ep3.安寧と驚愕と真実と歴史と
俺は促されるまま席に着いた。逃げ出すのも一つの選択肢ではある。あるが、昏睡状態からまだ少し食べただけ。この状態でこの家を離れても、また時間の経過とともに駆け足で死が近付いてくる。それならば、ここでもう少し力を付けた方が得策だ。
確かに魔王としての尊厳は腐った木材よりも脆く崩れていくが、未来の可能性と自分の命に対して天秤にかける程、俺の頭は腐っていない。
───ぐぎゅるるる
また俺の腹がなった。さっき満足するまで食べたのに、また空腹になっている。ただ、快調なのは感じられる。
「さぁ、いっぱい召し上がれ!」
4人全員に料理がいきわたる。この料理もこのエルフの女が作ったのだろう。同時に作り、それを分けているので、毒はあまり心配しなくてもいいかもしれない。…それよりも美味そうだな。
「はい、手を合わせて、いただきます!」
「「いただきます!」」
男と幼女が声を揃えた。『いただきます』とはなんだろうか。とりあえず俺は目の前に出されている料理に喰らいつく。
少しすると、男が口を開いた。
「それじゃあ早速で悪いんだけど、君の事について色々聞かせてもらっていいかな?」
「……俺か?」
男が頷く。何を言っているんだこいつは。下等生物ごときが俺にものを頼むときの態度かそれが。そもそも下等生物に優しく接する気はない。───衣類や食事を恵んでもらってるって? こいつらが勝手にやってるだけだ。
俺が黙っていると、男が何かに気付いたような表情とともに、パンと手を胸の前で合わせた。そんな漫画のようなジェスチャーをやる奴があるか。
「そうだね、他人にものを聞くときはまず自分の事からだね。僕はレイク。こっちが僕の妻のキュアラで、エルフだ。あ、僕は普通の人間ね。この子が僕達の娘のレイラで、ハーフエルフになるね。」
「え……ちょっと待て。今なんと言った?」
俺は、今、耳にした言葉が信じられなかった。
「ん?この子は僕達の娘で、ハーフエルフの..」
「そこじゃない! もっと前だ! 名前、何て言った?」
「僕かい? レイクだけど。」
「で!」
今度はエルフの女を見る。
「私はキュアラよ。」
落ち着け俺。落ち着け俺。大丈夫、落ち着いて考えれば、いいんだ。
「もしかして、勇者レイクか?」
「僕の事を知っているのかい? ほお、嬉しいね。」
やはり間違いない。この男、あの勇者レイクだ。そしてこっちは、同じパーティーに居たエルフのキュアラだ。おい待て待て。混乱してきたぞ。
「───勇者は、魔王を倒したのか?」
聞くのは一瞬躊躇った。が、この答えさえ聞けば……
「倒したよ。もう9年も前の事だけどね。」
「レイク、あれは倒したというよりも勝手に倒れたんじゃない。」
「それはそうだけどさ…なんか魔王を倒したって方が格好いいじゃないか。というか、歴史としては勇者が魔王を倒したことになっているんだ。それでいいだろ?」
「はいはい、分かったわよ。最強の勇者様。」
いや待て待て。落ち着いてこの事実を噛み締めよう。魔王は9年前に倒された。でも俺は魔王だ。それは疑いようのない事実。───いや、もしかしたら≪元≫魔王なのかもしれない。
───っっ!
急に思い出した。まるで自ら自分の記憶にロックを掛けていたような感覚だ。勇者どもと戦っている時。あの時、急に吐血して、体の中から何かに支配されたように動けなくなった。そして、身の危険を感じた俺は、自分の精神体の一部を肉体から切り離したんだ。その瞬間、意識が途切れた───いや、死んだ。俺は、死んだ。
こいつらの話から察するに、つまり俺はあの時、勇者の攻撃以外のなにかによって死に、ぎりぎりで逃がした精神体は9年の時を経て、世界の境界すら越えて彷徨い、この今の肉体を作り出し、裏路地に倒れこんだわけだ。それならば持っている微量の魔力が『ザードの闇の魔力』であることも納得がいく。
この肉体は俺の精神体が作り出した俺。俺であって俺ではなく、俺である。
「なぁ、魔王を倒した時の、魔王の様子を教えてくれないか?」
下等生物にものを頼むという屈辱など、もうどうでもいい。自分の死の真相が知りたい。
「なんだ、そんなことに興味があるのかい?」
「あなたにはまだ早いわよ。」
「そんなことより、君の事を教えてくれよ。名前は? 歳は?」
名前? ザードというのか? そんな事言えるわけないだろ。
「もしかして、分からないの?」
俺が黙っていると、キュアラが助け舟を出してくれた。いや、正確には俺が助かっただけの勘違いなのだが。ここは利用させてもらう。更に真実味を出すために少し間を置いてから小さく頷く。
