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今日は植物園へ行く日だ、初めて行く場所にワクワクしながらジェレミー様が迎えに来てくれる馬車を待つ。妹は昼過ぎからの約束なのでお見送りすると一緒に待ってくれている。馬車が付きジェレミー様が私のエスコートに降りてくれた。
「ジェレミー、お姉様をよろしくね」
「ジェレミー様今日はよろしくおねがいします」
「うん、こちらこそよろしくね。ミシェルもダニエルと交換デート楽しんで来て」
妹に行ってきますを言い植物園へ向かう、こうしてジェレミー様と馬車に乗ることなんて今までなかったから不思議な感じだわ。
「ジェレミー様、今日はミシェルの我儘から私に付き合わせて申し訳ありません」
「いやいや、僕も婚約者の暴走を止められず申し訳ない。お互い様ってやつだよ。」
妹の我儘を詫びると逆に謝られる、そして自然に笑ってしまった。
確かに姉も婚約者も止めなきゃ駄目な役割なのだが、こんな時止まらないのが妹だと2人共分かりすぎているのだ。
「巻き込まれた者同士、今日は楽しもう!」
「ありがとうございます。ええ、普段行けないところですし楽しみましょうか」
ジェレミー様に感じてた申し訳なさが少し軽くなった。
植物園に着いてからはお互い見たい植物を言い合って、ルートを考えながら進んでいく。私は地方や外国の花、ジェレミー様は薬草に興味があるそうだ。
先に私が見たかった場所に着いた、色とりどりの花で今まで見たことのない組み合わせの色の花を夢中になって見ていると突然顔の前に黒い蝶が近づいて来た、ビックリしてよろけたところをジェレミー様が支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、急だったので驚いてしまって」
「虫、平気なのかと思ってました」
「遠くで見るのは大丈夫なのですが、飛んで来る虫は苦手なんです。支えてくださってありがとうございました」
近くなりすぎていた距離を戻して、お礼を言う。ジェレミー様は笑いながらエスコートの手を出してくれた。
「掴まってたら虫が来ても大丈夫でしょう」
「申し訳ありません、お願いします」
なんだか妹の婚約者にエスコートされるのは、複雑だけど花が多いだけあって沢山の蝶がヒラヒラと舞っているので、ありがたくエスコートをされることにした。
ひとしきり花を見て満足したのでジェレミー様の目的の薬草が多く植えられている所へ行くことにした。先程までの花が多い場所とは違う香りがして、少し香りの強いハーブなどもここにあるようだ。
初めて見る物も多く薬草の所にはあまり虫は居なかったのでお互い自分の興味のある植物を見ることになった。
私は良い香りがするハーブのところへ行き、家でも育てられないかと思い植物の名前をメモに取っていた。幾つかあったのであちこち歩きせっせとメモをすると、いつの間にかジェレミー様が後ろに居て私の行動に笑っていらした。
「すいません、アネット嬢がヒラヒラと蝶のようにハーブからハーブに舞っていらしたのでついつい笑ってしまって。何をそんなに熱心にメモを取っていたのですか?」
「あぁ、落ち着きがなくて申し訳ありません。いい香りのするハーブが沢山あったので、家でも育てられないかと名前をメモしてたんです」
「ここらへんは家が輸入している植物もあるので、幾つかは手に入りますよ。ただ育てるのは温室などが必要でしょうが」
ジェレミー様がここに来たかったのは、ラヴァル家が搬入している薬草やハーブがキチンと根付いているかを調べる目的もあったらしい。メモを見せて幾つかお願いすることになった、見たいものもお互い充分見れたし時間も良い時間になったので、お土産を選んで植物園を出ることにした。
妹には植物園で作っているフルーツたっぷりのお菓子、ダニエル様にはハーブ茶を選んで帰りの馬車に乗った。
馬車に乗って暫くするとジェレミー様のお腹がグーっと鳴った。
そういえばお昼も食べずに夢中で植物園を回っていたと気付き、照れ笑いしているジェレミー様をお誘いする。
「軽く何か食べて帰りましょうか」
「それはありがたい提案だ、馬車に乗った途端に空腹を思い出したみたいで」
御者に行き先の変更を伝えて、ジェレミー様お勧めのお店に行くことになった。
出てきた料理はどれも美味しく、盛り付けも素晴らしくって大満足だった。
「凄く美味しかったです、ジェレミー様」
「そう言ってもらえて良かったよ」
食後のお茶が運ばれてきて、お茶も美味しいなとゆっくり堪能してるとジェレミー様が聞きたいことがあると話しだした。
「植物園でメモしていたハーブだけど、なぜあのハーブを選んだの?」
「あれは、好きな香りのするものを書き出しただけで特別な意味があるわけでは無いんです」
「香り?」
「私は香水に含まれている何かが合わないのか、肌に付けると痒みを感じたり赤くなったりするんです」
「そうなの?」
「もちろん肌に直接付けずに髪やドレスの裾に付けることなども試したのですが、肌にうっかり触れてしまったりするのを気にするのが嫌で…」
「あぁ、肌に触れずに付けるのは難しそうだよね」
「それで香水を諦めて自分でお気に入りの香りの花などでサシェを作って、クローゼットやドレスのポケットに入れてるんです」
