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ep5.王が歩も小石に躓く

 私の名はヴィンダ。魔王ザード様の忠実なる下部にして『毒蛇』の二つ名を持つ者である。ザード様が暗殺されてから9年、ザード様は表の世界で人間として復活された。御運がよろしいのかよろしくないのか、なんと勇者の家に拾われ、ソラというお名前でお過ごしになられている。


 私は普段は姿を隠してこちらの世界の情報を集め、たまにザード様の御前に参じては、常識やアドバイスなどをお伝え申し上げていた。


 そうして……6年間。ザード様の義姉となっている勇者の娘、レイラが成長するにつれて私のような魔族の存在を感知する能力も成長していったせいで、ザード様と直接お話ができる機会も減っていった。そして今、ザード様は―――


「おい姉ちゃん! 俺の鉛筆持ってくな!」

バタバタ


「借りただけよ! それよりソラは明日の準備しなさいよ!」

バタバタ


「こーら! 家の中で走り回らないの! ソラ、明日入学式なのよ? 準備なさい。」


「だから、その準備の鉛筆を姉ちゃんが持ってってるんだよ!」

バタバタバタバタ


―――()()()()人間の家族に馴染んでいます……。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ソラ・ドラスター、10歳。明日からここヴィルセイアの学園に通う新一年生。


 学園は10歳~15歳の6年間で、数学、生物学、化学、物理学、歴史学に始まり、魔法学、魔物学。そして武闘、魔法の実技授業がある。これを卒業すると就職が可能になる。学費などは無料だ。

 卒業後、就職の道を選ぶか、16歳~18歳の3年間の高等研究学校、通称高校に進学することもできる。医療関係や政治関係、研究者など特殊な職に就こうとするとこちらに進学する必要がある。学費もかかる。



 魔物とは、簡単に言えば魔力適性が高く、魔力を多く保有する種類の動物の総称である。一般的な動物も魔力を保有していないわけではないが、極めて微弱で、扱う事もできない。また、()()種が多い事も魔物の特徴の一つだ。しかし最も人間を驚かせるのは、その魔力運用にある。人間同様に魔力を扱うだけでなく、魔法を扱う器官を持つ種もいる。


 そもそも魔力とは何か。人間を含め、動物、植物、地面、大気に至るまで、あらゆる場所に存在する力である。動植物に関しては魔力適性によって、地面や大気などはその土地・空間によって固定的に、保有量に差がある。


 魔力は光の魔力と闇の魔力に大分され、それぞれ表の世界と裏の世界に存在する。光の魔力を保有するモノが闇の魔量を保有する事象は起き得ず、逆も然り。

 闇の魔力は魔法として扱う事ができない一方で、単純運用と呼ばれるものでは、光の魔力と比べてより大きな効果を発揮する。光、闇と名付けられているが、両者の差は魔法の使用可否()()だ。

 また、表の世界で生まれ存在する人間を人族、あるいは亜人族。裏の世界で生まれ存在する人間を魔族といい、魔族は闇の魔力を保有する。魔族はそのほとんどが亜人族のような見た目をしているとされているが、詳しいことは分かっていない。


 単純運用とは、腕や脚、それ以外でも、集中して魔力を流すことで筋力の増強や表面硬化などの恩恵を受ける事ができるものだ。これは自らの体の範囲に留まらず、触れている物、例えば武器などにも同様の事が行える。他に、魔法に対して魔力をぶつけることで相殺するなどもできる。


 魔法は勿論のこと、単純運用も体内の魔力を消費して行う。魔力は自然回復するものではあるが、体内の魔力を過度に消費すると様々な異常をきたすので注意が必要である。


 二種類の魔力に関しては特筆すべき点がもう一つ。保有する魔力の種類によって()()に関してのみ大きな違いが生まれるのだ。闇の魔力を保有する魔物は、光属性魔法の魔法攻撃やそれを付与した武器での攻撃は弱点であり異常なまでに効くが、一転、それ以外の攻撃に対しては異常なまでの高い防衛力を誇る。


 闇の魔力を持つ魔物は総じて不死(アンデッド)と呼ばれる。そして光の魔力を持つ魔物も、闇の魔力に長く当てられたり、闇の魔力を持つものを体内に取り込むことで不死(アンデッド)化し、その特殊な耐性を手に入れる。保有魔力は光のまま変化が無いにもかかわらず、だ。


