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日課

 日の出からまだあまり時間は経っていない。そんな早朝にギルニクスはメントから少し離れた森に足を運んでいた。


 これはギルニクスの日課の一つ。森には毎朝早朝に様々な用途で用いる木材を拾いに来ている。街で買ってもいいのだが出費を抑えるため、わざわざここまで来ているというわけだ。

 それに目的は木材拾いだけではない。


 小鳥たちのさえずりが木々の間で反射する。万全の状態で聞けば心地良い音色と形容できるのだろうが、寝不足のギルニクスにとってはけたたましい騒音と相違ない。


 酒場の仕事が終わり、一睡もしていないギルニクスの目尻にはクマができており、人相の悪さにより一層拍車がかかっていた。


(寒っ)


 早朝特有の肌寒さを感じながらしばらく雑に整備された林道を進んでいくと、シュッシュッと何かが空気を切る音が聞こえてくる。


(おぉ、やってるやってる。)


 自然と小走りになり、音のする方へと駆け寄ると人工的に開かれたであろう子供数人が走り回って遊ぶにはちょうど良いくらいの広場がみえてきた。

 さらに近づくと人影がみえてくる。そこにはギルニクスと同い年くらいの青年が背を向け、剣の素振りを行なっている。


「朝から精が出るな、文也。」


 ニッとしながらその青年に声を掛けると、青年は剣を下ろし上半身だけこちらに向けて、挨拶をする。


「おはよ、ギル。」


 この黒髪短髪で幾度となく縫い直しのされた冒険者用の安物服を身につけている童顔の男。名前は伊藤 文也(いとうひみや)。正真正銘の"転移者"だ。


 ギルニクスとは1年前にこの場で知り合い、それ以降はこうして早朝に会うのがギルニクスのもう一つの日課となっている。


「よくこんな場所で鍛錬する気になるな。街の中でもいんじゃないか。」

「街の中だと目立つだろ。それに街で剣なんか振り回してたら嫌な人だっているかもしれないだろ。」

「別に誰も気にしないだろ。まぁいいか。」


 無意識のうちに、ため息混じりの声が出る。


 別に自分の意見に異を唱える文也に対してではない。文也(こいつ)はいい奴すぎる。現に町に住む人たちのことを考え、毎日ここまで鍛錬しにきているのだからある意味異常だ。そんな彼に対する何とも言えないもどかしさが、ため息となって出た。


 どちらからともなく近くの切り株に腰をかける。そこからは互いの仕事のことやらなんやら益体のない話をする。


「まだソロで活動してんのか。」

「知ってるだろ。俺はチームでの行動は苦手なんだよ。」

「人見知りだもんな。」

「……」

「俺の店に遊びにきた時なんかルーナと全然話せてなかったし。」

「や、やめろよ。ちょっと人付き合いが苦手なだけじゃないか。」


 顔を真っ赤にする文也とそれを見て笑うギルニクス。すると、何かを思い出したかのようにギルニクスが提案する。


「それで、今日も稽古手伝ったほうがいいか。」

「うーん、それじゃあお願いしようかな。」

「了解。」


 そう言うと、文也の右手に掴まれていた剣は砂山が風で飛ばされる時のように、姿を消した。


 そしてすぐに、理想と現実の境界(イデア・コピー)と小さく呟くと右手と左手に先ほど消えた剣とほとんど変わらぬ形の剣が生成される。


 普通であれば誰もが目を疑う光景だろうが、ギルニクスにとっては既に当たり前の事なので、そんなこと気にも留めずに自身の体を伸ばしている。


 文也は両手に現れた剣の内の一本をギルニクスに渡すと、ギルニクスの右腕にはズシリと剣の重みがのしかかる。それこそが、この剣が幻想などではない事を証明している。


(毎日握ってるのに懐かしさが抜けないな。)


 この剣を渡されるたび同じことを思ってしまう。それはまるで呪いだ。忘れようとしても、気にするまいとしても纏わりついてくる。懐かしき英雄譚はとうの昔に終焉を迎えたというのに。


 ギルニクスは気を紛らわすため、剣を構える。


「さて、始めるか。」

「お手柔らかにな。」


 ギルニクスから数メートル離れた場所で文也も剣を構えた。

 二人の体勢はほぼ同じ。当たり前といえば当たり前だ。文也に剣を仕込んでいるのはギルニクスなのだから二人の構えが似てくるのは当然といえよう。


 二人は微動だにしない。お互いの様子を伺っているのだ。地面から短く生えた草や周りに立っている木々だけが風に吹かれてやんわり揺れる。

二人の時間だけが止まったような奇妙な光景がそこにはあった。


ザッ


 そんな止まった時間を打ち破るように、文也が右足に力を加え地面を踏み込んだ。それを合図にギルニクスが動く。

 文也が前に飛び出し剣を下ろす。ギルニクスはそれを剣でいなしながら半身になりかわす。

 普通であればバランスを崩すところだが、文也はその動きを読んでいた。だからこそ剣を振り下ろす際、あえて体の重心を後ろにかけることで、バランスを損なわずにすんでいる。そして、剣をいなされた体勢からギルニクスの腹部をめがけて剣を薙ぎ払う。

