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ep13.不等号

───chhhi


 曲がり角から巨大なネズミが顔を出した。全身は見えていないが、本当に巨大だ。高さが1mほどあるので、全体では恐らく仔牛ぐらいあるだろう。こちらにはまだ気付いていない。


 二人に視線を送り、大剣を構える。


「ふっ!」


 一度の踏み込みで加速し、両手で構えた大剣を振り下ろして頸から叩き切る。


 ごとり、とネズミの頭が落ち、大剣を挟んで反対側から鮮血が噴き出る。血流に乗せて行き場を失った血が空中に放り出され、モロに浴びてしまった。


「うわっ! ぷっ!」


 弱く柔らかかったのだろうか、断面は刃に斬られてできたものではなく、皮膚と肉が無理矢理引き千切られたような見た目になっている。体毛や、肉の内側から繋がる白い糸が血を含んで固まる。

 安定した体勢だったのだろう、胴体は脳を切り離されたことで自身を支えらなくなるが、横向きには倒れず真っ直ぐ立ち続けている姿は、そのグロテスクな断面と共に恐怖を駆り立ててくる。


 マイに洗浄(クリーヌ)で被った血を綺麗にしてもらい、ネズミの駆除認定である尻尾をナイフで切り落とす。 


 クマに関しては自然の中だったのであのまま放置しても良かったが、ここは周りの全てが人為的に固められた地下なので、死骸はこのまま土に還ることもなく腐り、ただでさえ臭いの酷い下水道を更に苛烈なものにさせる。冒険者のマナーとして、ちゃんと燃やすまでが駆除だ。


「マイちゃんの魔法はいざっていう時に頼りにしているから、ここは魔力を温存してて。私がやるわ。」


 姉ちゃんが集中する。


「炎よ、焼き尽くせ! 炎達磨(フォイエント)!」


 上位の魔法は、効果や単純な威力が上がっていくが、その分発動に際しては魔力操作が複雑になり、それでいて更なる正確性が必要とされるらしい。それを補佐するのが詠唱なのだそうだ。


「一匹いたってことは、近くにもっといるかも知れないわね。」


熱探知(ライフサーチ)使いますか?」 


「そうね。お願い。」


 マイ自身は時折、いや、常に目を離せないが、その魔法や魔力操作精度は目を見張るものがある。特に、少し難易度の高い魔法も、詠唱も無しに難なく発動できるのは本当に凄いと思う。神魅光(かみひかり)の教会で培ってきた努力の賜物だろう。


「う、うわぁ……。水路がかなり入り組んでいるせいで少し魔力が反射してしまっていると思いますが、物凄い数がいますよ……。」


 マイが目を瞑り集中しながらもかなり引いている。


「この大きさで地面にいるのは、多分ネズミで間違いないと思います。かなり近くにもいますね。」


 さっき一匹倒した時にかなり声を出してしまった気がしていたので、てっきり音に反応して逃げているものだと思っていた。予想していたより敏感ではないのか、それとも図体がデカいせいで鈍くなっているのだろうか。どちらにしても、こちらにとっては好都合。


 水路は入り組んでいるとはいえ、迷路のように酷いわけではない。マイが先導して歩いて行くと、次々に巨大ネズミが見つかった。時には逃げる奴もいたが、あちらから突進してくる奴もいた。倒すのは俺、燃やすのは姉ちゃん、次を見つけ出すのがマイという完璧かつ最速な手順で数をこなしていく。


「うーん、ちょっと残りの魔力が心配になってきたかも。マイちゃんは?」


「私も、余裕を持たせようと思うとそろそろですね。」


「じゃああと1、2回狩ったら帰るか。」


「そうですね。あ、ここ曲がった先です。」


───chichi


 ネズミの姿を捉えると、こちらに気が付いたらしく逃げ出した。こいつは逃げるタイプか。面倒だな。


 真っ赤な噴水を作らないようにするには脳天を真っすぐ突き刺すのが良いという事に途中から気付いたのだが、背中を向けて逃げられるとそれが難しい。かと言ってそのまま逃がすわけもないし、一瞬で追いつける程度の足の速さだ。


「どうせなら狙ってみるか。」


 スピードに乗り、跳躍。飛び乗るような形になりながらも、頭上から頭蓋骨を貫いて床まで大剣で押し潰す。空中では止まれないので剣を放し、動かなくなったネズミの前方に着地。さて、じゃあ尻尾を切り取…………


───kyyy!!


「っ!」


 目の前に、牙を剥き出しにしたメルメが迫っていた。ネズミしかいないと思い込み、少々遊び過ぎた。手元にあるのは小さなナイフのみ。長柄のブラシもマイが持ってくれている。近付いてくる気配を感じ取れなかった。天井に張り付いていて一瞬の降下でここまで来たのだろうか。やばい、何かで防御…間に合わない!