「……そうか。とりあえず、今日はうちに泊まると良い。空いている部屋があるから、あとでキュアラに案内してもらってくれ。」
食べ終わった時に『ごちそうさまでした。』という謎の挨拶がまたあったが、気にしない。
俺の寝る部屋は2階にあるらしい。キュアラに続いて2階にあがり、その一番奥の部屋に行く。
中には簡素なベッドと机と椅子があるだけだ。魔王である俺をこんな貧相な部屋に放り込んで良いのか! とキレそうになったが、魔王であるとは言えない。気持ちを押し殺して、おとなしく部屋に入った。
風呂にも入れというので、特に何も考えずに湯船につかって数分で出てきた。風呂から出ると脱衣所には新しい服が置いてあった。またしても施しを、とも思ったが、何も着ずにいることは出来ないので仕方なくその服を着る。下等生物のものにしては案外着心地が良かったりした。
今日は一日混乱しすぎて疲れたので、寝るために部屋に向かう。体が小さいせいで階段を上るのが少し辛い。レイクは書斎、キュアラはキッチン、レイラは風呂だ。
「はぁ……」
がちゃり
溜め息などついたことがあっただろうか。自然と出てきた深い吐息とともに、部屋のドアを開ける。
「おかえりないさいませ、我が主。『魔王』ザード様。」
「うぉぅ!?」
誰もいないと思っていた部屋に誰かがいれば当然驚く。魔力さえあれば暗い所でも視界が確保できるのだが、今は魔力量が足りない。背伸びをしてなんとか部屋の照明を入れる。
声の正体が照らされる。部屋の中にあったのは、久しく見ていなかった光景。何者かが跪き、俺の前に頭を垂れている。しかしそれでも、彼の高身長故か、俺が小さすぎるのか、俺の視線と同じ高さに綺麗な銀髪が流れている。
「ヴィンダ?」
「はい。ヴィンダでございます。ザード様、遅くなり申し訳ございませんでした。」
いや遅れたとかそういう問題ではない。
「……何故ここに居る?」
「常に主の傍に控えるのが部下というものであり、私は、」
「いやそうではなくてだな。」
「はい?」
この後ヴィンダに理解してもらうまで数分掛かった。ヴィンダは仕事はできるし忠誠心も厚いのだが、こういうところが少し抜けている。
「よくこの姿で分かったな?」
「勿論でございます。お姿が変わられようとも、ザード様と下等生物の餓鬼など、天と地ほどの差があります故。」
「そうか。だが、この家にいるのは……」
「勇者。分かっております。」
というか、魔王勢力の幹部が家にいて勇者は気付かないのか?
「ザード様。大変な事が起きております。」
「あぁ。それは分かっている。」
「12幹部のうち11人と幹部統括ルベイラが手を組み、ザード様を暗殺しました。」
「それは分かっていない。」
ここ数時間で驚愕の事実が多すぎませんかね。俺って部下に殺されたの? 部下に殺されたの? ……部下に殺されたの!?
「ということは、お前は。」
「私には暗殺の計画が伝えられておりませんでした。私はいつまでも、ザード様の忠実なる下部でございます。たとえ崩御されようとも、たとえ9年の時が経とうとも、たとえ御姿が変わられようとも。」
「そうか。感謝しなければなるまい。」
「勿体なきお言葉! そしてこのヴィンダ、僭越ながらザード様にお願い致したい事が御座いまして。」
ほう、ヴィンダがそんな事を言ってくるとは珍しいな。
「ぜひとも、ルベイラを魔王として治めなおされた、裏世界を制圧していただきたいのです。」
「お前は、今の俺があいつらに敵うと思っているのか?」
「……正直に申し上げますと、残念ながら、今のザード様には厳しいと思われます。しかし、何年かかっても構いません。私は悔しいのです。忠誠を尽くすべき主を殺し、自らを成り上がらせようとする者達が! そのような者がザード様の地位を奪っているという事実が!」
「わ、分かった。分かったから落ち着け。」
「もっ、申し訳ございません! つい、熱くなってしまいました。」
「そうだな……では、ヴィンダよ。」
昔の雰囲気を思いだしつつ、魔王らしく語り掛ける。
「俺はお前の願いを叶えよう。俺は、魔王を倒すぞ!」
「あ……ありがとうございます! 私も全霊を尽くしてお手伝いさせていただきます!」
魔王とその部下、合わせて魔王勢力。謀反を起こしたかつての俺の部下どもを、俺の手で倒す。そう決意した。
「魔王を倒すは、魔王様でございます!」
まるでステージでスポットライトが当てられたかのように、両手を広げたヴィンダがそう叫んだ時、後ろのドアが開き、レイクが来た。
「明日一緒に役所に行こう。いいね?」
俺は良いか悪いかよりも、ヴィンダが気になって仕方が無かった。ちゃんと隠れただろうか? というより、声を聞かれていなかっただろうか?
