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破滅フラグが立っている最弱職・司書を助けてくれたのは、心優しい少年~破滅したのは上司の方でした

作者: あめ色琥珀

 私、本乃(ほんの) (しおり) 22歳は公共図書館の司書として働いている。


 緑のエプロン姿で、貸出カウンターに座っていると75歳くらいの白髪頭が寄って来る。

「おい、この前リクエストしたアイドル写真集はまだ入らないのか」


 後期高齢者にもなって、アイドルに劣情を催すとは恥ずかしいと思わないのかな。

 気持ち悪くてしょうがないんだけど、作り笑いで応対する。


「あいにくアイドル写真集は、個人的嗜好がとても強いものです。図書館で揃える本の基準には該当しません」


「なんだとぉ 他にもファンがいっぱいいるアイドルだぞっ」


「写真集は数千円もします。限られた予算で本を選ばねばいけないのです。どうかご理解を」


「くだらないラノベとやらを入れる金があったら、写真集を入れろっ」


「……ライトノベルは若者の読書離れを食い止める貴重な本なんです。お小遣いが少なくて買えないという中高生からも、たくさんリクエストが寄せられています……」

 小声で何とか言い返すけど、ジジイに圧倒されそう。


 今どきの図書館はどこもジジイの収容施設と化している。

 私のような若い司書は、セクハラ・カスハラのターゲットにされる。当館の司書の中では可愛いと利用者に囁かれているし。


「うっせーよ、ジジイ。図書館は静かにするもんだって、ボケて忘れたか」

 横から、若い男の声がする。


 見れば15才くらいの子。白いワイシャツに学生服のズボン。

 高校一年生かな。背の高さは普通くらい。


 口は悪いが、不良という感じはしない。余裕たっぷりに微笑を浮かべている。


「なんだお前は。年長者に対する口の利き方を知らんのか」

 ムッとするジジイ。


 男の子は悠然と見返す。


 私は取っ組み合いになるんじゃないかとヒヤヒヤする。


「ふん」

 ジジイは鼻を鳴らして、図書館から出て行った。

 いくらバカなジジイでも、高校生男子にはケンカで勝てないとわかったようだ。

 

 しょせんジジイが偉そうにするのは、若い女とか相手にして圧倒的に強い立場の時だけ。


「ありがとうございます」

 私は男の子に頭を下げる。


「大変ですね、あんなのに絡まれて」

 男の子は私の仕事の苦労をわかってくれている。なんて優しい子。


「いえ、大丈夫です。何か御用ですか」

 私は笑顔で尋ねる。

 