 唐突に光属性・聖属性などというものが出てきたが、魔法は属性と呼ばれるもので分けられている。基本4属性、【火】【水】【土】【木】。そして特殊属性【雷】【風】。特殊2属性は、【火】+【水】=【雷】、【土】+【木】=【風】、といったように、基本属性を2種組み合わせることで新たな属性に昇華するものである。しかし属性の混合は非常に危険であり、制御できなければ自傷してしまう可能性が高い。

 そして、これら6属性全てを使いこなすことが出来てようやく、光属性への道のスタートラインに立つことができる。しかしそもそも、人間含め魔法を扱う生物には種及び個体によって得意な属性がたいてい決まっている。むしろ種としては全属性に通じる人間は特異であるが、全属性を扱いこなすことが出来るなどというのは生まれ持った才能が無ければ不可能に近い。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ソラ・ドラスター、13歳、4年生、秋。


「なぁ聞いたか、昨日の()()()の話!」


「聞いた聞いた。魔物の群れをたった一人で退けたんだろ?」


「しかも【雷】魔法まで使ったって話だぜ!」


「マジかよ……。俺らにとって特殊魔法とか教科書上の謎魔法だろ。ワケ分かんねー。」


「まぁ特殊魔法の実践は5年生からだしな。でもあの人は、6年生の中でもとび抜けて強いっていうし。」


「なのに座学の成績も常に学園一位。頭脳明晰、沈魚落雁、八面玲瓏。いやー、憧れるね。」


「お前……難しい言葉知ってんだなぁ、バカなのに。」


「はぁ!? お前には言われたくねーよ!」


「まぁでも、憧れるよなぁ……。」


 学園の教室のうちの一つ。壇状に並べられた長机による座席の数はざっと60。最も低い位置には教壇と、座席に相対する、高い天井までのほとんどを埋め尽くしている黒板。教室への出入り口も教壇の横の方だ。


 朝の教室で、男子生徒3人が談笑している。一人はツンツンとした明るい茶髪に同じ色の瞳の少年、ナット。一人は少し長めの金髪を結んでいる黒目の少年、アルバート。そしてもう一人は、黒髪に赤目、今回話題に出されている()()()と最も関わりが深く、そしてこの話題が出てから一言も口を挟まないと心に決めている少年である。


「おいソラ、相変わらず()()()の話になるとテンション低いな。自分は興味ないってか。」


「俺らの憧れの存在も、自分は毎日家で会ってますってか。」


「弟という立場を利用してあんな事やこんな事をしてもらってるだとぉ!? おいアル! そいつ抑え込め!」


「任せろナット!」


 一切反応を示していないのに勝手に罪人となった憐れな少年ソラ。2人に椅子から引きずり落とされ、床に抑え込まれる。これでまた、アルバートの体術が学年でも一位二位を争うほどレベルの高いモノなのだから面倒だ。

 ソラは3人の中で最も小さく、最も背の高いナットの胸のあたりまでしか無い。アルバートに加えてその巨体で覆い被さってくるわけだから、ソラはあえなく潰される事となった。


 教室には他の生徒もおり、普通ならば正義感の強い女子生徒なりが止めに入ってきそうな場面だが、いつもの、有名な親友三人組―――もしくは≪武術成績トップ3≫のじゃれ合いだ。止めずとも彼等の間柄が悪くなることは無いし、怪我人も出ない。いやむしろ、下手に止めに入ると怪我をしてしまうかもしれない。


「あんな美人な人がお姉さんだなんて……許されん! 許されないのだ!」


―――どうっ


 次の瞬間、ソラを抑え込んでいた二人の体が宙に浮いた。いや、吹き飛ばされた。


「アル、耳元で大声出すな。自分の姉になんてキョーミ無ぇよ。」


 そう、すっかり声変わりした低い声でソラが言い放った。


 武術の成績は、学年の中でズバ抜けて高い3人組だが、その中でもソラ・ドラスターは頭一つ抜けている。


 瞬発力に柔軟性、持久力、そしてその体格に似合わぬ怪力。いかなる武器も扱いこなし、素手での戦闘力も折り紙付き。養子とはいえ、流石かの『勇者』の子であると噂される。

 しかし彼の姓はその程度では満足しない。数学を始めとした座学の成績もトップクラスで、まさに文武両道。姉、レイラ・ドラスターと並び、学園に知らぬ者はいない天才姉弟である。誰もが、両者とも首席で卒業するものだと疑わなかった。



