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ep6.はじめの一歩は利き足で

 そう急ぐ必要もないのだが、()()()()()、「強くなりたい」「戦闘経験を積みたい」と考える姉弟は、卒業の翌日から冒険者としての第一歩を踏み出そうとしていた。


「冒険者になるにはまず、」


「ギルドってところで登録しないといけないのよね? 知ってるから大丈夫よ。ほらソラ、行くわよ。じゃ、いってきます。」


「あ───」


ばたん


 朝食を食べ終え、外出の用意ができた俺と姉ちゃんは、早速冒険者ギルドとやらに向けて出発した。

 話を遮られ寂しそうにする父さんの姿が見えたが、昨日のふざけた恰好の事でまだ少し父さんに厳しい姉ちゃんは、無慈悲にドアを閉める。


 ここヴィルセイアのギルドは、街の南側にある。その中でも西寄り、学園の方向なので、昨日までの通学路と同じ道を通っていく。


 ギルド、というものを、正直俺はあまりよく知らない。冒険者を職として持つにはそこで登録が必要であることと、政治にも関わる程の権力を持っていること、他の大きな街や国にも施設がありそれらは全て繋がっていること、そしてその全てを統括する長が「ギルドマスター」と呼ばれていること。これぐらいの知識だけで、中身についてはさっぱりだ。

 ただそのギルドマスターに関しては───


「着いたわね。」


 外装に赤レンガが貼られた、大きく重々しい建物。入り口は6m、いや、もっとあるかという、鉄で枠取られた木の扉だ。

 奥の方にいくつも同じような建物が並んでいる。


「学園の窓からとか、遠目でしか見た事なかったけど、結構デカイんだな。」


「えぇ、そうね。私も来たことは無かったわ。」


 首が後ろに落っこちそうなほど建物を見上げている姉ちゃんに代わり、一歩踏み出して扉に手を掛けた、その瞬間。


ガッ、ガガガガッ!


 腕に力は一切入れていない。見た目からして重厚な扉だったのでかなりの労力を覚悟していたのだが、ほんの少し触れただけで開いていった。まるで風船のような軽さだ。しかしその関節の音と、地面にしかれたレールを這う車輪の音は、その質量を確かなものとして世界に伝えている。


「これ……【風】魔法の応用かしら。でも、ここまで大きいものを……?」


「なんだよ、姉ちゃん高校で魔法学専攻してたんじゃないのか?」


「近しいものは知ってるわよ、勿論。でも、ちょっとスケールが違い過ぎるっていうか。」


「ふーん。まぁいいや、早く中に入ろう。」


 俺たちが中に入ると、扉はひとりでに閉まった。


 ギルドの内装はかなり洒落ており、ほんの少し赤みがかった吊り照明は柔らかく、木を基調とした天井や壁は温かみを感じさせる。天井はかなり高く、恐らく2階分だろう。

 正面左手寄りに受付が5つ並んでいる。入って右手側は広くテーブルや椅子が並べられており、休憩所といった雰囲気だ。左側の壁は3つの黒板のような大きな板に覆われていて、その板もまた無数の紙が貼られている。

 受付から見て左側、受付と休憩所の間に階段があり、受付裏の空間にのみ作られている上階に続いている。休憩所の奥の方にも更にどこかへと繋がるのだろう通路が見える。


 時間帯が早い事もあってか、休憩所に数人と受付嬢がいるだけでがらんとしており、その分建物の広さが伝わってくる。


「もう少し荒々しいのを想像していたけれど、少し役所のような雰囲気があるのね。」


 そんな事を話しながら真っ直ぐに受付に向かう。


「おはようございます! あっ、えっ、勇者様の!? ほ、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付嬢が明るい声を出す。まだ若い女性だ。姉ちゃんと同じぐらいに見える。


「えっと、冒険者の登録? をしたいんですけど……」

  