「あ、はい。本が見つからなくて、探していただけたりしますか」

 男の子はおずおずと言う。


 本探しは大歓迎な仕事ですっ


「もちろん。とりあえずお掛け下さい。なんて言うタイトルですか」

 私はますますニコニコして、男の子に椅子を勧める。私も座った。両手はメモ帳とペンを準備。


「それが、わからないんです」

 申し訳なさそうな顔をされる。


「タイトルがわからなくても大丈夫ですよ。あらすじや登場人物から本を突き止める方法がありますから」

 司書スキルを発動させちゃうよー


「僕が2歳くらいの時に母さんが読んでくれた絵本なんです。よく覚えてないんですけど、機関車が出てきます」


「お母さんは覚えてなさそうですか」

 私は気軽に聞いてしまった。


「……母さんは僕が小さい時に死んじゃったんです」

 男の子はうつむいて呟いた。


「ご、ごめんなさいっ」


「いえ。母さんに連れて来られたのはこの図書館だった気がするんです。まだ本が残ってたらなあって思って」

 男の子はすぐに顔を上げて、気に障った様子もなく話してくれる。


「ええと、機関車の他にどんなキャラクターが出てきたか覚えてませんか」


「哺乳瓶とかコップが出てきたような気がします。でも、もう覚えてなくて、これだけじゃ無理ですよね」

 男の子は手掛かりが少ないことが申し訳なさそうだ。


「大丈夫。それだけ情報をいただけたら」

 私はカウンターのノートパソコンに向かう。


 大学の司書課程で、児童書に関する各種データベースの調べ方を習っているのだ。

 すぐに本に当たりを付けた。


「うん、この図書館でまだ所蔵してますね」

 目録で所在を特定。


 私は男の子を絵本コーナーに連れていった。


 『がたんごとんがたんごとん』という題名の薄い小さな本を棚から引き出す。本は20年前くらいからありそうな感じで、ハードカバーでもボロボロに痛んで、汚れている。


「はい。これじゃないかな」


 男の子は両手に取って、じっと表紙を見ている。

 ゆっくりとした手つきで、めくって読み始めた。


 わずが10ページほど。

 男の子は黙ったまま読み終えた。


「あの……違ってたかな」

 ドキドキ。


 男の子は涙を落とした。


「この本です。母さんが読んでくれたのはこの本……です……ううう……」

 声はかすれて、聞き取れなかった。


 良かった、見つけられて。


 思い出の本を探し出せるなんて、司書やってて良かったと思う。

 大学時代から図書館でバイトして働いているけど、泣かれるのは初めてだな。


「お願いです。この本を僕に譲ってくれませんか。本の代金は払いますからっ」

 顔を上げた男の子は涙目のまま、真っ直ぐ私を見てくる。


「あ、えーと」

 この本は男の子にとったら宝物みたいなものだ。


「お願いします。同じ本を本屋で買うんじゃダメで、この本が欲しいんです」

 子供っぽくせがんでくる。


「うーん、図書館の本は、みんなの本だからね」

 私は眉間に指を当てて難しい顔をしてみせる。


 無碍に却下するのはかわいそう。

 なんか方法はないか、考えてあげることにする。


「そこをなんとか」


 方法はある……


 男の子がこの本を借りて帰るのだ。で、家で無くしたことにする。


 弁償しないといけないんだけど、同じ本をア〇ゾンマーケットプレイスで中古で買って図書館に持って来てくれればいい。多分数百円で買える。

 

 こんな裏技はあるけれど、私の口から言うのは問題があるよね。


「館長に相談してみるよ。この本は傷んでいるから君に譲ることにして、君が新しいのを買い直してくれるのでいいか」


「ほんとですかっ」


「まだ、できると決まったわけじゃないからね」

 苦笑する。


 正直なところ、館長とは関わりたくないんだけど、この子の願いをかなえてあげたい。


「君の名前を教えてくれるかな。あと、連絡先も。館長と相談するのに時間がかかるかもしれないからね。決まり次第、連絡するよ」

 