 実際、レイラは首席での卒業を果たし、高校に進学した。ここの入学試験でも首席だったらしい。

 ちなみにレイラが高校に通うようになってからはソラとレイラの帰宅時間にかなりの差が生まれることとなり、ヴィンダもソラの前に姿を現す回数が大幅に増えた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ソラ・ドラスター、15歳、6年生。

 ―――()()


 卒業試験に組み込まれていた魔法の実技試験。火の粉の一本、水の一滴でも出すことが出来れば、他教科全てにおいてほぼ満点を叩き出した彼は問題なく卒業できた。しかし、闇の魔力を持つ彼に、魔法は、使えなかった。

 実技試験は一人一人別室で行われたため、試験結果を知っていたのは親友である2人だけだ。



「まぁ、なんだ……その……」


 ナットが言葉に詰まる。


「ソラ、あんまり……気にするなよ?」


 アルバートの一言は誰に届く事も無く、ただ虚しく床に落ちた。


「俺らは2人とも、高校行かないで、働こうと思ってるんだ。まだ職は見つかってないけど、どうにもならなくなったら()()()にでもなろうってな。俺もアルも、馬鹿だけど戦いは得意だからさ。」


「そうそう。お前ほどじゃないけど、武術の成績は良いから、って……。」


 学園の教室のうちの一つ。壇状に並べられた長机による座席の数はざっと60。最も低い位置には教壇と、座席に相対する、高い天井までのほとんどを埋め尽くしている黒板。教室への出入り口も教壇の横の方だ。

 そのうちの一つの席に座る少年は、終始俯いていた。その瞳は動揺を、錯乱を、憤慨を、絶望を映していた。…………その奥に、黒深い決心を渦巻かせて。



 卒業式には、行かなかった。キュアラもレイクも家にはいたが、気に掛けてか部屋に訪ねてくることは無かった。が、これが僥倖であった。


「―――ヴィンダ。」


 学生と思えない、低く深い声が小さな部屋に響く。あるいはその威厳が音となって聞こえてくるのだろうか。


 照明の点いていない部屋の影から、体を覆っていた黒い布を取るように、麗美な銀髪が現れた。俺に対して跪くと、頭は俺の腹ほどの位置に置かれる。


「お呼びでしょうか。」


「ヴィンダ、俺は、お前の望みをかなえるべく、魔王を倒すことを心に決めていた。しかし住まう場所の規則には逆らいきれぬ。よってこの6年間、学園へと通っていた。」


 ヴィンダは何も言わず、主の言葉に耳を傾ける。


「ヴィンダ、俺は本来、本日をもって忌々しい勉強の日々から解放され、自由の身となるはずであった。……しかし、結果はお前も知っての通りだ。」


 ヴィンダは何も言えず、主の言葉に耳を傾ける。


「ヴィンダ、俺がお前に付けた二つ名はなんだ?」


「はい。『毒蛇』で御座います。」


「ヴィンダ、お前は毒の扱いに長けているな?」


「その通りで御座います。」


「ヴィンダ―――後遺症が残らず、それでいて完璧な幻覚を見せる神経毒を作れ。期限は一年だ。」


「仰せのままに。」


 そうしてまた、影の布の下にその姿を隠していった。

 幻覚を見せる。魔法を使っている幻覚を。卒業試験官に。


 俺も魔王時代、様々な分野の研究に励んでいた。が、より深く一分野に精通している部下に任せた方が良い。実力に信頼のおける部下であるのなら尚更だ。そもそも今の俺には、高度で特殊な毒を生成する、時間も場所も設備も材料も手に入らない。ヴィンダに任せるのが得策と言えるだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ソラ・ドラスター、16歳、6年生。

 見事首席にて、卒業。


 同日、レイラも高校を主席で卒業した。

 その日の夜、家族団欒の夕飯の席。


「それでは二人とも! 卒業おめでとう!」


 豪勢な食事が並ぶ中で、過剰に騒ぎ立て、異質……いや異常な恰好をしている男性が一人。赤と白の縦縞の巨大なシルクハットに、金と銀の、光を反射して光るシャラシャラしたやつを首からかけ、真っ黄色のシャツに白い短パン、ピエロのようなつま先が大きく沿った赤い靴。そして、小さな色とりどりの風船を身体中につけている成人男性。かつて、『史上最強の勇者』『全世界の英雄』とまで呼ばれた男。

 俺と姉ちゃんの――――――知らない人だ。()()()父親な訳が無い。勿論母さんとも何の関係も無い……なんの……関係も……無いと言いたかった!


