ep10.初陣に燻る
3日経過、安静期間終了! さて、ようやく体を動かせる。姉ちゃんの監視付きでずっと家に居させられたからな。
「ソラ、そんなに急がなくてもいいじゃない。」
「いいや、俺はとにかく早く依頼を受けに行きたいんだ!」
朝食をつめ込みながら、視界の端に常に剣を写している。父さんがいれば怒られそうだが、ここ最近は毎晩のように遅くまで例の神託について調べ、昼前に起きてくるので朝食の席にはいない。
「ごちそうさま! それじゃ母さん、いってくる!」
「あっ、ちょっとソラ!」
鞘に仕舞った大剣を掴み、勢いのまま飛び出してギルドに向かう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ピピッ
『もしもしソラ? 今どこよ。』
「へぇ。こ、こんな感じなのか。」
零番街を抜け、ギルドの建物が見えてきた頃、耳に付けた通信魔具に着信の通知がきた。指で軽く押すと音声が繋がり、姉ちゃんの声が聞こえてきた。すぐ真横で話しているかのような錯覚に陥るほど鮮明だ。
『依頼は何受けても良いけど、ギルドで待ってなさいよ? マイちゃんも呼ぶから。』
「はいはい。分かってるよ。」
通信が切れる。一人で勝手に行く事もできるが、何かの拍子でゴウラさんにでも伝わったら大変なことになりそうなので、大人しく3人パーティーで動かざるを得ない。
依頼板の中で☆1の依頼を順番に見ていく。掃除、薬草、探し物、掃除、工事の手伝い……。やはり等級が低いからかつまらない依頼が多い。
☆1の中でも難易度が高いものだと、害獣駆除ぐらいならあるはずなんだけど───
「っこれだ!」
何重にも上から紙が貼られて隠れていた一枚の依頼を受付に持って行き、等級証の提示と、固定パーティーでの受注を伝える。
少しすると姉ちゃんがギルドに、更に少しすると急いだ様子でマイがやってきた。二人ともちゃんと武器を持って来ている。
「もう受注しておいたから早速行こう。」
「いやせめて何を受けたのか教えなさいよ。」
《等級》☆
《達成条件》フォーリ森林におけるクマの駆除。爪3個により認定
《難易度》高
《報酬》1匹につき銀貨20枚
《依頼主》ギルド
「クっ、クマですか…クマ、☆1なんですね……。」
不安そうな2人を差し置いて、フォーリ森林、マルラソウの採取にも向かった南の森へと意気揚々と歩を進める。難易度設定も高いとされており、仮に3人パーティーでなければ受付の人に止められていただろう。案外パーティーを組んでいるのも悪い事ばかりでは無さそうだ。
クマ、と聞いて乗り気でないのは恐らく危険だと思っているからだろう。ただし俺に言わせてみれば2mそこらの動物など戦って負ける相手ではない。5匹ぐらいに囲まれでもしない限り、死さんは足音を近付けてくるどころか二歩目で転ぶだろう。……フラグじゃないよ?
「街に近い方は野生動物がいる感じじゃないよな。深いところまで入らないと。」
「そうね、でもどうやって探せばいいのかしら。私生物学なんてやってないし。」
「俺だってやってねぇよ。適当に足跡とか探せばいいんじゃないか?」
ここまできてそれなりに重要なミスに気付いた。なんとなく森の深い方に居そう、ぐらいしかクマの居所が分からない。フォーリ森林はかなり広いので、さすがに何のあてもなく彷徨っていても遭遇する確率は低いだろう。駆除と言うぐらいだから、森を通る人に被害が出る程度には数がいると思うが。
「あ、あの、私探知魔法使いましょうか?」
「えっ!? マイ、探知魔法が使えるの!?」
魔法学を専攻していた姉ちゃんの驚きようは凄まじい。それもそのはず、探知魔法と呼ばれる魔法は全て、難易度の高い【風】属性なのだから。
「ちょっと待っててください。───熱探知。」
長杖の石突を地面に添えたマイが魔法を発動すると、青い宝石が光り、魔力が波となって広がっていくのが分かった。
美しく輝く宝石を見ていると、ふと、ミクさんの事を、いや、かつて勇者パーティーとして戦っていたミクの姿が目に浮かんできた。自分の死の直前の記憶であり、下等生物と見下していた存在であるのに、どうしようもない懐かしさと温かさを感じるのは何故だろうか。
「大きな生物を見つけました。こっちですキャァッ!」
ずしゃっ
「マイちゃん!?」
一歩目からマイが木の根に引っ掛かって転んだ。宝石の光りが収まり、ゆっくりと閉じていた瞳を開いたあたりまでは気品があったんだけどなぁ……。ただ、クマと思われる熱源は見逃さず、その方向に向かって真っすぐに
「キャッ!」
「だ、大丈夫? マイちゃん。」
低い斜面に足を掛けた途端に後ろ向きに倒れてしまった。後ろにいた姉ちゃんが受け止める。
この前も思ったけど、もしかしてマイって……
「大丈夫です、ありがとうございます。さ、さぁ、行きましょう!」