 それをギルニクスは剣で防ぐと、キンッと金属音が響く。

 剣と剣が十字に交わり、互いに力を緩めることはない。数秒ほど互いに力任せの押し合いをしていたが、ギルニクスの足払いが文也の足を絡めとった。

 文也は体勢を崩し体が宙を舞う。

 ギルニクスはその一瞬を逃すまいと、文也の心臓部めがけて剣を構え、劈く。

 文也はそれを空中で体を半回転させ紙一重で躱し、受け身を取りながら地面に落ちる。

 実に見事な受け身だったが、隙はできる。ギルニクスはその隙を逃さない。文也が立ち上がる前に剣を振り下ろす。文也は立ち上がる事が出来ず、地面に片膝をついた状態で剣でそれを防ぐ。無論片手では抑えきれないので、左手で峰を支えた状態となっている。


「この体勢だと勝負あったんじゃないか。」


 ギルニクスは挑発的な笑みを浮かべる。そこに悪意はない。友達同士の冗談めいた笑いそのものだ。


「さぁ。それはどうかな。」


 そういうと峰を抑えていた左手の力を急激に弱めながら片足を軸に半身を後ろに回転させる。後は立ち上がり、バランスを崩しているはずのギルニクスを切りつけるだけ…

 のはずだったが、ギルニクスはバランスを崩していなかった。ギルニクスはその動きを読んでいた。だからあえて体の重心を後ろにかけていたのだ。文也がギルニクスに同じことをしたように。

 ギルニクスにとっては、文也が体を半回転し立ち上がる時間あれば十分すぎる。肩の高さまで持ち上げた剣を文也の右肩めがけて穿った。


「ぐはっ」


 文也は声を上げながら後ろに仰け反る。大した痛みなどないはずなのに。


「利き手の肩を貫いたんだ。俺の勝ちだよな。」


 ギルニクスを満足げな表情を浮かべ文也を見る。


「はあ。今日も負けか。」


 文也は悔しそうに呟き、自身の右肩を確認する。剣で貫かれたはずのその右肩には服にこそ穴が空いているが、外傷は全くない。


「また服縫い直さなくちゃ。」

「剣の腕より裁縫の腕ばっかり上がっていくな。」

「流石にその言い方は傷つくぞ。」


 ハッハッと愉快適悦と言わんばかりに声を出して笑うギルニクスに対し、少しムッとした表情をするもののすぐに笑う文也。


 その光景から彼らが心を許し合った友人であることを疑う余地はない。


「にしてもこの剣はすごいな。」


 ギルニクスは先ほどの戦いで使用した剣の剣先を見ながら呟く。より正確に言うのなら剣先にあたる、何もない場所を見つめていた。


「だろ。人肌に触れると昇華する金属で作られた剣なんて普通はないからね。」


 照れ臭そうに、そして少し得意げな文也。どうやら自分の創りだした剣を褒められたのが嬉しかったようだ。


 ―理想と現実の境界(イデア・コピー)

 これは伊藤文也の"転移者"としての特異能力。

想像した物をこの世に具現化する能力。普通では存在しない物質でも具現可能であり、もちろん存在するものでも精製できる。

 ただし、生命体の精製は不可能だったり、あまりに現実離れしたものの製作には時間がかかるなど制限も存在する。


「それじゃあ俺はそろそろ木材拾いでもして街に戻るとするか。文也はまだこの辺で修行するのか。」

「俺はこの後受けた依頼をこなそうと思ってる。」

「今日はなんの討伐に行くんだ。」

「グロスワームがメントからベルーハ山で発見されたとかでそいつの討伐と巣の破壊を頼まれてる。」


(グロスワームか。現役の俺たちが全員でかかればギリギリってところか。それを一人でやってしまうんだから文也(こいつ)はすごい。)


 剣技こそギルニクスが上だが、あくまで剣のみ。互いに本気の力を出して戦えば間違いなく文也が勝つ。

 結局"転移者"には敵わない。

 それを分かっているからこそギルニクスは冒険者をやめた。思うところこそあるが冒険者を辞めたことに後悔はない。


「いっつも俺の仕事内容聞いてくるけど、ギルも興味あるなら冒険者になればいいじゃん。ギルならすぐに上級冒険者になれるよ。そしたら俺も一人で冒険しなくて済むし。」

「俺はまだ死にたくないからな。大人しく酒場のマスターでもしとくよ。というか冒険者になっても俺はお前とは組まない。」

「それは残念。それじゃ俺はそろそろ行くよ。」


 そういうと彼は理想と現実の境界(イデア・コピー)と呟き、目の前に一台の珍妙な乗り物と甲冑の兜のようなモノを精製する。文也曰くそれぞれバイクとヘルメットというらしい。

 バイクに跨った文也は挨拶がわりに片手を上げると、凄まじい音と共に走り去っていった。


 一人残されたギルニクスはその後ろ姿が見えなくなるまでただただ見つめるのだった。

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