(おい姉ちゃん、なんで母さんはアレ止めないんだよ。)


(二人とも親バカなのは知ってたけど、お母さんに関してはお父さんに対しても同じだから。)


 耳打ちしながら悲しみを共有する。一応両親とも尊敬の対象なのだ。それがこんな、こんな……っ!


だんっっ

 レイラが勢いよく立ち上がった。愛など欠片も感じない、冷え切った目で実の父親を見やる。


「お父さん、本当に辞めて。私が学園卒業した時も同じことして、一生やらないって約束したわよね?」


 怒気と覇気を含んだ声音で叩きつける。小さい子どもであれば傍にいるだけで失神してもおかしくない程の力だ。


「えー、でもこんなにおめでたい日なんだよ!? 一日ぐらい許してー?」


「だ、め。今すぐ着替えてきて。もう一緒にお出掛けしてあげな「はいっ! ごめんなさい!」


 レイラが台詞を言い終わるより先に、人外のスピードでレイクが部屋から出て行った。次に帰ってきた時には、普通の服装になっていた。元勇者と言えど娘には弱い。


「でも、おめでたいのは本当よ? 二人とも主席だなんて、凄いじゃない。」


「誰かさんは一年遅いみたいだけど。」


「うっせ。」


 家ではこんなに威圧的だったりウザかったりするのに、高校に進学する前もした後でも、学生という学生から羨望を集めているのがどうにも納得いかない。気が合わない訳ではないのだが。


「ソラ、高校には、行く予定か?」


 レイクが聞いてくる。この家に限って、学費が払えないので断念などという事にはならないのだが、


「いや、俺はこのまま冒険者になるつもり。勉強は俺には合ってない。」


 冒険者―――個人や企業、村や国家から出された依頼をこなし、報酬を受け取ることで稼ぐ職。依頼の内容は、家の掃除から畑仕事、魔物の討伐や護衛など幅広い。つまるところ、なんでも屋だ。

 収入が不安定である上に、受ける依頼の内容によっては身の危険もある。副業として簡単な依頼を受ける人も多いと聞くが、本業として冒険者一本で生きていくのは中々に大変な道と言われる。


「あら奇遇ね。私も冒険者になろうと思ってるのよ。」


「ちょっと待て。ソラ、レイラ、二人とも本気で言ってるのか?」


 レイクの声が強張る。


「ソラ、働くのは高校で勉強してからでも良いだろ。高校に行けば、もしかしたら他にやりたい事が見つかるかも知れないぞ。レイラ、考え直してくれないか。高校も卒業しているんだし、学者にでも政治家にでも……」


「いいえ。もう決めたの。私は確かに、知識は沢山持っているし、知恵も働くし、人にも好かれるわ。」


「自分で言うかよ。」


「ソラうるさい。でも、私が何をしたいかって思った時、人の助けになる事をしたい、人の命を守ることをしたい。そう思ったの。」


 レイラは真っすぐに、ゆっくりと、父親に向けて自分の心中を告げる。


「他の職業でも……例えば医者でも同じって言うかもしれないけれど、私は力も持っているの。戦う力を。力を持っている人は、他の持っていない人の為に力を使うべきだと思うの。医者のことも、助けられるわ。」


「―――だが、危険な事は、」


「お父さんもお母さんも、自分が昔どんな仕事してたか忘れちゃったの?」


 一瞬の沈黙。そして、


「ぷっ、ははは! 一本取られたわね。レイク、諦めましょ。」


「いやしかし……キュアラは、良いのか?」


「そりゃもちろん、私だって自分の可愛い子どもたちに危険な事はして欲しくない。でも、自分たちで決めた事なら応援するし、それに、私達の事を引き合いに出されたら勝てないわ。」


 母さんは俺と姉ちゃんが冒険者になることは反対しない、って事で良いのか。ナイスだ姉ちゃん。

 そして、母さんが折れれば自ずと父さんも折れる訳で。


「キュアラお前、丸くなったな。」


「レイクだって、昔はもっと無鉄砲で向こう見ずて、すぐにでも許しを出しそうなものだったのに。」


「っぇぇ……。」


 かくして、ソラ・ドラスター、レイラ・ドラスターは、明日より冒険者として社会人になることになった。

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