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――シュットフェル教会。
リシャール王国の主教会であるシュットフェルは、王都にある王城の西にあった。
歴史あるシュットフェル教会をお忍びで訪れたソフィアは、入口で警護にあたる衛兵に身分を明かし、教皇へ言伝を頼んだ。
ソフィアが王妃だと認識した衛兵は慌てて教会内に駆け込み、大司教を連れて戻ってきた。
「王妃陛下におかれましては、」
「ああ、堅苦しい挨拶は構わないわ。突然来訪して迷惑をかけます、ソロム大司教」
「とんでもないことでございます。どうぞ、中へ」
「ありがとう」
ゼノン枢機卿は地方へ巡礼に回っているらしく、だが運良く、教皇と大司教は滞在していた。
教会の奥にある一室へと案内され、そこで出された紅茶を飲みながら教皇を待っていると、しばらくして白い祭服に、同じく白い頭蓋帽を被ったガルト教皇がやってきた。
「久方振りですな、王妃陛下」
「ガルト教皇。お元気そうで何よりです」
結婚式以来、幾度かシュットフェル教会に足を運んでいたものの、忙しいガルト教皇とゼノン枢機卿に会う事は滅多とない。
久しく見ていなかった優しい双眸をしたガルト教皇に、ソフィアはこれから話さなければならない残念な話に心を痛めた。
「少し、人払いをお願いしても?ああ、ソロム大司教は同席なさって」
「わかりました」
ソロム大司教の合図で、三人に紅茶を出していた修道士は頭を下げて静かに退室した。
「・・・ガルト教皇。わたくし達夫婦の誓いを覚えておられるでしょうか」
「ええ、勿論」
「"いついかなる時も、互いを愛し、慈しみ、慈愛を以て支え合う"。その言葉があったから、わたくし達は民を愛し、国を愛してきました。けれど・・・それも変わってしまった。陛下には、別の愛する女性が現れたそうなのです」
「「!!」」
ガルト教皇とソロム大司教は目を見開いた。
なんと、神の誓いを反故にするのか、と。
ソフィアは苦々しく思いながら溜息を吐く。
「お相手はバローナム子爵令嬢レリーナです。彼女は未婚ですので公妾には出来ません。陛下はわたくしと離縁して彼女を正妃にするとおっしゃったのです」
「なんと・・・!」
「この国で重婚は確かに罪である。だが、だからといって一度神に誓って縁を得た伴侶を切って、別の伴侶を得るというのは神聖なる王国の国王としていかがなものか!」
ガルト教皇は唖然とし、ソロム大司教は怒りに目を吊りあげた。
「わたくしも・・・神に誓って陛下と結ばれました。この国の母となる事も、あの誓いに支えられてきた。けれど・・・陛下にはもう、わたくしは見えておられません」
「そんな・・・王妃陛下。たとえ離縁出来たとして、あなたは?あなたはどうなさるおつもりなのです」
「わたくしは・・・この国を出ます」
「「!!」」
ソフィアの並々ならぬ決意を秘めた眼差しに、二人は瞠目した。
(そうか。この御方はもう決めたのだ)
婚姻前よりこの国を憂い、誰よりも愛していた王妃。
だが、それも夫の心が傍にあればこそ。
王妃は、離れていく夫の心に気付き、傷付き、そして諦めたのだ。
「どうか、お二人にはわたくし達の離縁を認めていただきたいのです。そして、わたくしをどうか・・・どうか自由にさせていただきたいの・・・」
お願いします、と頭を下げた王妃に、二人は絶句した。
そこまでの決意を秘めていただなんて。
これではもう、修復など出来る筈がない。
ガルト教皇は、深い溜息を吐いた。
「・・・お気持ちは変わらんようですな」
「・・・ええ」
「仕方ないでしょう。神に誓った約束を反故にする事は罪とされるが、神はその者の心根を見極め、その罪をも慈愛の心で許してくれる。あなたがこの国の為にどれほど尽力してきたか、神も御存知です。王妃陛下――いや、ソフィア様。あなたの未来の為に、わたしはあなた方の離縁を認めましょう」
ガルト教皇はそう言って、ソフィアの額に人差し指を当てた。
「神聖なるリシャール王国の偉大な母・ソフィア。神はいつでもあなたの幸せを願っている。あなたがこれまでこの国に尽力してきた事は事実であり、民も皆知っている。あなたと共に光があるよう」
「・・・ありがとうございます、ガルト教皇」
こうして、ソフィアとオレリアンの離縁は、ガルト教皇によって認められた。
ただし、オレリアンがレリーナと婚姻出来るかどうかは分からない。
それこそ、神のみぞ知る、である。