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ep2.新たな始まりの物語

───ここはどこだ。俺は、横たわっているのか?

───寒い。冷たい。これは、雨か?


  俺は魔王ザードだ。俺は魔王城にいた……はずだ。しかし、ここは、明らかに屋外。しかも夜。


「どこだここは───っ!?」


 何だ今の声は? 本当に俺の声か? まるで少年の声ではないか。


「あー、あー、…………俺の声か。」


 間違いない。俺の声が少年のようになっている。

 待て。それ以前にここはどこだ。俺は城にいたはずだ。それなのに、何故俺は建物の間の狭い裏路地で横たわりながら雨に打たれているのだ?


「よいしょ、と。」


 地面に手を付いて体を起こす───ん? なんだこの手は。なんだこの足は!? 声だけでなく体も少年のようになっている。


 そもそも俺は何をしていたんだったか……。そうだ、魔王城の戦の間で、人間どもと戦っていたんだ。そしたら途中で意識が朦朧としてきて、起きたらこの状態、と。訳が分からない。


「この状況で歩き回るのは得策ではないな。とりあえずここで夜を越そう。その後、魔王城を探せばいい。」


 今の自分の状態と、ここがどこかさえ分かれば、なんとか城に帰ることができるだろう。とりあえず朝までの辛抱だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「んぅ……。」


 太陽に顔を照らされ、目が覚めた。朝だ。


 まず、今の俺の状態から確認していこう。

 見た目は4歳ぐらいの子供。勿論声も子供。服はボロボロだが、フードがついている。フードを被ってうずくまれば、小さな茶色い塊にしか見えないだろう。


 なにより感じる大きな違和感は、姿や声ではない。―――魔力をほとんど感じないのだ。ただ、集中して己の内を探れば微かに感じるこの力は、体によく馴染んだ闇の魔力。

 自分がザードであるという記憶を肯定してくれるとともに、あのザードが今の自分であるという信じたくない事実も、確固たる真実であると突き付けてくる。


「これは……本当に何が起きたのだ……。」


 次に、この場所についてだ。通りから横に外れた裏路地で、薄暗く狭い。少し先に見える通りから強い光が差しているが、人通りがあることが分かる。少ないのは早朝だからだろうか。とりあえずそこまで出てみよう。そうすればここが()()()───人間などの下等生物の住む世界の裏側にある俺達の世界───のどこにいるのかが分かる。


「さて、さっさと城に戻らなければいけないしな。ん…眩しい。」


 まぁ先に結果を言ってしまうと、俺の視界に入ってきた光景は想像を絶する、いや想像などできないような屈辱的で非現実的なものだった。


 基本的には無視。無視。無視。視界の隅に留めても、すぐに逸らすか、俺のことを汚らしいものを見るような目で見下ろしてくる、無数の視線。それらの視線の持ち主は全て───



()()。下等生物。



 実際格好は汚いだろう。ただ、何故下等生物がこんなにいるのか。この光景が示す事実は一つ。───ここは裏世界ではない。


 俺は、俺の事を、俺の事を蔑んだような目で見ながら歩き去っていく下等生物どもに強い不快感を覚えながらも、静かに裏路地へと戻っていった。混乱。ただその一言に尽きる。強大な力と数多の知識を得て、『魔王』という名とともに裏世界に君臨し、人間どもの恐怖の対象となっていた俺ですら、理解の範疇を越えた、想像もできない現実。


「これは……どうなって、……なにが……。」


 魔力も失われ、部下もおらず、ここがどこかも、自分が何故こうなっているのかも分からない。何もかも分からない。

 俺は、初めて自分の非力さ故の恐怖を感じたのだ。




 どうすることもできず、ただうずくまるしかなかった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 どれぐらいの時間が経っているのだろう。日は落ちるのと昇るのをただ繰り返し、日光が照りつけ、雨に打たれ、日光が照りつけ、雨に打たれ、雨にうたれ、あめにうたれ……


寒い。魔王城にいた頃は快適に過ごしていた。

孤独。魔王城にいた頃は信頼できる部下がいた。

空腹。魔王城にいた頃は職の不自由など無かった。


苦痛。魔王城にいた頃はこんな事はなかった。



 また今日も雨。布に包まり、うずくまる。濡れた布が体に張り付いてきて体温を奪われる。体は痩せ細り、尚も食べるものが無く空腹。一歩も動ける気がしない。


 この場で意識を持ち始めてから数日。自分でもよく生き残ったと思う。

 でも、もう限界だ。意識が朦朧としてくる。このまま眠りについたら、一生起きる事は無くなるだろう。自分の限界は自分で分かる。頭ではそれが理解できているのに、体は言うことを聞かない。


「これ……駄目だ……」


―――どさっ



『おい、ちょっと待ってくれ。』


『何?……子ども?』


 自分の声か? いや、誰かの、声か?


『どうしたんだろうな。』


『まさか捨て子じゃないわよね?』


『うーん……ありえるな。この格好、痩せ方。』


 何か聞こえてるいるが、何を言っているか聞き取れない。そもそも何か言っているのだろうか。


『どちらにしろ、雨の中に放っておく訳には行かないでしょ?』


『そうだな。とりあえず家に連れて帰るか。よいしょっと。』


 なんだ?何が起きてるんだ?―――もうどうだっていいや。


『急いだ方が良さそうね。』


『あぁ。少し走ろう。』



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ―――はぁ、暖かい。包まっている毛布はふわふわで気持ちいいし、横になっている地面もふかふかだ。地面じゃなくてソファかな。どちらにしろ最高だ。


 ───ん? なんかおかしくないか?


