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と、そこでノエが口を開いた。
「陛下。お尋ねしたい事がありますがよろしいですか?」
「・・・なんだ」
疲れたように返事をしたオレリアンに、ノエは口許を僅かに上げた。
「陛下はソフィア様と離縁され、ソフィア様は独身となられた。それは間違いありませんね?」
「そうなるが・・・」
「そして陛下は件の子爵令嬢と再婚なさる予定であると」
「そうだが・・・なんだ?」
訝しげに顔を上げたオレリアンは、見知った無表情がどこか楽しげにしている風貌をしている事に気付いた。幼い頃から知っている男の、楽しげにしている様子は以前にも見た――・・・
「それでは・・・わたしがソフィア様に求婚しても、何ら問題はありませんね?」
しん・・・とその場の空気が固まった。
ガルト教皇とゼノン枢機卿は目を点にして固まっているし、ドローシアは今にも気絶してしまいそうだ。
かく言うオレリアンも、一瞬思考が停止した。
(ノエがソフィアに・・・求婚・・・?)
まじまじとノエを見るも、冗談で言っているようではない。
そのまま視線をソフィアに移すと――。
(何なんだ、これは)
何の茶番か、と思った。
先程まで凛として自分と対峙していた時の表情とは打って変わり、その美しい顔を赤らめ、ノエを見つめている。
まるで、恋をした少女のように。
その時、分かった。
ソフィアは妻であったが、自分に対して恋愛感情を持った事はなかったのだと。
今のような表情を自分は向けられた事はなかった。
確かに愛はあった。
でもそれは親愛だったり、家族愛だったりの愛だ。
「さ、宰相閣下!それはどういう、」
「申し上げたままです。陛下が政略とは別に愛に生きるというのならば、わたしもいいのではないかと思ったまでです」
「それはつまり・・・、」
「わたしも、陛下を見習って愛に生きてみるのもいいかと思いまして」
にっこりと笑ったノエは、それでも真剣に、ソフィアを見つめていた。
ソフィアもまた、赤らめた顔をそのままに、ノエを見つめていた。
ドローシアは言葉も出ず、役目を果たせない。
そこで、ガルト教皇は一つ頷いた。
「・・・それでは、宰相殿はソフィア様との再婚を望んでいると?」
「ええ」
「しかしソフィア様は・・・」
「愛する人を全てから守りたい、勿論、その傍で。いけない事でしょうか?」
つまり、ノエもこの国から離れようとしているのだ。
これにはオレリアンも驚愕した。
幼い頃よりずっと傍で、自分を支え続けてくれる味方だと思っていたノエ。
そんな彼が、自分を離れていくという。
「宰相を・・・辞める、と?」
信じられない、といった表情のオルレアンに、ノエは溜息を吐いた。
「陛下。わたしはずっとあなたを傍で支え続けようと必死でこの地位に就きました。それはソフィア様が婚約者候補となられてからも変わらず。ソフィア様が五歳の頃に、初めて顔合わせをした時の事を覚えていますか?」
「・・・ああ」
思い出す、あの頃の記憶を。
『金色の小麦』と評された時は思わず笑ってしまった。
王族に、そんな口を利く人間はそれまでいなかった。
勿論、今もいない。




