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かくして、教会に離縁が認められたソフィアは父に離縁が決定した事を記した手紙を送り、自身は今までこなしてきた政務を後継の者に託す為、急いで執務を行った。
子供達は母と一緒に国を出る事を聞いたのだが、その行き先が海を渡った遥か先にあるといわれるザハル帝国と知り、まるで冒険にでも出るかのように楽しみにしている。
無論、行き先は他の誰にも口外してはならない、母との約束ですよ、と言い含めてあるので、秘密の約束と言えば子供達はそれを口にする事はなかった。
賢い子らだ。
「ソフィア様、衣装類はどうされますか?」
通常、王妃の執務室には三人の文官がいるのだが、今は国王の執務室に転属させてある。
今後情報を漏らす事のないようにした結果だった。
その為、王妃の執務室を行き来出来るのは、王妃専属の侍女達だけとなっている。
その執務室に顔を出したサシャに、書類に書き込んでいたソフィアは一旦手を止めた。
「ドレスはもういらないわ。そうね、庶民が着るような地味なワンピースを一着と、上下服を一着、後は下着を数枚でいいわ。どうせたくさん持って出ても複雑なドレスは一人で着る事は出来ないだろうし。ドレスは皆に下賜しましょう。いらないものは孤児院に寄付して。子供達が売るハンカチの生地にでもなれば高く売れるはずよ。宝飾品も同じように」
「かしこまりました!」
「あと、王子達の服も同じように。靴は丈夫なものをお願いするわ。子供達の足は柔らかいもの、怪我をしないようにね」
「心得ております」
「わたくしの部屋にある他の物も同様にお願い。家具などもほとんどわたくしの実家から持ち寄った物です。わたくしのいない部屋に置いておいても、後に妃となる方に失礼だわ」
「まあ。そのような事はございませんよ。ソフィア様の持ち物となれば、皆、喜んで頂戴いたしますわ」
凛々しく胸を張ったサシャに、ソフィアは少し考える素振りをして頷いた。
「サシャ、こちらへ」
「?はい」
手招きされて執務机に近付いたサシャは、首を傾げる。
そうして机の引き出しから取り出されたものを見て瞠目した。
それは、綺麗な翡翠色の鳥の飾りがついた金の髪飾りだった。
「サシャ、あなたはヴォルフレー家から王城までついてきて本当によく働いてくれました。これは、わたくしからあなたへのプレゼントよ」
「そ、そんな!このような高価なもの、いただけません!」
「いいえ、これは感謝の品よ。どうか受け取って」
「・・・ソフィア様ぁ・・・」
サシャの手のひらに載せられた髪飾りは、侍女の身に余る程の品だった。
「あなたの愛らしい栗毛色の髪と、その優しい緑の瞳にピッタリだと思うわ。これをつけて、あなたもどうか、あなたの想う方を見つけて幸せになってちょうだい。わたくしの願いはあなたの幸せよ」
サシャも、そろそろ嫁ぎ先を探さねばなるまい。
ザハル帝国という遠い異国の地に、それも身分も公爵家ではなくなるヴォルフレー家と道連れにさせる事など到底出来ない為、王家からの推薦状を用意してはいる。
だが、それでもいずれ、嫁ぐ事になる。
この元気な少女が幸せになれるよう、ソフィアは心から願っていた。
「・・・大事にいたします、ソフィア様」
「ええ。あなたが傍で笑っていてくれて、どんなにわたくしが助けられた事か。あなたの笑顔が、きっと幸せを呼んでくれる筈だわ。ありがとう、サシャ」
「もったいないお言葉です・・・っ」
盛大に泣き始めたサシャに、ソフィアは笑うしかなかった。
もうすぐ引き継ぎの書類も終わる。
そうすれば後はオレリアンに離縁届の書類にサインをしてもらい、後はこの国を出るだけだ。
サシャの泣き声を耳に、するりと背後の窓に視線を向ける。
リシャール王国に、夜の帳がおりようとしていた。