当然舗装されている道とは離れており、森の深くに入れば入るほど足場の悪さにも拍車がかかっていく。マイは出発直後の2回に加えて更に2回転んだので、今は姉ちゃんが手を繋いでいる。
追跡する相手も動くので時にはグルグルと回ったりしながら、マイの案内で進んでいく。ここまでに俺達の前に現れた生物は、ウサギが一匹通り過ぎただけだ。しかしいつまで経っても出会わないなどということはなく。
「近いです。気を付けてください。」
木の影から前方を見やると、のし、とクマが座り込んでいた。木の実を持ち、どうやら食事中のようだ。普通に動くときはバタついているし自分でもおっちょこちょいと言う程だが、それでも他人より才のある神魅光所属の聖職者だ。魔法に関してはさすがと言うしかない。
「後ろに回り込んだほうが倒しやすいですかね。」
そう言ったマイが足を動かす。姉ちゃんの手は、外れている。
「ぁ───」
どてっ
「「あ。」」
一番やってはいけない時にやらかしてしまったマイが、食事中のクマの目の前に転がり出る。
目を合わさないで、大声を出さないで、なるべく刺激せず、どうにかしてマイを救出すれば襲われる事は───
───GaaaAA!!!
「駄目そう! 姉ちゃん!」
鞘から剣を引き抜き、クマと対峙する。恐怖で動けなくなっているマイを姉ちゃんが助けている間だけでも、絶対に俺より後ろに行かせてはならない。
必ずしも喰おうとしているとは限らないが、食事を邪魔されたのだ、襲われないという事はない。巨体がじりじりと近付いてくる。
「さてと、同学年の人間の中では一番強かったけど、どうかな。」
全身に魔力を流し込み、身体能力を高める。これは昔から少し苦手なのだが、武器、剣にも魔力を流して強化する。手に握る柄から刃、先端までが自分の体のイメージ。神経を研ぎ澄まし、集中する。不安も恐怖も何もない。落ち着きだけ。相手は所詮クマ、俺は魔王だ。
「ふっ、」
先手必勝、一歩踏み込んで左肩を狙う。大剣というものは斬ることより叩き切ることを前提に作られている。とにかく攻撃を当てられる時に力一杯振り抜く!
ぐしゃっ
堅い筋肉の反発と、骨の砕ける感覚。……久し振りだ。
普通の新米冒険者がこういう状況になると、恐らく大抵はこの手に伝わってくる感触にひどく気持ち悪さを覚えるだろう。一度経験して嫌になり、生物と戦う事を拒むようになってしまう者もいるかもしれない。だが俺にとっては、むしろ、記憶を呼び起こし感情が昂る餌だ。
どしゅっ
剣を戻し、一度頭上に持ってくることで勢いをつけ、反対側から攻撃。顔に命中する。
人間同士さぁ戦いましょうと示し合わせたうえならば始まりも分かるが、野生動物相手ならば向こうから攻撃してきていない限りは、仮に面と面を合わせていたとしても人間からの全ての攻撃が奇襲と化す。
「おっと。」
高い位置で振り抜いたせいか、重さに耐え切れず左足が浮いてしまった。が、いきなりの衝撃とかなりの深手にクマも動きなし。左足の踏み込みと共に真上から大剣を振り下ろす。
倒れて動かなくなってはいるが、念のため切っ先から差し込んで脳を潰す。
「あぅぅ、ごめんなさい……」
「マイちゃんが無事でよかったわ。ありがとね、ソラ。」
「全然問題なかったな。だからマイ、怯える事無いぞ。」
「は、はい、ありがとうございます……」
さてと、次は、爪を取れば良いのか。さすがにこの巨体を運ぶことは不可能に近いので、倒したと認めるための小さいモノだけをギルドに持ち帰る。今回でいえば爪と設定されている。
ナイフで指ごと切り取っていく。こちらも直に生命の感触が伝わってくるうえ、戦闘中のような興奮や勢いがないので更に気持ちが悪い。姉ちゃんは苦虫を嚙み潰し続けているかのような表情で、なんとかやっている。マイはそもそも固い皮に刃を入れ込む力が無かったので待機だが。
恐らく素材として売れるだろうということで、3つと言わず前脚からと後脚から全てを取り、牙も取っていく。牙に関しては感触というより、俺ですらにおいと見た目がきつかった。恐らく革も剥げば売れるのだろうが、そんな技量はないので断念する。そもそもは駆除が目当てだ。
最後に取ったものとナイフを洗浄という魔法で綺麗にし、姉ちゃんが持って来ていた少し大きめの革袋に入れる。
「ふぅ、ようやく終わった。倒してからの方が大変だったな。」
「何もお役に立てず申し訳ありません……。」
「マイちゃんのお陰でクマのいる場所が分かったのよ。大活躍じゃないの。」
「そうだな。それじゃ、マイ、次を探してくれるか?」
さすがに1匹だけで帰るというわけにもいかない。爪は20個あるが、これで『5匹です!』とか言ったところで鑑定とかされてバレてアウトだ。そのあたりは正直に行くべきだと思う。
マイが再度熱探知を発動、宝石が光る。
「こ、この、反応は……っ!」
と、すぐに光が収まり、代わりにマイの顔がみるみるうちに青褪めていった。
───GAww!GAww!
