださって、部屋で休めるように指示してくださったそうだ。
そしてラヴァル家の皆様がその場を落ち着かせて、場を取り仕切り話し合いが続けられた。
まずは、ダニエル様と私が婚約解消になり、ダニエル様の行動によって、ジェレミー様とミシェルの婚約解消になったのでラヴァル家に両家とも慰謝料を払うことになった。私へのダニエル様からの慰謝料は、ダニエル様が婿に来るときに受け取るはずだった、資産から支払われるらしい。
そして、ジファール家との婚約がなくなってしまったことで、3家の間で結ばれていた、輸入品の流通経路をダンピール家が独占することが出来なくなったので、領地の通行料を向こう5年間、1割下げることで優先してもらうという契約に変わったそうだ。
初めは3割下げるとダンピール家は提示したが、嫡男でもないダニエル様が起こしたことなので、領地の収入に影響を及ぼすのは、どうだろうと今の契約内容になったらしい。
昨日はとりあえず、婚約解消の慰謝料の話と、通行料についての契約の話だけで終わったらしい。ラヴァル家との話は、私の体調が戻ってからと決定し解散となったらしい。
あっけなく解消になってしまった婚約だった。父がなぜダニエル様に決めたかと言うと、候補の中で1番自己主張があまりなく、私が商会の事業に意見しても素直に聞けそうな人物だったからだそうだ。
私が、しっかり手綱を握って置かないとダメだったようだ。初めから教えておいて欲しかったです、うっかり自由にさせてしまってこの結果になってしまった…。
とりあえず聞きたいことは聞けたし、父もしっかりと休めていないようなので、部屋へ戻ることにした。戻る前にミシェルの部屋へ寄って話でもしよう。そしてラヴァル家とダンピール家へ手紙を書いて…昨日パーティーへ来てくださった方々へも御礼状を…先程の父の様子では、私も部屋を出してもらえなさそうなので、座って出来ることを片付けましょう。
父のエスコートをやんわりと断って、ミシェルの部屋へと向かいます。
ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。