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ep12.地下労働

 これ……今はマイがなんとか抑えているからいいけど、こんな街中で放たれたら大事件だ。いや、まぁ、巨大火球を生み出している時点で十分事件ではあるのだが。


「キュアラ様っ! キュア、たっ、助け、本当にっ!」


 叫び、涙を流しながらも目を見開いて全力で抑え込もうとしている。いるのだろうが、その意志を裏切るように炎は勢いを増していき、そして母さんはニコニコしている。


「その…ね? マイは『剣の舞』で何もできなかったじゃない? だから、魔法のことだし、母さんに頼んでみたら───」


「こうなったってことか。」


 次の瞬間、どくん、とマイから放たれている魔力が波打ったのを感じた。


「マイちゃんそこまで! 解放して!」


「あぅあぅ〜…………キュアラ様〜…………」


「あらら、パニック起こしちゃってるわね。」


 そう言うと、拍動するように肥大を続ける火球に右手をかざした。


バシュッ!


 手を握る動作に合わせて、炎を一瞬にして消し去ってみせた。

 前にも母さんが同じように父さんのの魔法を消し去ったのを見せてくれた時教えてもらったのだが、消す対象の魔力が小さく魔法が単純なときは、更に大きな魔力で包み込むようにして押し潰し、対象の魔力が大きいときは、魔法使用者と魔法の間に自分の魔力で介入して解除するらしい。よっぽど魔力操作に長けていなければ不可能な芸当だ。


 どさっ、と何かが倒れる音がした。そちらに目を向けると、


「マイちゃん!?」


すぐに姉ちゃんが駆け寄っていった。 


「心配しなくても、気を失っているだけよ。魔力をギリギリまで消費したのと、緊張が一気に解けたせいでしょうね。」


 気を失っている()()って……。母さんかなりスパルタでは? それに魔力をギリギリまでって、さっきの鼓動のような雰囲気は、あれ以上消費するとマイの体が危険だという事だったのだろうか。


「レイラに頼まれたから、とりあえずマイちゃんがどこまで自分の魔力を『自分のものに』できているか見たくてやってもらったんだけど、この子凄いわね。宝石が青いのも勿論だけれど、保有魔力も多いし、魔力の操作がとても上手だわ。───化けるわよ、この子は。」



 次の日から、俺と姉ちゃんは父さんの許可をもらってほぼ毎日のように『剣の舞』の予約を入れ、一週間ほど入り浸っていた。その間マイは母さんに鍛え上げられていたようで、最後の方こそ満身創痍ながらもリビングでくつろいでいたが、始めの数日のうちは俺達が家に帰るとマイが気絶しているという、ある種事件的な絵面が続いていた。


 『剣の舞』の担当はナツさんであることもユキさんであることもあったが、声から立ち居振る舞い、戦闘の腕や教え方の上手さまで、何一つ違いが見当たらなかった。本当は姉妹ではなくクローンか分身体なのではないかと本気で何度も疑う程に。


 攻撃面から防御面まで、ありとあらゆることを教えてもらい、そして実際に動いて体に叩き込んでいった。

 姉ちゃんに関しては、かなり早い段階で、大剣ではなくもう少し軽い武器の方が合うかもしれないと言われていたが、頑なに今の大剣を使い続けるといってきかなかった。後で理由を聞いてみたら、俺とお揃いだからだそうだ。そんなしょうもない事で…とツッコみたくもなるが、ここはデキる弟、黙っておく。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんなこんなで特段依頼も受けずに過ごすこと1週間とちょっと。大剣を扱う事は勿論、得物を使わない生身での訓練などかなりハードな毎日だったが、日を追うごとに慣れていき、体が重いという事も無くなっていった。

 むしろそれだけだった俺はまだいい方なのかもしれず、姉ちゃんはたまに帰ってきてから母さんに(マイほど苛酷なものではないが)魔法の指導をしてもらっていた。体力どうなっているんだって感じだ。


『それじゃあ、貼られている依頼読み上げていきますね。』


 耳につけた小型通信魔具からマイの声が伝わってくる。同じ声を聞いている俺と姉ちゃんは、家でゆったりだ。

 というのも、ナツさんとユキさんからも、かなり成長したと太鼓判を押され、何かしら依頼を受けて実力を試したいということになったのだ。すると、ギルドの建物にほど近い宿で寝泊まりしているマイが、パーティーを代表して依頼を受けに行くと言ってくれたのだ。


