旧友
「それで、なんでメントにいるんだ。」
バーテン姿に着替えたギルニクス・ベルンはカウンターに座るアリス・クロウリーに尋ねる。その後ろの方では、3人の冒険者が二人の話し声がギリギリ届くか届かないかくらいの場所にあるテーブルにつき、険しい顔でこちらを睨みつけている。
(なんつぅか、こえぇ…)
街でアリス・クロウリーと遭遇した後、こんな所では何だからとギルニクスの働く酒場「英雄」に場所を移した。
そのせいで目当ての酒を手に入れられないままなのだが。
「せっかくの再開なのにいきなり本題なんて無粋だと思わないの。」
不満そうな物言いをするアリス。アリスと再会するのは数年ぶりなのだから彼女のいうことは一理ある。
―アリス・クロウリー
彼女はかつてギルニクスと共に冒険をしていた魔法使いの冒険者。
端正な顔立ち、女性にしては身長も高い。金にも劣らぬブロンドの髪の毛、サファイアのような碧眼ということもあり、別の冒険者チームからは「女神」なんてあだ名で呼ばれていた。
その割に中身は辛辣だったりするが、今となってはそんなところすら懐かしい。
「それもそうだな。何か飲むか。」
「水をお願いするわ。」
「後ろの3人も何か飲むか。」
少し声のボリュームを上げ、後ろに座る3人にも尋ねる。
(アリスだけに飲み物を出すと余計反感を買いそうだからな。)
すると、3人の顔つきは曇りがかった険しいものから晴天のような朗らかなものに一変する。
「僕はカルピスお願いします。」
「コーラキボンヌwww」
「拙者は温かい茶を貰おう。」
(こいつら単純すぎるだろ…)
どうあれ大事な客なので最低限の接客を心がけ、飲み物を彼ら、そして、アリスの順に出す。
その姿を見て妙に感心したようにアリスは言う。
「あなた今こんなことしているのね。」
「まぁな。結構似合うだろう。」
「勇者よりは向いているのかもしれないわね。」
「相変わらずだな。」
憎まれ口もこの間柄なら心地がいい。懐かしさも相まって余計に新鮮だった。
思い出に浸っているとカランコロンと音を立て扉が開く。その扉から栗色の髪の毛が覗き込む。
「お疲れ様です…ってこの時間にお客さんがいるじゃないですか。しかも昨日の『転移者』様達までいるじゃないですか。」
ルーナ・フラフワン。この店唯一のバイトだ。
どうやらこの時間帯に人がいることに驚いているらしい。失礼な。
(あぁ。あの3人組って昨日の奴らか。道理で見たことあると思ったんだよな。)
「あの子は誰なのかしら。」
少し怪訝そうにこちらを見つめるアリス。まぁ、どう見ても客って感じでは無いからな。
「あいつはここのバイトのルーナだ。」
3人組に挨拶を済ませたルーナは自分が呼ばれたと思ったのかトテトテとこちらに来て自己紹介をする。
「はじめまして。ここで働かせていただいてるルーナ・フラフワンです。よろしくお願いします。」
ペコリと挨拶をする女の子。果たして真面目で礼儀正しいこの子は誰なんだろうか。
俺の知ってるルーナさんは「働かせてもらってる」ってよりは「働いてやってる」とか言いそう。まぁ、こいつは客前だと真面目だからな。
「私はアリス・クロウリーよ、よろしく。ギルニクスとは…そうね、私たちってどんな関係と言えるのかしら。」
「えっ、なんか複雑な関係なんですか、マスター。」
「ちげぇよ。アリスも紛らわしい言い方すんな。あれだよあれ…」
続く言葉が見つからない。言われてみればなんといえばいいのだろうか。冒険者の頃であれば「仲間」や「友」と言えるが、今の俺たちは…
「…旧友だよ。」
「まぁ、妥当じゃ無いかしら。」
「はへぇ〜。」
賛同するアリスと謎の感嘆を漏らすルーナ。なんとなく居心地の悪さを感じ、話をすげ替えるため適当な話題を切り出す。
「そいや、アリスは今何をやっるんだ。」
それはですねぇ、と後ろの3人組が身を乗り出してくる。どうやら聞き耳を立てていたらしい。
「アリスさんは我々冒険者チーム『三騎士と姫』の一員なんです。」
「「『三騎士と姫』??」」
ルーナとハモる。『三騎士と姫』、後ろの3人が騎士にあたるのだろう。ということは、ということは…
「こ、こいつが姫ってことか。」
なんとか笑いを必死にこらえる。気を抜けばすぐにでも吹いてしまいそうだ。