「はぁっ!」


ざくっ、ぶしぃっっ


 顔面に血の雨が降り注ぐ。牙は……俺に届いていない。獲物の喉を喰い破らんと開かれた口腔に、一閃の光る刃が突き刺さり、動きを止めている。刃は俺の顔と触れ合うかというほどの真横を通り、そして根本は、


「あんたバカなの?」


「うっせ。予定外だっての。」


言葉とは裏腹に、安堵しきった表情の姉ちゃん。なんか感謝を伝えるのはウザい。


「だ、大丈夫ですか~? キャッ!?」


どてっ


 ダイコンほどの太さの床に横たえられたネズミの尻尾に足を取られ、マイが本日初の大転倒を披露する。長杖やブラシ、先程姉ちゃんが走り出す際に押し付けたのであろうバケツと、全てが投げ出され、大きな音を立てる。


 はぁ……。この雰囲気が、俺らのパーティーなのかもしれない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 あと一匹で終わりにしようということで歩き回っていたのたが、いつまでたってもネズミのネの字も見当たらず、魔法を発動しているマイも困った様子だった。


「なんか、急にどこにも見当たらなくなりました……。」


 原因は分からないが、熱探知(ライフサーチ)の範囲内に沢山いたはずのネズミが、どこかへ消えてしまったらしい。このまま歩き続けても疲れるだけなので、仕方なく帰ることにした。

 出入り口に関しては、照明の下にたまに貼られている矢印が最も近い出入り口の方向を示してくれている。


 矢印に従って水路を進み、少し不安になってくるタイミングで次の矢印が目につく。それを繰り返していき───


───chii!

───chhh!


「うわっ!?」


 反対側から、猛スピードで巨大ネズミが2匹走ってきた。暗がりの中からそれなりの巨体が迫ってくる姿は多少の恐怖と焦りを感じさせてくる。というか、このままでは衝突か、俺達が水路に突き落とされるかだ。


 血飛沫覚悟、俺と姉ちゃんの二人で大剣を横に寝かせて叩き切る。

 べちゃっ、と死骸が2つ出来上がる。


「なんで向こうから走ってきたのかしら。」


 大きめの炎で燃やしながら姉ちゃんが呟いた。勿論尻尾は回収済みだ。


「俺達目掛けて…って感じではなかったよな。」


「メルメとか、他の冒険者の可能性もありますね。何かに襲われて、逃げてき───た───。」


 マイが言葉を失う。顔は青く、足は震えている。

 異様な雰囲気を察して俺と姉ちゃんもマイの視線と同じ方向へと顔を向ける。


───srrrrrssssiii


 パチ、と火花が散る。薄暗い地下で炎に照らされる、くすんだ緑色の鱗。足は、照らされない。見下ろすのは、灯の届かぬ闇の中で光る金色の瞳。切れ長の黒目。息の抜けるような不気味な声。重いものが引き摺られる音が、する。


 暗く見えないはずの姿が、浮かび上がってくる。その存在感が、威圧が、視界に映される。


 先端の分かれた真赤の舌がちろちろと遊んでいる。がばり、とその巨大な口が開かれると、()()が集中していくのを感じた。


「逃げろッッ!」


 姉弟間、一瞬のアイコンタクトで、姉ちゃんが掃除道具を、俺がマイと長杖を抱える体勢を決める。

 魔力を両足に集中させて筋力を増大させる。俺達がその場を離れた次の瞬間、口元から地面に放たれた()()により、火の海が後ろから迫ってきた。桁違いに大きな炎が、その正体を照らし出す。


「ヘビ……巨大な、ヘビです……っ!」


 俺に抱えられながらマイが叫ぶ。というか自分が抱えられている状況への対応能力高すぎませんかね。


 魔法を使ってきている。明らかに魔物だろう。

 背中に、迫りくる炎の熱を感じながら必死で逃げ続ける。


「ソ、ソラさん! ソラさん! あのヘビ、火の中を走ってきますよっ!」


 スピードを落とさずに少しだけ後ろを振り向くと、物凄い勢いで這ってきている。このままではすぐに追いつかれそうだ。


「姉ちゃんどうする! 戦う!?」


「下手に追いつかれたら……そうね、やるしかないかも!」


「マイ! 援護は頼んだ!」


 決まるが早いか、少し前方にマイを投げ飛ばし、俺は水路を挟んだ反対側に飛び移る。姉ちゃんもマイをキャッチしてから、すぐに戦闘態勢に入った。


「ほーら、こっちだこっち!」


 大剣に炎の光を反射させてヘビの注意を惹く。ぐりん、と鎌首がこちらに向いてくる。

 ヘビの下には炎が広がり、とても近付ける状態ではない。


「ソラさん気を付けてください! 絶荒波(ルドビレース)!」


 マイの足元に顕現した水は、次第に大きな波となりヘビを襲った。ダメージは与えられていなさそうだが、見事に通路に敷かれていた赤い絨毯を消し去ってみせた。


 一瞬の躊躇いも無く、再度水路を跳び越え、ヘビにまたがるような形になる。大剣を再度握り直し、背中に───


「おっと!」


 全身がうねり、落とされそうになった。なんとか掴んで耐える。


───syaaaa!!