 男の子はメモ用紙に名前を書いてくれた。

緒方 虎児郎(おがた こじろう)です」


「私は、本乃 栞」

「素敵な名前ですね」


「ふふ、お上手だね。じゃあ、私、館長と話して来る」


「なにとぞお願いします」

 虎児郎君は礼儀正しく頭を下げた。


 私は絵本を預かった。

 事務スペースへと続くドアのノブを握る。


 ため息。

 ここを通り抜ける時はいつも気が重い。


 栞のように図書館の前線で働いている者は、非正規雇用ばかり。


 事務スペースに引きこもっている者は、正規の公務員だ。


 両者の間にあるのは、絶望的な格差。


 図書館は市の職員の中でも、問題のある人間が飛ばされて来るところである。

 仕事ができない者ばかりだが、それでも年収は600万円以上だったりする。


 栞たちは年収200万にも届かない。毎月手取11万円で働いている。


 非正規雇用の方が図書館業務に精通しているというのに、給料は安いという理不尽な逆転現象。

 司書を選んだ人間の自己責任でしょ、という世間の風潮。やりがい搾取覚悟でやっているから、しょうがないんだけどさ……


 正規職員様たちは、机で寝ていたり、スマホゲームに興じていたりする。

 目を合わせないようにして、私は館長の机の前に立った。


 館長の覇和原(ぱわはら)はバブル世代のおっさんだ。日焼けした肌で、オールバックの髪型は威圧感たっぷり。


 市役所のあちこちの部署で、パワーハラスメントの限りを尽くし、何人もの部下を心の病に追い込んだという。


 部下が徹夜で仕上げた資料を、覇和原は引き裂いてゴミ箱に投げ込んだらしい。


 さすがに問題になって、図書館に飛ばされてきた。

 司書の方はたまったものじゃないつーの。


 覇和原は競馬新聞を読んでいる。

「何だ?」

 ジロリと目を向けてくる。


「ご相談させていただきたいことがあります。この本をご覧ください。ボロボロです」

 私は覇和原に絵本を差し出して見せた。


「で?」

 覇和原は、新聞を畳みもせずに聞いてくる。非正規など人間と思われていないと感じる。


「この本に思い入れがあって、譲ってほしいという利用者の方がいらっしゃいます。同じ本を買って寄贈してくれるそうですので、この本と交換するのを許可していただきたいのですが」

 私としては、蔵書が新しくなるに越したことはないと思う。


「ふん」

 覇和原は新聞を机に放り出した。


 ひったくるように絵本を手に取る。


「確かに、こいつはゴミだな」

 絵本を開いて、端を両手で握る。


「あ、何を」

 私は嫌な予感がした。


 覇和原はハードカバーの付け根からビリビリと裂いた。


 真っ二つになった絵本を床に投げ捨てる。


「ほれ、廃棄処分にしてやったぞ。好きにしろ」


「ひ、ひどい、ひどすぎますよ」

 私は震えながら絵本を拾う。


 いくら図書館に飛ばされたことで腹が立ってるからって、本に当たるなんて……


「下らないことで話しかけるな。なんで私が図書館の仕事なんかに頭を使わなきゃいかんのだっ」

 覇和原はまた新聞を広げた。


「器物損壊です。訴えますよ」


「言っとくが、お前が破いてしまったことにするからな」


 く……


 私の立場は圧倒的に弱い。

 訴えたら、悪いのは確実に私ということにされる。


 口を閉じて、退散するしかなかった。


 私は涙を指で押さえながら、利用者スペースに戻る。


 虎児郎君に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 こんなことなら、私が真面目に手続きしようなんて思わなければよかった。

 最初から虎児郎君が借りて帰って、無くしたことにすればよかった。


 虎児郎君はまだ図書館で待っていた。


「ごめんなさい……君の大事な本を……」


 私は虎児郎君に真っ二つになった絵本を見せた時、泣き出してしまった。


「ど、どうして……」

 虎児郎君は愕然としている。


 私は図書館の隅に行って、嗚咽しながら、館長がやったことを話した。


「私が女で、非正規雇用で、下に見られているからなんだ……」


「許せない。許せないよ」

 虎児郎君は歯を食いしばっている。


 亡くなったお母さんとの大事な思い出を踏みにじられたんだ。


「あ、あのね……私、本の補修ができるんだ。司書課程で習ったから。この絵本もできるだけ傷が目立たないように直すから……ううう」


 精一杯のことをして、償いたい。

 司書の仕事って、誰でもできるって思われているかもしれないけど、色んなスキルがあるんだよ。


「ゴミクズ野郎……ボコってやる」

 虎児郎君は走り出す。


「あ、待って」

 事務スペースに殴り込むつもりかと追いかける。


 だが、虎児郎君は図書館の出入口から外に行ってしまった。

 そっちから事務スペースには行けない。


 とりあえず大乱闘は起きなさそうで、ホッとする。

 でも、どうするつもりだろう。


 ◆◇◆


 10分ほどして、虎児郎君は図書館に戻って来た。

 

 外で何してたんだろう。

 まさか凶器を取って来たんじゃないよね。


 虎児郎君は私に構わず、つかつかとカウンターの内側に入っていく。


 事務スペースはそっちだと、私が入っていくのを見て知っていたんだ。

 ずんずん突き進む虎児郎君に、他の女性司書たちはびっくりしている。

 