「スンスン、すこし埃臭いかな? ちゃんと掃除はしてある筈なんだけどなぁ。臭かったらゴメンね?」
それだけ言ってレイクは一階に降りていった。ヴィンダがいる事はバレなかったが、埃臭いというより、ヴィンダの魔族───裏世界の住人としての気配を感じたのだろう。
「ふぅ、やはり力を失っているとはいえ、勇者は勇者ですね。」
「力を、失っている?」
「はい。個人の持つ身体能力は衰えずとも、『勇者』の力は子が産まれるとその瞬間に譲渡されます。ですので今の奴は、経験と身体能力が頭一つ飛び抜けているだけのただの人間です。勇者の力は、あの餓鬼が。」
「なるほど……。よく知っているな。」
「ザード様がお隠れになり御力をお溜めになっていた間、私はいずれ来たる今日の為動いておりました。裏世界の監視をしつつ、こちら側、表の世界の知識も集めておりました。」
さすがはヴィンダだな。これでこちらの世界でも普通に生きていくことができるだろう。力をつけ、魔王を倒す、その日まで───
「それよりもヴィンダ、今更だが声は大丈夫なのか?」
「はい。強力な魔法を掛けてありますので、それこそあのエルフが本気を出さない限り、この部屋の中の会話が外から聴こえる事は御座いません。」
そういうところは抜かりなくやるのがヴィンダだ。恐らく先程レイクが来たときも一瞬のうちに隠れ、魔力や気配も消したのだろう。しかし、99%気配を消しても、元とは言え勇者として残りの1%を感じ取った。それは仕方が無いことなのだが。
「俺は明日、役所に連れて行かれるようだ。名前はなんと名乗ればいいだろうか?」
「そうですね……一つ、私から提案が御座います。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでは私は、これからも姿を隠し見守らせて頂きます。何かあれば非力ながらお助けいたしますが、あまり私が近くにいない方が良いでしょう。では、お身体にお気をつけて。」
そう言って一礼すると、パズルピースがひっくり返っていくようにして、ヴィンダの姿が光とともに消えていった。
ヴィンダの姿が消えると、存在を認識できなくなってしまった。保有する魔力が少ないことは確かだが、魔力を感じる能力すら弱くなってしまっているようだ。もう、この体を受け入れるしかない。
部屋の照明を背伸びでなんとか消した後、俺は一階のレイクのいる書斎へと向かった。
コンコン
「あ、お、俺だ。」
「どうか、したのかい? 入っていいよ。」
少し緊張しながら、書斎の扉を開け、中に入る。
レイクがぱたん、と本を閉じた。とても分厚い本だ。俺は座っているレイクの顔を見上げる。
───表の世界と裏の世界とは基本的に隔絶されている。二つの世界を繋ぐゲートは、人工的に発生するものと自然発生するものがある。人工的というのは、裏世界から強大な魔力を持つ魔族、例えば俺や幹部クラスが開けることができたもののこと。表の世界からゲートを開けることは出来ない。人族には勿論、その他の種族、例えばエルフにも不可能だ。前世の力を失っていない俺でも、裏世界から開いたゲートを繋げたまま固定しておくことはまだしも、表の世界から新たにゲートを開くことはできない。
つまり、俺やヴィンダから能動的に裏世界へ向かうことは出来ないということである。
ちなみに自然発生するものは、極めて頻度が低い。というのも、発生する条件として、互いの世界の空間に満ちる魔力濃度が濃い部分が重なる必要がある。濃い空間というのは、表の世界では移動せず固定されているのに対し、裏世界では闇の魔力を濃く含んだ空気が常に移動している。その2つが重なると、魔力の密度が世界の限界を超え、ゲートが開く…と裏世界の研究では考えられている。──────
「どうしたんだい? 何か言ってくれなくちゃ分からないよ。」
「え、あ……す、少し、俺の事で話があるんだ。」
「うん。そんなに恥ずかしがらなくていいよ。それで?」
黙れぇっ! 別に恥ずかしがってるんじゃねぇよっ! 貴様ごとき下等生物、しかもあの勇者と対話するという不快感と世界の不条理さに対する怒りを、なんとか抑え込んでるんだよちょっと黙っとけぇ!
「実は俺、自分の名前も、歳も分からないんだ。家族も、家も、何もかも。」
「……。」
「それで俺、たぶん死にかけてて。そこを、助けてもらった。」
「うん。」
「迷惑だろうし、本当は頼み事をする立場じゃないのは分かってる。でも……お願いだ! 俺を、この家にいさせてくれ。俺を、助けて、ください。」
ヴィンダに言われた通り、頭を下げる。
沈黙。
ただ部屋のみが、見つめる。一面の壁を覆う無数の背表紙が、机の上に置かれた羽ペンが、高い位置に飾られた勇者の青緑の防具が、見つめる。元勇者と元魔王の姿を、見守る。
「───わかった。今日はもう寝なさい。明日は少し早くから出掛けるよ。いいね?」