ちなみにルーナに関してはすでに少し吹いている。本性出てますよ、ルーナさん。
アリスはアリスで冷静さを装っているつもりなのかもしれないが、顔はリンゴのように真っ赤になっている。こういうアリスは珍しい。
「左様。彼女こそ我々が命を賭してでもお守りすべき主人。」
「主人ではなく姫と言っておるだろう、葡途子氏。」
「貴様もその不快な喋り方をやめろと何ども忠告したはずだ、荒御子。」
「まあまあお二人とも落ち着いて、アリスさんのご友人の前ですよ。」
「出たwww相変わらずいい子ちゃんですな、後雛殿は。」
「茶化すのはやめてください。ギルニクスさんを追いかける時1人だけバテちゃったくせに。」
「な、なぬ。後雛殿だって役に立ってはいないではないか。」
「まさにその通り。拙者の忍法「影縫い」のおかげであるのだからな。」
未だ羞恥心に悶えているアリスをよそに3人で揉め始める。その様子を見たルーナは、昨日の雰囲気と全然違う…と3人のやり取りに完全に引いたご様子。
ここは、アリスに助力を求めた方がいいかもしれない。
「なあ、あの3人止めた方がいんじゃないのか、おひめさ…「穿つ閃光の刃」
ギルニクスが言い終える前に複数の鋭利な光の結晶が放たれる。ギルニクスやルーナには当たってはいないが、後ろからはガシャンガシャン、と複数の破損音が聞こえてくる。
恐る恐る後ろを振り向く。
「やりすぎだろ…」
誰に言うでもなく声が漏れた。
目に映るのはまさに地獄絵図。
カウンターの内側の棚に置いてあった酒瓶はことごとく破損し、ガラス片や酒瓶の中身が辺り一面に散らばっている。壁にも所々大きな穴が空いていた。
ルーナに関しては尻餅をついてあわあわしている。眼福眼福。
「あらあら、何か言ったかしら」
振り返ると眩しいくらいの笑顔をしたアリス。それに対して引きつった笑顔でしか返せない。
「いや、別に。」
とりあえず未だトリップしたままのルーナの頬を「帰ってこーい」と言いながらペチペチ叩く。
ハッとしたルーナは何かを決意した顔つきになる。おそらく二度とアリスを馬鹿にするまいと心に誓ったのだろう。
後ろの三人組はこういったことに慣れているのか、あーあまたやってるとか言ってやがる。
気持ちを切り替えるため咳払いをし、少し真面目なトーンで話を切り出す。
「それで、そろそろ本題に入ってもいんじゃないか。」
いつになく真剣ですね。と茶々を入れるこの栗娘は無視だ。
「それもそうね。」
アリスも真剣な表情を浮かべる。
やはり、ただ懐かしくなって会いに来たと言うわけでもないらしい。
ルーナと三バカは空気を読みカウンターから一番遠いテーブルにつく。それを合図にアリスは話し始めた。
「私たち『三騎士と姫』は悪魔討伐の依頼でこの街に来ているの。」
「悪魔討伐ってまた高難易度なクエストだな。」
「今は昔ほど高難易度クエストではないの。」
「そんなもんなのか。」
「ええ。ただし、今回は少し勝手が違うの。元冒険者を筆頭に組織された反転移者組織、「対天使討伐隊」って知ってるかしら。」
「いや、知らない。それがどうしたんだよ。」
「彼らが今回の敵、ということになっているわ。」
「元冒険者ってことは人間だろ。それが悪魔討伐と何の関係があるんだよ。」
「どういうわけか彼らは悪魔になる術を見つけたみたいよ。2週間ほど前にここから離れた場所にある冒険者の街「ギスニア」が襲われたの。そして次のターゲットが…」
アリスは人差し指を下に向けて指す。
「ここってわけか…。情報源は。」
「彼ら自身が次はメントだと公言したようよ。」
「だとするとハッタリの可能性もある訳か。」
「ええ。その可能性は否定できないわ。ただ…」
アリスが顔を下に向け口ごもる。言いにくい事のようだが、メントが狙われるのであれば聞かないわけにはいかない。
それに今までの話からはわざわざ俺に会いに来る理由が見当たらない。今の俺は無力に等しい。助力を求めるには役不足だ。
「ただ、なんだよ。」
少し強めな物言いになる。
観念したように一度ため息をこぼすと目を合わせアリスは言った。
「「対天使討伐隊」のリーダーは、元冒険者アベン・ルキフェル。私たちの元仲間よ。」