「待ちなさいっ」

 私は走って追いすがる。

 

 虎児郎君はドアの前で立ち止まった。


「大丈夫です。暴力を振るうつもりはありませんから」

 にこっとされた。


 意外に虎児郎君は落ち着いているみたい。


 虎児郎君がドアを引く。

 私は虎児郎君を押しとどめる気になれなかった。


 覇和原に苦情を言いまくってほしい。


 事務スペースを虎児郎君は悠然と進む。


 私は付いて行った。

 もうこの図書館を辞める。こんなところで働きたくない。

 

 最後に、虎児郎君の言葉を胸に刻みたい。


 覇和原の机の上に、館長のプレートがある。

 虎児郎君は立ち止まった。


「何だ、君は」

 まだ競馬新聞を読んでいた覇和原が不審な目を向ける。


「絵本を引き裂いたのはお前だな」

 虎児郎君は覇和原を見下している。


「本を破いたのは、そこの司書だ」

 覇和原は顎で私を示した。


「んなわけあるか、ボケッ」

 虎児郎君が吐き捨てる。

  

「なんだとぉ」

 覇和原がチンピラのような声で立ち上がる。

 185センチくらいある巨漢だ。

 

「お前は許さない。地獄を見せてやる」

 虎児郎君は覇和原が微塵も怖くない様子で対峙している。


「さっさと出ていくんだな。でないと不法侵入で警察呼ぶぞ」

 覇和原は、子供相手でも我慢の限界という風で、青筋を浮かべて言い聞かせる。


 背後でカツカツという足音がした。

 振り返ると年配の男が二人、近づいて来る。


「し、市長、どうしてこちらに。人事部長も……」

 覇和原はキョトンとした後、すぐに揉み手で市長に歩み寄る。


 え、市長がこの図書館に来ることなんて、絶対ありえないんだけど!?

 なんでいきなり!?


「貴様が覇和原かっ 大変な悪さをしてくれたものだな」

 白髪頭の市長がそう告げると、覇和原は唖然とする。


「え、一体、何事ですか」


「このバカ者がっ! この方をどなただと思っているんだっ」

 市長がものすごく焦った感じで、虎児郎君を手で示す。


「は……?」


「日本を代表する企業グループの緒方ホールディングス創業者の孫、緒方虎児郎様だ。現在の筆頭株主で、一年間に受け取る配当金は300億円以上! 毎年15億円以上も、住民税を払ってくださるんだぞっ」


「な――」

 絶句する覇和原。


 驚いたのは私もだ。

 虎児郎君は、超絶お金持ちの子――


「緒方様は、貴様が本を引き裂いたことに大変ご立腹だ。貴様をクビにしなければ、引っ越しして、この市から出て行くとおっしゃっている。いくらバカな貴様でもわかるよな、毎年15億円以上の税収を失うことがどれほどの痛手か」


 そっか……虎児郎君が図書館の外に出て行ったのは、電話で市長を呼び出していたんだ。


 虎児郎君は、市長を言いなりにできるほどのお金を持っている。

 市長と人事部長は真っ青になって飛んできた。


「土下座して、緒方様に謝罪しろっ」

 市長が床を指さす。


「い、嫌ですね。公務員は手厚く身分が守られているんです。本を引き裂いたくらいで、クビなるわけはありませんよ。減給処分程度でしょう」

 開き直って、薄笑いする覇和原。


 バーコード頭の人事部長が市長の前に出る。

「覇和原、貴様の悪行はいくつも報告されている。本来なら懲戒免職なのを、市の恥だから隠蔽されてきたんだ。だが、もう終わりだっ 遡って厳罰をくれてやる。部下を殴ったのは警察に告発してやる。出入り業者から賄賂を受け取っている疑いもあるなっ」