───grrrrGaAA!!
───Gaarrvv!
「か、か、囲まれています!」
気が付くと、木々の間と言う間から焦茶色の巨体が見え隠れしていた。5、6、いや、10匹はいるかもしれない。クソ、解体に集中しすぎて気配を感じ取れなかった。
お互いに背中を合わせ、全方位を見やる。全身にもう一度喝を入れ、戦闘態勢に入る。
「これはちょっと、ヤバいかもしれないわね。」
「主よ我らをお救い下さい、主よ我らをお救い下さい、主よ……」
「マイ!? 魔法で援護してくれよ!?」
さっき倒したやつの仲間だろうか? それとも、臭いに集まってきたのか? クマの嗅覚は人間の2000倍とかいう話も聞いたことあるし……というかそれどころじゃない。フラグじゃないって言ったのに!
「やるしかなさそうね。」
「姉ちゃん、助けられないけど大丈夫?」
「あのねソラ、あんまり私の事ナメない方が良いわよ。」
ずん、と森が揺れるような感覚がして、クマ達が一斉にその姿を現した。12匹か。
鼓動が速まっているのを感じる。瞳孔が開き、意識が研ぎ澄まされる。
カチャリ。姉ちゃんの大剣が音を立てると、同時に2匹、俺と姉ちゃんに走って突っ込んできた。さして距離が開いていたわけでもないのに、一歩目から大きく加速してくるクマの姿は、大岩が転がってきたかのような錯覚を生み出すほどに圧迫感がある。
「うおりゃっ!」
ぶぅん
一旦大剣を振り回して距離を取らせようと試みるも、急ブレーキをかけたクマはそのまま2本脚で立ちあがり、鋭い爪と凄まじい破壊力を持った前脚が振り下ろされる。
「ぐ、うぅぅっ……!」
なんとか剣に両手を添えることで受けきれたが、腰と膝にかなりの衝撃が来た。やはりクマとの戦いは攻撃は最大の防御が真理かもしれない。後手に回ればタイマンでもジリ貧は確実だから、な!
「火炎! 火炎!」
一度目の突進を、大剣の切っ先を真っすぐクマに向けることによって凌いだ姉ちゃんの魔法が、自分の方と、振り返って俺の方へ飛んで行く。炎の塊は見事2匹の顔面に命中し───
───bugrrrr
「効いてない!?」
少し怯んだような様子は見せたものの、ダメージは与えられなかったようだ。【火】属性低位の簡易魔法ではあるが、魔法技術では母さんにも引けを取らないあのレイラ・ドラスターの魔法を意に介さないとは。焦って発動したせいで力が入っていなかったのか?
ただこちらにも撃ってくれたのはかなり有難い。立ち上がったまま動きが止まり、丸見えの腹を下から切り上げる。そのまま刺突を喉元に差し込む。
「重っいな!」
両腕に一気に魔力を流し込み、勢いのまま巨体を弾き飛ばす。奥の木に背中から激突したクマは動かなくなった。
一方で姉ちゃんは、俺よりも少し軽い大剣で攻撃を受け流すことが出来ているものの、大きく振りかぶる時間を貰えないので硬い皮に阻まれている。
「しゃがんで!」
今度は両足に魔力を流し込み、曲げた膝を一気に伸ばして跳躍。姉ちゃんを跳び越え、対峙するクマの首元に刃を叩きつけ……
ッッキィン!