「今持ってる?見せてもらっても?」
「どうぞ」
ジェレミー様は興味深そうにサシェを持って香りを確認したり、軽く振って見たりしている。人に見せると思ってなくてササッと作ったものだからじっくり見られたら粗が目立ちそうでドキドキする。
まぁ使った布はとりかえっこした妹の破れたドレスですけど。
「香りの元はコレだったんだ、さっき支えた時にふんわりいい香りがして近くの花の香りかと思ってたんだけど、やっと正体がわかったよ」
蝶に驚いたときに香りがしていたらしい、自分では慣れてしまっててあまり気にしたことが無かったので改めていい香りだと言われるとなんだか照れてしまう。
「先程は本当にありがとうございます。自分では香りを感じることは無いので、不快でなかったようで良かったです」
「うん、自然な香りで香水よりも僕は好きな香りだな。良いものを教えてもらったありがとう」
「こちらこそ、褒めていただいて嬉しいです」
侍女たち以外の評判を聞いたことがなかったので、嬉しくてニコニコしてしまう。
その後お茶も美味しくいただいて家に帰った。妹はまだ帰っていなかったので、ジェレミーはそのまま帰っていった。
妹とダニエル様の帰りを待つ時間に、今日のお礼にジェレミー様にもサシェを作ろうと温室で男の人が持ってもおかしくない香りの花を探しながらウロウロしていると、妹が温室にきた。
「お姉様ー。ただいま戻りました、とても楽しかったわ」
「おかえりなさいミシェル」
「お姉様はジェレミーとの植物園どうだったの?」
帰ってきてすぐに温室に来たようだ。とりあえず温室で立ち話もなと思いお茶を侍女にお願いする。お茶の準備がいつものお茶会の部屋ではなく、家族の部屋だったので妹に聞く。
「あれ?ダニエル様は?」
「え?私を送ってくださってそのまま帰ったわよ」
いやいや、ジェレミー様は妹がいない邸に何時間も待たせるのも申し訳無いので帰ってもらったが、ダニエル様は帰りに私と会わずに帰るのは婚約者としてどうなんだろうとダニエル様の行動に頭が痛くなるが、妹にぶつけても仕方ないしこんな、交換デートなんて1回きりだろうとモヤモヤを振り払いお土産を妹に渡す。
「わー美味しそう。さっきお茶してきたけど見ていたら食べたくなったわ、お姉様ありがとうございます」
「ごめんなさい、お茶して帰ってきてたのね。気を使わせたかしら?」
「嬉しいから良いの。夕食を少なめにしてもらうから、お姉様は?」
「私は植物園の帰りにちょっと遅めの昼食をしたので、ケーキはやめとくわ」
それから妹に植物園の話、帰りに食事をしたレストランの話をして妹もそのレストランが大好きで、美味しいメニューを教えてくれたり妹がダニエル様と行ったお店の話をした。
こんな会話が妹と楽しめるなら、交換デートもして良かったなと喜んでいると…
「あっそうだ!お姉様に見てもらおうと思っていたものがあったの!ちょっと取ってくるから待っててね」
急に妹が部屋を飛び出し何かを手に戻ってきた。
「見てお姉様!素敵でしょ」
「綺麗な刺繍のショールね色もとても素敵だわ」
「でしょう!今日ダニエル様が買ってくださったの」
「これはどこで買ってくださったの?」
「ダニエル様の専属の商会で買ってくださったの、初めて見るものばかりで素敵な物が沢山あったのよ!」
やっぱり…、ジファール家が営んでいるアルエット商会の商品ではないと思ったのだ。
「ミシェルとても素敵なショールだけど、あなたはそのショール身に着けられないわよ」
「え?どうして?」
アルエット商会の商品ではない物を身に着けることは、アルエット商会の商品が悪い物だから他所の商品を使っていると言ってることだ。私が身に着けるならまだ婚約者のダニエル様からのプレゼントと思ってもらえる、でもミシェルがプレゼントされた物だとなるとジェレミー様も、ジェレミー様の専属の商会も立場が悪くなる、だから人前ではダメ、家の中だけで愛用しなさいと妹に話した。
「えぇー。せっかくいただいたのに、なんだか楽しい気持ちが台無しだわ。もしかしてお姉様は自分が貰えなかったから悔しくてそんなことを言い出したんじゃないの?」
「違うわよ、後でお父様にも聞いてご覧なさい同じことを言われるわ」
私の方が説明の時間も苦労も台無しだ、後は父に放り投げよう。父も妹を可愛いと構うが家のことが絡むとちゃんと叱ったりするのだ。私にはもうこれ以上の説明は出来ない、お土産も渡せたし部屋に戻ってサシェを作ってしまおうと席を立つ。
夕飯の席に着くと妹がシュンとして謝ってくる。
「お姉様、さっきはごめんなさい」
あの後父にも同じ事を言われ、家の中でしかダメだとわかったらしい。多分理解はちゃんとしていないのだろうが、自分が悪いことを言ってしまったと素直に謝れるから憎めないのだ。
「わかってくれたならそれで良いわ、ミシェルが欲しくなるのもわかるぐらい素敵なショールだったものね」
「そうでしょ!」
シュンとしていたが途端に嬉しそうに話しだす。ダニエル様には少し思うところはあるけれど、人前では使わないとわかってくれたなら妹にはこれ以上言うこともないもの。
そこからは楽しい話をして和やかに食事を終えた。
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