「いいいいい」

 覇和原が震え出した。


「緒方様は、この市に100億円のふるさと納税をして下さるそうだ。巨額の税収と貴様のどっちが大事か比べるまでもないだろう」

 人事部長が冷ややかに言う。


 覇和原が身を投げ出した。

「申し訳ございませんでしたっ」

 頭を床にこすり付ける。


 虎児郎君が土下座している覇和原の前に寄る。


 右足で、覇和原の頭を踏みつけた。

「ん~ 聞こえないなぁ」


「申し訳ございませんでしたああ― ど、どうかクビだけは……家のローンがまだたくさん残っているんです」


「だから許さないって言ってるだろ。てか、本を破ったのを彼女のせいにしたな。彼女にまず謝れよ」

 虎児郎君がちらと振り返って、私の方を見ながら言う。


「は、はいっ ええと、……さん、申し訳ございませんでした」


「非正規の名前なんか覚えてないんだろ。栞さんはな、お前の何兆倍も世の中に必要だってのに、ムカつくわー お前がブチ込まれるムショに、モーホーのヤクザを送り込んで、お前を掘らせまくってやるっ」


「ひいいいいいっ」


「パワハラされる苦痛を思い知れっ」

 

 周りを見ると、他の正規の職員たちがニヤニヤして見ている。

 覇和原はクビになるが、自分たちは関係ないという風だ。覇和原がいなくなって、過ごしやすくなると思ってそう。


 人事部長が咳払いしてから宣告する。

「正規雇用のお前らも、全員クビだ」


「ええええええええええええええええええええええええええ」

 室内は叫びに包まれた。


「緒方様が、ふるさと納税の返礼品に、働いていない奴をクビにすることを御所望だ。代わりに、がんばっている非正規職員を正規雇用にするようにとおっしゃっている」


 え――

 非正規を正規にしてもらえるの!?


「で、でも、クビにはできないはずですよ」

「そうだそうだ」

 正規職員はわめいている。


「公務員だって勤務成績不良者はクビになる。お前らの勤務成績は最悪だ。本来はクビにするところをお情けで、クビにならない評価にしてきたんだ。今後は、容赦なく最悪の評価を下すからなっ 今さら頑張っても無駄だ」


「そ、そんなあ」

「無能の烙印を押されてクビになったら、転職先探しに苦労するぞっ 今すぐ辞表を書いた方がマシだっ」


 泣き崩れる正規職員ども。


 ざまあみろ。ざまあみろ。

 私は歓喜に打ち震える。


 市長と人事部長が、覇和原を踏みつけたままの虎児郎君に頭を下げる。


「緒方様、申し訳ございませんでした。市の腐敗ぶりを隠蔽してきたために、大変ご不快な目に遭わせてしまいました。今後は徹底的な綱紀粛正に努めますっ」

 市長が大声で謝罪。


「ふん」

 鼻を鳴らしながら、虎児郎君が振り向く。


 覇和原は足を外されたが、土下座の姿勢のまま泣いている。


「優秀な非正規雇用の方を採用する試験を、直ちに行います」

 人事部長もきっぱりと約束する。


「うん、いっぱい人を入れ替えといて。無能な奴が、優秀な人をこきつかうなんて、僕は許せないんだ」

 えらそーに命令する虎児郎君。

 