「あ、新規登録ですね。ありがとうございます。お一人につき銅貨10枚頂きますが、よろしいでしょうか?」


「はい。」


 父さんから貰っていた銅貨を革袋から取り出す。姉ちゃんが俺のもまとめて出してくれた。

 書類が渡され、名前や住所などを書き込んでいく。


「ご記入ありがとうございます。では次にこちらを。」


 そう言って渡されたのは、名刺程の、持ちやすい大きさのカードだ。


「こちらに、お名前をお願いします。」


 今度は普通の羽ペンではなく、少し重くゴツい、違うペンだ。カードに文字を書き込むと、ペン先が青白く光る線を引いていく。


「そちらはギルド所属の冒険者の証となります、等級証(ランクカード)です。冒険者として活動なさる際は、必ず持ち歩いて下さい。お名前と等級は、このペンか、ペンで書き込んだ本人が触れていない限り見えませんので、ご注意を。また、再発行には銅貨20枚頂きます。」


 カード中央に書かれた名前に重なるように、白い星が一つ浮かび上がってきた。

 なるほど、本人が触れない限りカードには何も書かれていないように見える事で、プライバシー保護と本人確認が行えるということか。さっき使ったペンに魔法が組み込まれていたのだろう。仕組みは一切分からないが。


「冒険者の活動について説明いたしましょうか?」


「あー、お願いします。」


「はい。冒険者は、『依頼』を達成することで、事前に設定された報酬を受け取る事ができます。依頼はあちらの『依頼板』からお好きなものを選び、受付にお持ちください。複数同時に受諾することも可能です。


依頼ごとに設定された達成証明条件の下で再度受付にお越しいただき、確認が取れましたら報酬を受け渡すという形になります。


また注意点として、依頼にも等級が設定されており、自身の等級より高いものは受ける事ができません。


冒険者は、『パーティー』と呼ばれるグループを作り、同一の依頼を受ける事ができます。こちらに際しても、パーティー内で最も低い等級の方に合わせて、依頼等級が制限されます。


ちなみに、☆3以下の等級の依頼に関して、取消の申し出が無い状態で丸二日以上、もしくは依頼ごとに置かれた期限までに、一切の成果を出せなかった場合『依頼失敗』とし、一律で銀貨2枚を支払って頂きますので、ご注意ください。


他に何か質問はありますでしょうか?」


「その、パーティーっていうのは、自由に変われるんですか?」


 銀貨2枚って言うと銅貨200枚相当だから、結構するな、高級肉ぐらいか。と至極どうでもいい思考を働かせながら俺が聞く。


「規定としては自由です。基本的に同じパーティーメンバーで組みますが、普段は一人で依頼をこなし、等級の中でも難易度の高い依頼を受ける時だけ臨時的にパーティーを組む、という方もいらっしゃいますよ。いくつものパーティーに参加しているという方もいらっしゃいます。ただ、複数同時受諾について一つ注意していただきたいことが。個人とパーティーの重複、つまりパーティーで依頼を受けながら、個人的に他の依頼を受けることは可能なのですが、2パーティー以上に参加しながら同時に依頼を受けることはできません。」


「なるほど、ありがとうございます。」


 俺は基本一人でやることになるかな。家族や一部の友人には心を許しているが、一応これでも()()()。あまり多くの人間と馴れ合うつもりは無いし、現在の魔王を倒すという目的の為には仲間など時間を無駄にする足枷でしかない。


「とりあえず、どんな感じなのか一つ受けてみようかしら。」


 依頼板の前に移動した姉ちゃんが順番に貼られた依頼書を見回しながら言う。紙には「達成条件」「難易度」「報酬」「依頼主」ものによっては「期限」もある。そして「等級」が1~5個の☆で書かれている。

