オルレアン2
「十八歳の彼女は、七歳の頃に養女になり、貴族学院に入学しました。しかし、入学早々、とある伯爵家の嫡男との噂が広まり、その嫡男は決まっていた婚約が解消されました。その後も侯爵家の次男、子爵家の嫡男など、男性との噂――まあ事実だったそうですが、途絶えず、苦情がバローナム子爵家に大量に寄せられた事により、貴族学院を退学となりました。例の夜会は、養女の嫁ぎ先に困っていたバローナム子爵が参加させたそうです。彼女の身持ちの悪さから、年の近い貴族達から倦厭されており、嫁ぎ先は貴族の後妻に入るか、平民に嫁ぐしかなかったようですよ」
どれも、オレリアンの耳に初めて入る情報だった。
あの彼女が、身持ちが悪いとは思えなかったのだ。
たまたま体調を崩したソフィアが参加しなかった夜会で出会ったレリーナ。
燃えるような赤い髪に、魅力的な緑色の瞳の持ち主。
国王であるオレリアンに無邪気に笑い、ダンスを楽しんだ。
たったそれだけでオレリアンは、彼女に惹かれた。
そして恋をしたのだ。
まさかそこまで身持ちが悪いとは思わなかった。
「・・・で、如何しますか?」
個人としてなら彼女と結ばれたい、そう思う。
しかし、国王としての判断は――。
「・・・レリーナは、王妃になれない」
そう判断するしかなかった。
王妃となる者の身持ちが悪いのでは、生まれてくる子供が誰の子供かも分からない。
そんな彼女を、国民が王妃と認める訳もなかった。
そしてそんな彼女を、国外にも出せない。
もし婚姻するのであれば、離宮で隔離する他ない。
その判断をしたオレリアンに、ソロム大司教もドローシア伯爵も安堵の息を吐いた。
「陛下がそう判断してくださって、私どもは安堵しました。もし正常な判断を下せないのであれば、私どもはバローナム子爵を糾弾せねばならなくなっておりました。彼は大きな領地もない領主ですが、それでもリシャール王国の古くから王家に忠誠を誓ってきた家の者です。勿体ない人材を失うところでしたね」
安堵したドローシア伯爵の率直な言葉に、オレリアンも溜息を吐いた。
そして、レリーナの資料を机に放り投げ、椅子の背にどっと凭れた。
「・・・ソフィアと離縁した事は、俺の間違いだったのだろうな。そしてノエも失い、公爵家まで失った。これを挽回する機会を見つける事は、どうやらなかなか骨が折れそうだ」
「・・・そうですね。ソフィア様は民からも厚い信頼を寄せられたリシャール王国の星でした。その導きがなくなった今、王家は窮地に立たされている。此処で間違った判断をしなかった事に我々は安堵しましたが、まだまだ問題だらけです。ですが、これからです」
「これから、か・・・」
「我らも力を尽くしましょう」
「陛下だけの責にはさせませんよ」
ソロム大司教とドローシア伯爵に頭を下げるしかなかった。
「頼む。リシャール王国の為、頼りない俺の支えとなってもらいたい。良き国にする為に」
勿論ですよ、との答えを聞き、オレリアンは顔を上げた。
もう間違えてはならない。
ソフィアもノエもいない今、オレリアンの名声は地に落ちかけている。
まだ落ちていないだけマシだと思う他ない。
これ以上、民を不安にさせない為にも、頑張るしかないのだ。
ふと、窓の外を見ると、王都を照らす夕陽が目に映る。
「・・・やるしかない」
後悔を胸に抱いて、この国の為に尽力しよう。
その結果の善し悪しに限らず、無能な王と後世に伝えられても。
正しい道に進みたい。
進むしかないのだ。
――リシャール王国オルレアン王。
リシャール王国始まって以来、初めて王妃と離縁した王。
既に二人の王子がいたが、王子達も元王妃と共に国を去った。
幼少の頃より共にいた宰相も国を去り、国内は動乱の期を迎える。
当初予定されていた子爵令嬢との再婚話はなくなり、以降、新たに王妃を迎える事はなかった。
後に国王となる王子は、オレリアン王が自ら孤児院に赴いて見つけてきた孤児で、その子供をオレリアン王は次代の王にする事に決めたそうだ。
オレリアンの死後、その孤児が国王となったが、前王の時代とあまり変わらず、その代で王家は潰え、リシャール王国は王国ではなくなり、諸外国の領地の一部となったのだった。
ソフィアと離縁した事はオルレアンの失敗でした。
暴露されたレリーナの身持ちの悪さに、若干引いた模様。
女性不信気味になります。
ソフィアのように教会や孤児院を訪れていた時に見つけた孤児を養子にして育てましたが思うようにいったかどうかは分かりません――まぁ、その孤児の時代で王家がなくなった事から分かりますね。
簡単に離縁などするものではない、と後悔しても遅かった。
そんなオルレアンの後悔でした。
 