「「ははっ」」


「いまいちだと感じたら、引っ越しちゃうからねー いい感じだと思ったら、ふるさと納税をもっとあげるよ」


「「ははー」」


 ぺこぺこ頭を下げまくる市長と人事部長。


 虎児郎君が私に笑いかけている。ジジイたちが頭下げるのって、気分がいいよねって伝えている気がする。


「人事部長、こちらの女性、本乃栞さんは絶対に採用で! 最高に優秀な司書さんだからね。試験するまでもないよ」

 虎児郎君が私を見たまま言う。


 胸が詰まる。

 虎児郎君の宝物を守れなかったダメな私なのに……


 人事部長が引きつった顔で寄って来る。


「あ、あなたっ 人事部に来てください。今すぐ決裁を通して、手続きしちゃうから」

 すがりつくようだ。


 虎児郎君の要望を速攻で実現しないと、ヤバいと思っているみたい。


「本乃栞さんは、好きなポジションに付けてあげてね。正規にするからって、やりたくない仕事じゃ面白くないだろうからね」

「かしこまりましたあー」


 ◆◇◆


 虎児郎君のおかげで私は正規職員の司書になれた。

 カウンターで応対する仕事が好きだから続けている。


 新しい館長は、非正規司書だったおばちゃんが就いた。

 シングルマザーで2人の子供を抱えて大変だったから、夢みたいって泣いて喜んでいた。

 

 私も、おばちゃんが館長だと仕事がやりやすい。

 みんなで最高の図書館にしようって話し合っている。


 ◆◇◆


 月曜日。今日は図書館が休み。

 私は、虎児郎君の宝物の絵本を補修し終えた。


 虎児郎君に渡しに行きたいと言うと、リムジンが迎えに来てくれて、夕食にご招待されちゃった。


 虎児郎君はタワーマンションの最上階に住んでいるらしい。

 

 緒方ホールディングスのホームページみたら、本当に筆頭株主として虎児郎君の名前が載っている。持ち株割合からすると、資産1兆円以上。


 持っている服の中で一番高い、青いドレスみたいなのを選んだ。


 タワマンの地下駐車場にリムジンが停止する。執事みたいな服を着た運転手さんが案内してくれる。


 エレベーターで最上階に上がる。

 執事っぽい人は車に戻って行った。


 虎児郎君は部屋の前で待っていてくれた。


 高級そうなスーツ姿。

 図書館には学生服で着てたけど、正体はすごいお金持ちだもんね。


「よく来て下さいました。素敵なドレスですね」

 笑顔で招き入れてくれる。


 ホテルのロビーのように広い室内。

 壁一面が窓ガラスになっている。


 海に夕日が沈んでいくところだ。この世のものと思えない美しい光景に息を呑む。


 対面式キッチンでコック帽をかぶった人たちが働いている。

「フレンチレストランに出張シェフを頼んだんです」


 虎児郎君が窓際のダイニングテーブルの方へ案内してくれる。


 テーブルに純白のクロスがかけられていて、食器が並べられている。


 虎児郎君が椅子を引いて座らせてくれる。


「あ、ありがとうございます」

 私はモジモジしながら座った。


 虎児郎君は向かって座る。

 私はバッグからラッピングの袋を取り出した。


「補修した絵本です。精一杯直しました」

 両手で虎児郎君に差し出す。


 虎児郎君は恭しく受け取ってくれる。


「開けてみていいですか」

 ちょっと不安げな虎児郎君。


「どうぞ」

 私が頷くと、虎児郎君は口紐を外した。


 虎児郎君が絵本を取り出す。

 ぱっと見には、どこにも傷はない。


「すごい、元どおりじゃないですか」

 虎児郎君が感嘆している。


「本の内側から糸で縫い合わせて、破れた部分は丁寧にノリで貼り合わせました。よく見たら貼り合せた部分がわかるけど、ぱっと見には大丈夫かな。心を込めて、慎重に慎重にやったつもりなんだ。でもやっぱり私がやっちゃダメだったかな……」