『壁の掃除、水槽の掃除、下水道の掃除、石畳の掃除……』


「マイ、悪いけど掃除以外で頼む。」


『はい、分かりました。えっと───巨大ネズミの駆除?』


 自分の口角が上がっていくのを感じる。


「それでいこう。」


『あっ、ネズミの発生地とさっき言った下水道の掃除の場所、ほぼ同じですよ! 確か重複受諾ってできましたよね?』


「そうね。じゃあ両方受けちゃいましょう。どうせ同じ場所に行くなら、一気にやっちゃった方が楽だもの。」


『分かりました。ではこの2つを受けておきますね。』


「うん、ありがとう、マイちゃん。」


 ということで俺達はヴィルセイアの下水道へと向かう事になったわけだが、下水道など臭いのキツさは相当だろうし、そろそろ昼時なので、マイも家に呼んで早めの昼食を食べてから出る事にした。



 依頼を受けた時にギルドから発行された証明書を役所で見せて、下水道へと繋がる蓋を開けてもらう。日光がちょうど真上から降り注ぎ、地下へ降りていく長い梯子と、殺風景で薄暗い下水道を照らす。


 地下はとにかく広く、真ん中の溝を水が流れ、その両側に幅2mほどの通路。全体としては筒状になっている。直線的な構造と薄暗さが相まって、永遠に終わらないような錯覚に陥る。点々と灯りはあるが、その規則性がかえって不気味さと謎の焦燥を駆り立てる。


 装備は役所から貸し出されたブラシと洗剤、魔法が組み込まれているおかげで水を生み出し続けるバケツ、そしてネズミ退治用の自分の武器だ。


 掃除は、例えば普通に建物の外壁の掃除などであれば、終わったあと依頼主が確認すれば良いのだが、この場においてはそうもいかない。その為、依頼達成の確認をする魔具がギルドから支給された。

 4つで1セットになっている手のひらサイズのブロックであり、掃除をする範囲の四隅に置くと、その範囲の汚れ具合を判定、掃除の要不要を判断し、汚れが十分に落とされたと判定されれば終了、広さと汚れ具合が記録されるというものだ。いや優秀だな。


 ということで俺達の指針は、掃除をしながら移動を続け、巨大ネズミが出れば駆除するというものになった。


 通路は3人で横に並ぶとぴったりぐらいなので、マイのおっちょこちょいが発動する危険性も考えて一列だ。下水道とか落ちたくないし。


「ここら辺で良いかしら。」


 入った場所から少し進んだところで先頭の姉ちゃんが立ち止まった。声がよく響く。

 奥まったせいか臭いが強く、通路の角にはドロドロした汚れが見て取れる。


 魔具を少し離れた場所と、水路を飛び越えて反対側にも置いていく。壁ギリギリから助走をつけてなんとか飛び越えられたが、かなり危なかったな。


 水とブラシを使ってこびりついている謎の粘り気物体を剥がし、洗剤を使って再度こすって綺麗にしていき、最後に水を流して終わりだ。使った水はそのまま下水路に落とせばいい。


「ふぅ、あらかた終わったかな。」


「見た限りだと綺麗ね。でも……」


 四隅のブロックは設置と共に赤く光り、青くなれば終了と判定されるらしいのだが、俺達の視線の先のブロックは依然として赤いままだ。


「もしかして…壁とか上の方が駄目って言われているんですかね?」


 あー、そうかもしれない。ただ、壁の低い位置ならまだしも、上の方は脚立でもない限り届きそうもない。なかなか厳しい依頼だったかもしれないぞこれは。


「試しに、軽くやってみますね。少し離れていてください。」


 持って来ていた長杖を手に取りながらマイが言う。軽くやる、と言われても何をするのかといったところだが、姉ちゃんも俺も大人しくマイの後ろに下がる。


「ふぅ───水流砲(ブロセル)!」


 青い宝石が下水道の中で美しく光る。すると次の瞬間、かなり威力のある水流が噴射された。杖を回していくことで壁の高い位置から暗くてほとんど見えない天井まで全体を通っていく。