もう一匹が正面から突っ込んできた。空中の俺を狙い、スピードに乗ってジャンプ、牙が光る。
空中では躱すこともできず、攻撃から一転、防御に回させられる。
「キャァッッ!」
低い体制だったのが功を奏し、頭を抱えた姉ちゃんは頭上を暴力が通り過ぎる恐怖に瞬間耐えるだけで済んだ。
一方俺は大剣をクマの口に合わせて肉を食い千切られる事だけは避けるも、他のクマが待機しているど真ん中まで吹き飛ばされる事となった。
真横では、先程倒した奴が口と喉元から赤黒い血を垂れ流している。
「ソラ、ッこの!」
姉ちゃんも気が抜ける状態ではなく、目の前にいた奴からの攻撃を浴びせ続けられる。さっきこいつさえ突っ込んでこなければもう一匹倒せたのになぁ。
全身が痛むが大きな怪我はしていなさそうだ。立ち上がり、少し抜けていた魔力を再度全身に流す。
「さて、とりあえずどうやって切り抜けるかだけど……」
───GOGAAaa!!
3匹が同時に腕を振り上げ、鋭い爪が獲物を狙う。
「チッ」
どれかを受け止めたりしていては確実に殺される。近づいてきたうちの1匹の懐に滑り込み、大剣は杖代わりにして素早く立ち上がる。目の前に牙。
ばきっ!
片足を体の下から抜き、重力に任せて上半身を落下させる。昔アルに教えてもらった武術の技で、自力で動かすよりも速いのだ。地面に到達する前に体をねじり、反対側に抜いた足で踏み込み、ねじった体を戻すことで大剣を振る。
顎を真横から叩き斬り、粉砕する。よろめき、そのまま倒れた。
「はぁ、はぁ、っく……」
後ろから別の奴に背中を裂かれそうになり、横に飛び込んでギリギリで回避。魔力にも意識を割き続けているせいで疲れてきた。
更に後ろを警戒、と音もなく死角から爪が迫り───
「硬土壁!」
地面からせり上がってきた土の壁が、攻撃を防いだ。
「っ……! ありがとうマイ!」
「まだ来ますよ! 硬土壁! 泥弾!」
もう一枚壁が現れ、他のクマと俺の間を遮る。更に泥の塊がいくつも飛んできて、クマの目に命中、視界を奪ってい……
「わぷっ!?」
「あぁっ! ごめんなさいソラさん!」
俺の視界も遮られた。
やばいってやばいって。急いで顔の泥を払おうとするがこれがなかなか取れない。この間に何かされても何も見えないのでどうにも対処できない。が、どうやら俺は攻撃されていないようで、クマ達のターゲットは一気に……
「こっ、こっち来ないでくださいっ! ブ、水流砲!」
「うわぁーっ!?」
「す、すいません手元が狂ってっ!」
今度は水流に吹き飛ばされ、木に衝突して止まる。……まぁ顔の泥は取れたけど。
魔法を見て危険と判断されたのか、マイの目の前に視界の奪われていないクマが迫る。木に打ち付けられた背中が痛み走り出せない。立ち上がり、今にも爪が振り下ろされ───
───GYAAAA!?
「……ふぇ?」
マイの目の前にいた奴が、唐突に燃え始める。
炎に苦しむ絶叫が頭の中に響いて気持ち悪い。が、すぐに倒れて動かなくなった。
「これ……」
目を凝らすと、未だ燃えているクマの眉間に、炎の中で灰にならず突き刺さっている矢が見えた。
と、次々に残っているクマが倒れていき、一瞬にして12匹いたクマは2頭を除き丸焦げになった。悲鳴が耳に焼き付き、黒くなった塊は異臭を放っているが、助かったことは事実だ。一体何者の仕業なのか───
「あんた達、ヴィルセイアの冒険者?」
木の上から声が落ちて来た。真上を見上げると、人間が枝の上に立っていた。クソ、また気配を感じ取れなかったっ!
赤い髪をポニーテールに結った、紅眼の…少女? 唯一特徴的なのは、口元を薄赤のストールで覆っていることだ。装備と言う装備も無く、ただ矢筒を背負っているだけ。何故か弓も見当たらない。キュッと腰に手を当てながら、いやに見下すような態度だ。
「そこの男、魔力の扱いが下手。無駄な魔力消費が多い。あれじゃ長い時間戦えない。そこの魔法使い、論外。それと…ていうか勇者じゃないの。かの勇者様がお粗末なものね。森の深くまで入りすぎ、自分達の力に見合った行動をしなさい。それじゃ。」
それだけ一方的に言い捨てて、少女は枝の上を跳んでどこかへ消えてしまった。
いやに上から目線で無愛想な感じだな。しかも初対面であの口調とは。姉ちゃんを勇者だと気づいたうえで『お粗末』と言い切りやがった。誰だアイツは。
凄く嫌味な奴だったが、その戦闘力は認めざるを得ないものがあった。クマを一瞬で倒す火力に、あれだけ正確かつ高速な弓術。いや弓は一見したところ持っていなかったあたりがさらに謎なのだが。
「私、魔法使いじゃなくて聖職者ですよ……。」
マイの呟きも、辺りに残る熱気の中に消えていく他なかった。