 私は力不足と思われるんじゃないかとドキドキして、言い訳を重ねる。


「ありがとう……ございます……」

 虎児郎君が涙声で絵本を抱きしめた。


 お、おっけーみたいだね……良かったぁ……

 胸を撫で下ろす。


「母さんは、この本を読んでくれた後、ほどなくガンで入院したんです。僕は児童養護施設に預けられました」

 うつむいて話す虎児郎君。


 え、虎児郎君が児童養護施設? いわゆる孤児院だよね。


「お金持ちなのに?」

 口をついて聞いてしまう。


「母さんはお金持ちのお嬢様だったけど、家のしがらみが嫌で出て行ったんです。ド貧乏の暮らしだったから、本は図書館で借りるしかなかったと思います」


 涙を指で拭う虎児郎君。

 母親と別れて、つらい生い立ちだったんだ……私も潤んでしまう。


 だから虎児郎君は優しくて、弱い立場の人を思いやる良い子に育ったんだね。


「この本は宝物として、一生大事にします。ありがとうございました」

 虎児郎君は私に礼をした後、絵本をまたラッピング袋に戻して、テーブルの隅に置いた。


「前菜でございます」

 ウェイターの渋い男性が、お皿を運んで来てくれる。


「じゃあ、いただきましょう」

 虎児郎君が笑顔でフォークを手に取る。

「はい」


 トリュフの冷製スープ、タイのソテー、ワインで煮込んだ和牛、フォアグラのステーキ、マカロン。

 私は人生で一番のディナーを堪能させてもらった。


 食後に、虎児郎君の本棚を見せてもらえないか頼んだ。

 司書の習性で、人の家に来たら本棚をチェックせずにいられない。


 寝室の隅に置かれた木製の大きな本棚は、なんと空っぽ。


「僕はバカだから、本を読んでちょっとは勉強しようと思ってるんですけど、まだ何も買ってなくて……」

 虎児郎君は恥ずかしそうにした。


「えらいよー 先に本棚を買っているなんて。いっぱい並べられそうじゃない」

 本当に感心する。良い子良い子しちゃう。


「よかったら、僕に本を選んでいただけないでしょうか」

 虎児郎君が伏し目がちにお願いしてくる。


「え、私が?」

「だって、栞さんは司書でしょう」


「そ、そうだけど……」

 お勧めの本って、責任重大なんだよね。


 1冊の本が、人生変えちゃうことがあるから。


 私が選んだ本で、人生変わったという人は現れていないけど……司書仲間から、そういう話は聞く。


「ぜひ」


「わ、わかりました。小説でいいかな? どんなジャンルがいい?」

「うーん、栞さんにお任せします」

 

 うわあ……虎児郎君に、私が選んだ本を読んでもらえるなんて……

 私の心を抱かれるみたいで悶えそう。


 視線が、虎児郎君のベッドに行ってしまう。

 ダブルサイズだ。寝相が悪いからかな……


 高校生男子の寝室に突撃しちゃってるなんて、私……はしたない。


 押し倒されるのを望んでいるみたいに思われちゃうじゃん…… 

 ちょっぴりそれでもいいと思っているけど。


 私は初体験になるけど、虎児郎君はお金持ちだから経験豊富そう。


 私の方が年上なのに、優しく抱いてくれたりして……


 虎児郎君を横目で見ると、柔和な微笑みを浮かべている。


 私の顔はきっと真っ赤だ。恥ずかしい。


「では、お勧めの本があったらまたお越しください」


「は、はいっ」

 そうよね。虎児郎君は、正義のヒーローだもん。私を押し倒したりなんかしないよね。


「駐車場までお見送りさせていただきますよ」


「御馳走様でした」

 私はお行儀よく礼をする。


 虎児郎君は駐車場で、リムジンのドアを引いて乗せてくれた。

 焼き菓子とかのお土産をいっぱい持たせてくれたし。


 絵本がきっかけで、優しくてお金持ちの男の子と知り合えるなんて、司書になって、よかったー


 広いリムジンの車内で、ごろごろしながら叫びそうになるのであった。

 本作は

『ド底辺高校生が1兆円もらったからブラックな奴らをボコりたい~魔王様がついでに助けてやった美女はハーレムに入りたがっている【挿絵付き】』

https://ncode.syosetu.com/n1855gy/

の短編版です。


 虎児郎が、悪には破滅を、女性には優しさを、と無双します。本編もご覧いただきますと幸いです。


 ↓ランキングタグから飛べるようにしております。

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