 目を開ける。橙、赤。綺麗な色の炎が柔らかに揺らいでいる。


「……は?」


 思わず声が漏れる。いやいやおかしいだろ。俺は狭い裏路地で雨に打たれながら昏睡状態に―――誰かが俺を助けたのか?

 この状態は明らかに普通じゃない。体は濡れておらず、それどころか温かい。そもそもここは屋内だ。ほとんど力の入らない体をどうにか起こしてみると、俺は暖炉の前に置かれたソファの上で綺麗な服を着て寝ていたことが分かった。


「ちっ……!」


 俺がいたあそこは裏世界ではなく人間の街だった。つまり俺は、紛れもなく下等生物に()()()()()という事だ。この上ない屈辱だ。不名誉極まりない。


 俺は立ち上がろうと床に裸足の指先を乗っける。が、足に力が入らない。ソファという支えを失った体は膝から崩れ落ちてしまった。空腹が原因か。俺の体は依然子供のままだが、最初と比べて明らかに痩せ細っている。腕や足は、骨に皮がついただけのような状態だ。


「はぁ、良かった。気が付いたのね。」


 慌ただしい足音の後に若い女が部屋に入ってきた。俺が倒れた音に反応して来たのだろうか。


「ふふふ、そんなに睨まなくてもいいじゃない。大丈夫よ。安心して。ほら、お腹空いてるでしょ?」


 そう言って女は部屋から出ていき、すぐにパンとスープ、そして木のスプーンを持ってきた。視力が弱まっていたのか、近くに来てようやく気付いたことだが、この女、エルフだ。長い銀髪が揺れると特徴的な長い耳が目に入った。


「食べて。」


 そんな事を言われて素直に食べる奴がいるか。下等生物が俺ともあろう者に施しなど、万死に値する侮辱だ。しかも食べ物。毒見役もいないのに食べるなど、ありえない。


「どうしたの? 嫌い?」


 俺が食べないでいると、エルフの女がそんな事を言ってきた。俺は、下等生物から施しなんて……


―――ぐぎゅるるる


「ほら、お腹空いてるんでしょ。食べなきゃ駄目だよ?」


 優しげな、心配そうな声が俺の耳に嫌でも届いてくる。

 くそ、美味そうだな。ここで無駄に意地を張っても、死が近付くだけ、か……。


 スプーンを持ち、スープを一口飲む。


「―――美味い。」


「ふふふ。」


 嬉しそうににやにやしている。苛立たしい。だが、美味い。俺は一心不乱に食べ始めた。

 温かいスープを胃の中に流し込むと、体中にエネルギーが行き渡る。久し振りに開いた口にパンは少し硬かったが、すぐに慣れた。何かを噛むと、ものを食べているというのが実感できる。


「泣かないで。ほら。」


 布で目元が拭われる。無意識に涙を流していたようだ。顔に近付く手を、警戒することも、払い退けることもしない。今はただ、涙を流しておこう。


 あっという間に食べ終わってしまった。が、十分だ。満足だ。


「よし、それじゃあとりあえず寝なさい。しっかり食べて、もう一休みした方がいいわ。」


 俺はそんな気は無かったのに、まるで魔法にでも掛かったかのように眠気が襲ってきた。

 もう一度ソファに横になると、毛布をかけられた。眠りに落ちるまでの間、俺の頭を撫でている手が、とても心地良かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 意識が覚醒して目を開けると、そこには相変わらず綺麗な色の炎が揺れていた。

 体力が回復している。今なら少しは動き回れそうだ。


 ソファに座り直し、伸びをする。グーっと上半身を反らし、顔が上を向くと、俺を睨んでいる蒼い眼があった。


「うわぁっ!」


 俺は柄にもなく声を出して驚き、ソファから転げ落ちた。それから再度、俺を睨んでいた者を睨み返す。


「……え?」


 そこに立ってたのは、幼女だった。こいつもエルフ、いや、ハーフエルフか。


「おきたー!」


 それだけ叫んで幼女は部屋から走って出ていった。訳がわからない。


 少しすると、あのエルフの女がやってきた。幼女はその後ろから少しだけ顔を出し、こちらを見ている。


「気分はどう?」


 俺は答えない。


「うん、顔色は良くなってるわね。立てる?」


 俺は立ち上がる。


「大丈夫そうね。そろそろ夕飯ができるから、あっちの部屋にいきましょう。レイラ、ご案内してあげて。」


 そういって女は、自分の後ろに隠れている幼女の背中を押して前に出し、ひとり先に部屋の外へと行ってしまった。

 レイラ、はこの幼女の名前か。


「いくよ。ごはん!」


 レイラが俺の手を取った。


「やめろ!」


 下等生物と馴れ合う気はない。握られた手を振りほどき、レイラを睨んで構える。


「だいじょうぶだよ。いっしょにいこう?」


 それでもレイラは辞めようとしなかった。エルフの女が俺たち二人を連れに戻って来るまで、俺達は部屋から出ていなかった。



 廊下を通ってすぐの隣の部屋に行くと、そこには綺麗げな大きめの机と椅子が4脚。扉や壁を挟まずに隣の部屋がキッチンになっており、女が料理を机まで運ぶ。レイラも手伝い始めた。そして、机に向かって座っている下等生物が1匹。人間の男だ。


「やぁ、元気そうだね。回復したようで何よりだ。まあ座りなさい。」


 この男、どこかで見覚えが……俺を裏路地から連れて来る時に俺を抱えた男か。やはり俺はこの家の下等生物どもに命を助けられたようだ。この上ない屈辱だが……多少感謝していない事も無い。

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