 ただの獲物に自分の体に乗られ、怒ったヘビがその不躾な小動物に狙いを定める。鋭い牙を覗かせつつも、その奥の、どんな大きなものでも丸呑みにしてしまいそうな喉がもの欲しそうにしている。


「はぁっ!」


 自らの背に意識を向けているせいでガラガラに空いた首の横の部分に、姉ちゃんの踏み込んだ重い一撃が入る。


「嘘でしょっ……」


 しかしその緑色の鱗には、ほとんど傷をつけられていなかった。そうとう硬いようだ。

 威力の無い横槍など意にも介さず、大口を開いて俺のことを呑もうとしてくる。だが鱗が硬いのであれば、今の俺はかなり有利な状況とも言える。腔内は、脳に近いにも関わらず、とても柔らかい。勿論危険ではあるが、このまま刺突で決める───


がちん!


 唐突にヘビが口を閉じ、刺突は防がれる事となった。まさか、内側から刺されることに気が付いたのだろうか。魔物はかなり頭がいいとは聞くので、あり得ない話ではないか。

 魔力が収束していく。狙いは勿論、俺!


 丸く不安定な胴体から、なんとかバランスを取って地面に飛び移る。そのまま尻尾方向に走って逃げていくと、今度は泥の塊が狙い撃つようにしていくつも飛んできた。しっかりと見極め、全て避けていく。


炎達磨(フォイエント)!」


 ヘビの頭が炎に包まれた。間髪入れずに姉ちゃんがもう一度攻撃。やはり効かない。ヘビが視界を奪われている間に、真横に行き俺も全力で大剣を振り下ろす。が、少し傷をつけられた程度で、想像通りに胴体真っ二つ、とはいかなかった。


 さてこれは、どうしたものか……。


「あのー、大丈夫ですか?」


「え?」


 つい声が出てしまった。俺の程近くに、人が立っていたのだ。向こう側、ヘビの尻尾の方向からやってきたのだろうか。


「あー、バジリスクですね。パーティーですか? 死傷者は?」


 どこか掴めない雰囲気の、高身長の美丈夫が立っていた。渋い黄色と黒の縦縞のロングコートを羽織っているが、前をぴっちりと閉めている。


「あっ、えっと、3人パーティーで、全員無事です。」


「そりゃよかった。他に巻き込まれた人もいないかな。それじゃあ、よっと。」


 コートの内側から、2mに届きそうなほどの異様に長い薄刃の剣を取り出すと、頭の方、マイと姉ちゃんがいる方へと歩きながら、スパスパと軽くバジリスクの胴体を切り刻んでいった。そのスナップは目で追えない程速く、更に、斬り口からは何故か一滴も血が流れて来なかった。



 呆気に取られている最中に終わってしまった。長い片手剣をコートの内側に仕舞うと、入るスペースなど無いはずなのに全てが収まってしまった。

 改めて、このいきなり現れて桁違いの強さを見せつけてくれた男性と話をする。


「助けて頂きありがとうございました。私はレイラです。こっちが弟のソラ。そしてマイです。」


「俺はショウドラだ。なにやら下水道にいるはずのない強めの魔物が現れて、☆1の冒険者が多く訪れる場所だから至急討伐するように言われてな。無事でよかった。」


「えっ、ショウドラ…さんって、もしかしてギルドリーダーの方ですか?」


「そうだよ。名前知っててくれているんだ。嬉しいな。」


 やはりそうだ。『森林』ショウドラ。前に名前だけ聞いただけだったが、圧倒的な強さと今の発言からしてピンときた。


「俺はもう少し歩き回ってパトロールしてくるよ。皆気を付けて帰ってね。」


「はい。ありがとうございました。」

「「ありがとうございました。」」


 バジリスク……。ショウドラさんが来てくれなければ、あのままジリ貧だった。いや、魔力枯渇が近いこちらの方がかなり危険な状況だったか。流石☆3といった雰囲気で、何から何まで理解不能だった。


 とにかく、下水道からは出ようという事で出入り口に向けて歩いて行く。


 ちなみにバジリスクの死骸は、ショウドラさんが細かく切り刻んで文字通り塵にしてしまっていた。しかも、『牙は素材として売れるから』と言って渡された。さすがに申し訳ないと思ったが、折角の厚意を無下にもできないので受け取っておいた。特に毒等はないが、かなり鋭いので持ち運びに気を付けてね、と残して音もなく薄暗い水路の奥へと消えていった。

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