 どうやら3枚の板は等級と難易度で大分されているようだ。自分がどのあたりを探せばいいのかが分かり易くて良いな。


「ソラはどれがいい?」


「え?」


「ソラが決めて良いわよ。」


「いやちょっと待て。もしかして2人で依頼を受けるつもりか?」


「そうよ。パーティーは自由なんでしょ?」


 全く予定していなかった方向からの最悪の提案。ただでさえ誰かと組むことを拒もうとしていたところに、姉ちゃんと一緒とか本当にあり得ない。


「俺は一人でやるから。パーティーは組まない。」


「なーんも知らない初心者が、一人じゃ危ないぞ~?」


「姉ちゃんも初心者だろ! とにかく、一人で行くからな。」


 バッと目の前に貼ってあった依頼書を乱暴に取り、ツカツカと受付に向かう。特に内容には目を通していないままだが、等級が☆1であることは確認しているので大丈夫だろう。


「これで。」



《等級》☆

《達成条件》マルラソウの採集。茎5cm以上のもの。

《難易度》低

《報酬》10本につき銅貨10枚

《依頼主》ギルド



「等級証のご提示をお願いします。」


 なるほど、ここで必要なのか。


「はい、ありがとうございます。マルラソウは、分かりますでしょうか?」


「えーっと……ちょっと怪しいです。」


「ではこちらを。南の森───フォーリ森林に多く自生していますので、頑張ってください!」


 マルラソウのスケッチが描かれた紙を渡された。南の森はヴィルセイアの街を囲む城壁からすぐのところだ。まだ昼前。魔物の討伐依頼でない、戦わない依頼なのが憂鬱だが、とりあえず冒険者として働いてみよう。


 ギルドから真っ直ぐに南門を目指す。ヴィルセイアは城壁に囲まれており、東西南北に出入り可能な門がある。と言っても、行商人などが一度止められるだけで、基本的には開放されている。


 マルラソウ。その茎に含まれる成分が腹痛の薬となる薬草、と生物学で習った。全て緑色で、先端は丸まっている。葉はなく、ふさふさの短い毛が生えている。……裏世界には無い植物だ。



 南門を出て森へ。パッと帰ってきたいが、さすがにそれは難しいだろう。昼食はどうしようか。などと考えながら、ドンドンと森の奥へと入っていく。


 フェーリ森林は木々の間隔が広く、かなり日当たりが良いため、地面にも低草が生い茂っている。丈の短いズボンでは鋭い葉で足を切るだろう。

 森林の反対側まで続く舗装されている道があることにはあるのだが、そんなところに目当ての薬草が生えているはずがない。遭難───と言っても角度が悪くなけば森の何処にいても街の城壁が見えるので迷うはずもないが、一応気を付けながら舗装道から外れていく。


「でも、これ実はかなり辛いんじゃ……」


 この森は危険な獣、特に魔物がとても少なく、安全だと教わってきた。かと言って、大きいものでも10cmに満たない緑の草を、低草生い茂るこの広い範囲から見つけ出すのは骨が折れる。


 しかし諦めるわけにはいかない。眼球が飛び出るのではないかという程に力を入れ、森中を歩き回る。絶対に見落さないという覚悟と共に、とにかく、歩き回る。



「はぁ……足が痛ぇ……」


 高低差さえ無いとはいえ、舗装されていない森は足場が悪い。しかもいつまで経っても見つからない苛立ちも相まって、ついに腰を下ろしてしまった。

 地面よりも上に飛び出した根に座り、ちょうど背中と同じぐらいの太さの幹にもたれる。


「こんなにキツいのに、10本で銅貨10枚って安すぎだろ。50本採ってようやく一食分の食費とか、確かにこりゃ冒険者一本で生活していくのは大変なのかもな。」


 等級が高いもの、難易度が高いもの、命の危険があるものは報酬も高いのだろう。そう考えるとこのマルラソウの採集依頼はかなり安い方に分類されるのかもしれない。しかしそれにしても労力と報酬が釣り合っていない。