 ぱたた、と天井からは水が垂れ落ち、壁からは黒い汚れを含んだ水が流れてくる。


「おー、これはこれは。かなり汚かったんだね。ありがとう、マイちゃん。」


「いえいえ、魔法は得意分野ですから! キュアラ様に鍛えられましたし…………。」


 一瞬マイが遠い目をしたのには触れないでおこう。何はともあれ、汚れを落とすことが出来た。あとはこの通路に溜まってしまった分を水路に放り込み、再度綺麗な水を流す。


ポーン


 ブロックが青い光に変わった。これでこの区間は完了という事だ。


「凄いなマイ、今回はお手柄だったな。もしかしてだけど、あれで掃除全部行けちゃったりするか?」


「いや、少し水圧に不安があるので、こびりついている汚れはブラシでこすらないといけないと思います。でも、そこからは一気にできそうですね。最初は少し操作や威力に不安があったのですが……。」


「そうか。でもこの依頼で魔法は凄く助かるな。マイが仲間にいてよかった。」


「ちょっとソラ? 私も一応魔法得意なんだけど?」


「いや姉ちゃんのはどっちかっていうと特殊工学系だろ? それか簡単な攻撃か。」


「うっ、まぁそうだけど……。」


 久し振りに姉ちゃんを言い負かしたところで、四隅の魔具を回収して次の場所へと移動する。すぐ隣をやってもよかったのだが、もう少し奥まったところの方が他の冒険者がやらないせいで汚れも酷く、ネズミの出現確率も上がるだろうということで、適当な位置まで歩く。


 次の場所でも同じようにブラシと、今度はマイの魔法で一気に終わらせた。床にも水流を噴き付けて、そして反対側の通路にも水流を、と水流の向きを変えた際に、水路の水面とぶつかり激しく水が跳ねてしまい、幸い俺達にはかからなかったが周りの通路が余計に汚くなってしまったので、同じことが起きないよう、壁と天井以外は手でやることにした。


 特に変化もなく、次の場所でも、その次の場所でも続けていき、途中からは魔具だけ移動させながら順番になめていった。


「あれ? ここ、合流してるわね。」


 順調に進んでいたところに、Yの字型に向かってきた方向へと違う通路が伸びていた。このまま道なりにまっすぐ進むか、それともこちらに曲がるか。


───ィャァァァァ


「ん? 誰か何か言ったか?」


───イヤアアアアアア!!


「悲鳴!? こっちの通路からよ!」


 姉ちゃんが叫んだ。奥を覗き込んでみると、薄暗い明かりの中で動く影が見えた。

 物凄いスピードで近付いてきたその影は、人間だった。作業着のようなつなぎを着た女性が通路を走ってこちらに向かってくる。そしてこちらに向かってくるのは女性だけではなく。


───kyy!kyy!


 空中をせわしなく飛ぶ黒い塊。


「あっ! 人! すいません助けてください! もしくは逃げてください!」


 鳴き声が増幅し気味の悪い音を立てる。バサバサと羽音が聞こえてくる。


「大丈夫ですか? 私たちの後ろに!」


 今にも転びそうにりながら息も絶え絶えに走ってきた女性とすれ違い、俺と姉ちゃんが大剣を構える。


「デカいコウモリか?」


 翼を広げると2mはあるかという巨大なコウモリが飛んでいた。ただのコウモリなら、確かに不気味ではあるが、魔法でも放てば倒せるか逃げるかしてくれるだろう。しかしそんな楽観的な俺の思考が伝わったかのように、女性がまだ息の整っていない声でなんとか伝えようとしてくる。


「それ、はメル、メルメです。魔物ですっ!」


 おー、マジか。魔物か。メルメ、魔物学の教科書に載っていたっけ。洞窟などに生息するコウモリ型の魔物で、普段は動かず、刺激しない限りは大人しい。ただし狩りの際は別であり、その鋭い牙で中型~大型の生物を仕留めて内臓を食べる。人間も襲われることがあるので注意が必要……だったか。


 で、今その記述通り襲われていると……。さてと、どう倒すか。正直大剣では空中の敵に対処できない。とりあえず何もせず待っていて、獲物を狩ろうと向こうから近付いてきたところに攻撃を加えて一撃で決める、といったところか?