「はぁ、どうやって見つけりゃ良いんだよ。」


「ザード様、遅くなり申し訳御座いません。」

のぬっ


 もたれている木の後ろから、ぬるりと人が現れた。

 全く警戒していなかった上に、あまりにも突然のことで、危うく部下の前で驚き叫ぶという痴態を晒すところだった。危ない危ない。


「……ヴィンダか。どうした。」


「マルラソウ、とやらをお探しになっているようでしたので、私も探しておりました。かなり群生している場所を見つけましたので、ご報告に。」


「ヴィンダ───」


 感情の昂りに声が震える。


「ハッ、も、申し訳御座いません! 出過ぎた真似を! ザード様が御自ら動かれているにも関わらず、無断で先に見つけるなど! どうかお許し下…」


「あぁ、違う違う。ヴィンダ、ありがとう。」


「へ? あ、ぁ、勿体なきお言葉。主のため働くのは当然の事でありますっ!」


 この広大な範囲から目当ての薬草を見つけ出したてくれた事への感謝、もうこれ以上不安定な地面を歩き回り続ける必要が無いという安堵。

 ヴィンダの背に続き、群生しているという場所へ案内してもらう。


「こちらです。」


 周りの木々の間隔が広く、明るい森の中でも更に一段と日光が差している空間。そこには、他の低草を寄せ付けず、ただ緑一色に、ふわふわと集まるマルラソウの姿があった。

 数十本どころの騒ぎではない。2〜300はありそうだ。群生というよりも密集。過密もいいところだ。そしてその周りにも、ぽつぽつとマルラソウの塊がある。


「流石だヴィンダ。よくやった。」


「ありがたきお言葉。」


 マルラソウへの道から一歩横にズレて跪くと、そのままヴィンダは姿を消していった。


 膝を折って5cm以上はあるだろう茎をつまむ。


ぽきっ

 と茎が折れる───はずだった。


「な、なんだこれ、全然折れねぇ。」


 茎はとてもしなやかで折れず、かつ硬くて捻じ切ることも叶わない。全体重をかけて引っ張っても抜ける気配がない。


「はぁ、はぁ、嘘だろ……俺、力、強いはずなんだけど……?」


 ヴィンダのお陰でようやく辿り着いたと思ったら、今度は採集できないとかふざけてる。息が上がる。吹き飛んだはずの疲れが幅を増して戻ってくる。息が上がる。苛立ちがつのる。


「お困りのようだね、少年!」


 唐突に背後から声がかけられた。揚々とした女の……聞き馴染みしかない声だなぁ!


「姉ちゃんッ!?」


「ピンポーン、正解。よくできまちたー。」


「なんでここに居るんだよ。」


「なんでって、依頼だよ? 冒険者だもん。」


「はぁ? 俺はパーティーは組ま「別に、パーティーなんて組んでないわよ? 同じ依頼を受けただけ。」


「なんだよそれストーカー。」


「ストーカーとは何よ失礼ね!」


「ストーカーだろうが何が違うってんだよ!」


「そうね、例えば、あんたの為に昼食を持って来てあげたわよ。これだけじゃ、まだストーカーかしら?」


 そう言って、黒パンが2つと、シャキシャキの野菜と柔らかい塩漬け肉が交互に刺さった串が数本入ったバスケットを渡してくる。

 意思に反してお腹が鳴る。


「それに、マルラソウは茎がとても硬いからナイフが必須よ。私のカワイイ弟が、勢いのまま何も持たずに森に行ったから、2本持ってきたの。どう? これで、お姉ちゃん。いや、()()()お姉ちゃんに格上げされたかしら?」


「チッ…………ありがと。」


 それから受け取った昼食を食べ、改めてナイフを使ってマルラソウと対峙した。物凄く切れ味が良いナイフは、軽く茎に触れただけでその硬さを意に介さず切断していった。

 姉ちゃんはというと、俺に色々渡したと思えば『私はあっちの方行くから』と言ってどこかへ行ってしまった。この周りのマルラソウは全部俺が採っていって良いという事か。つくづく憎たらしいが、感謝しないわけでもない。()()()()()()()であることに変わりは無いのだ。それがまた癪に障る。


 どれほど時間が経ったか、5cm以上のものは周りの点在しているものも含めてあらかた採ってしまった。ちなみに採ったのをずっと手に持っているわけにもいかないので、バスケットに入れている。


 まだ日は傾いていない。が、そろそろ帰るとするか。多分この薬草入りバスケットをギルドの受付に持って行けば達成だろう。

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