「私に任せてください。」


 すっ、とマイが前に出てきた。いや、そこまで自信満々かつ落ち着いた雰囲気出されると逆に不安になるんですけど。

 長杖を構える。延長線上にはメルメ。甲高い鳴き声とともに、鋭い牙をちらつかせて突っ込んできた。慌てた様子はない。


突風域(ユート)! 炎達磨(フォイエント)!」


 メルメに向けて放たれた突風が俺達との距離を一瞬で引き離し、下から吹き上げられる形になった為体勢を立て直しきれていないメルメに無数の小さく圧縮された火の弾が飛んでいく。そして、対象を弾が取り囲み、爆発するようにして互いに繋がり、一つの巨大な火の玉となって内部を焼き尽くす。


 炎が収まると、黒焦げになったメルメが通路に落ちて来た。まさか本当に、しかもこんなに素早く、マイ一人で対応してしまうとは。冷静沈着で、いつものおっちょこちょいも発動せず。本当にマイかと疑いたくもなるほどだが、母さんに一週間近く絞られていたのだ、どんな内容の特訓だったのかは知らないが、大きくレベルアップしていることは間違いなさそうだ。


 一応熱探知(ライフサーチ)で周囲に群れがいないかだけ確認してもらい、予定外の魔物襲来は一件落着ということになった。


 襲われていた女性は俺達と同じ冒険者で掃除の依頼を受けていたのだが、その途中で下水道の中に居たあいつに遭遇したという。普段は食糧品店の店員さんで、仕事が休みの日に冒険者として小遣いを稼いでいたようで、戦闘力が皆無だという。俺達に出会わなければ、先に体力が尽きて狩られていただろう。


「命を助けて頂き、本当に、ありがとうございました。」


「こっち真っすぐ行くと、出口ですから。」


「はい。ありがとうございます。」


 俺達が入ってきたところとは違う場所から下水道に降りて来たらしいが、今メルメに襲われて、下水道に居るのが怖くなってしまったうえ同じ方向に戻ることも躊躇われたので一番近い出口に向かうという。


「あの、最後に、すみません。下水道の中で、巨大ネズミとか見ませんでしたか?」


 俺達がまだ行っていない方向から来たので、一応聞いてみる。


「ネズミ、ですか。見てはいないですけれど、さっきあっちの方で、ネズミの鳴き声のような音は聞こえました。かなり分岐が多く、入り組んでいるので、直接は確認できませんでしたが……。」


「いえ、情報ありがとうございます。」


 他の冒険者と邂逅するのは依頼中は初めて……あの赤髪の少女は冒険者、なのだろうか。

 教えてくれた方向、女性が来た通路を歩いて行く。

 小さなネズミの鳴き声を聞き逃さないように、そしてなにより、ネズミが驚いて逃げないように、声は勿論足音も限界まで音を出さずに歩いていく。


 掃除はかなりやったので、ここからはネズミに集中しようという事になった訳だが、こちらの方が明らかに通路から壁から汚い。掃除をしたい衝動に駆られつつも、これだけ汚いのであればその分ネズミもいる可能性も高いだろうことを考えると、大きな音は出せない。


『これで喋れば囁きでも聞こえるわよね。』


 姉ちゃんが通信魔具を起動させた。なるほど、確かに直接耳の側の魔具から声が出れば、どれだけ小さく声を出してもたいていは聞こえるな。


『凄く居そうだけど、やっぱり一度熱探知(ライフサーチ)で探したほうがいいんじゃないかしら。』


『でも、やはり音は出てしまいますよ?』


カサコソコソ


『地道に探すしかないんじゃないか?』


カサカサ


『マイちゃん、音声遮断魔法とかは……』


『そ、そんな難しい魔法できませんよ〜……』


カサコソカサ


『しっ! 何かいる。気配を感じる。』


コソコソッ

カサコソ

カサカサカサ


 確実にいる。今回はクマの時とは違い、ちゃんと気配を感じとれた。あとは、正確な場所がわからない事と、素早く仕留める必要があるという事だ。さて、どこから現れるか。

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