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日常

 この仕事もだいぶ板についてきたな。


 グラスの水滴をダスターで拭いながらギルニクス・ベルンはそんなことを思った。


 年齢は20歳。だらしなく伸ばした前髪は目元まで伸びており襟足が少々長い赤髪の青年。目元はつり目がちで側から見ると柄の悪そうに見えなくもない。

 端正な顔立ちや180cm強とそこそこ高い身長が余計に柄の悪さを際立たせている。


 そんな彼は現在、とある街、メントで「英雄」という酒場のマスターとして働いている。メント内でも割と中央から外れに位置するその酒場はお世辞にも綺麗とはいえない。

 ギルニクス本人としてはお洒落なバーを目指しているが、店の外観や内装、さらには客層なんかを考えると完全に酒場のそれである。

 実際は店内は狭く、あるのはボロボロのカウンター席、カウンターの内側に置かれた酒用の棚。洒落っ気とは程遠い4つのテーブルとそれを囲うように椅子があるだけ。唯一あるインテリアはやたら繊細に作られた観葉植物のみ。

 わざわざこんな辺境に飲みにくる連中は家に帰るのが億劫になった飲んだくれくらいだ。

それでも彼は自らがバーテン服を着ることでバーの雰囲気を醸し出そうと試みている。


 彼がこの仕事を始めて約1年半が経った。板について当然といえば当然な期間だが、彼にとっては全てが初めてだらけのことだったので落ち着いてきたのは割と最近だったりする。


 最後のグラスを拭き終わり、そのグラスを置くと同時にカランコロンと酒場の扉が開かれた。


「お疲れ様です!ってお客いなくて暇そうですね。このままお客さん来なければいいのになぁ。」


 酒場に入ってきて早々ロクでもないことを言い出すのはこの酒場唯一のバイト、ルーナ・フラフワン。

 髪の毛は栗色、髪型はボブ。見た目は柔らかい雰囲気がにじみ出ており、彼女よりポワポワというオノマトペがしっくりくる女の子はそういない。

(まぁ、あくまで見た目の話だが…)

 顔立ちは整っており、身長はだいたい150cmくらいと低いが、出るところは出ている。まさに美少女といった感じだ。

 服装もその容姿にあっており、この辺りではあまり見かけない派手めでフリフリな感じとなっている。


 この容姿なら客寄せになると思いバイトとして採用してすでに半年以上。先ほどの発言から分かるように仕事に対する熱意は0である。しかもバーテン服を着ることを拒み、仕事中は地味目のその辺の酒場の娘が着てそうな服を持参している。

 ただし、仕事はきっちりこなす上に、想像以上に客寄せに貢献してくれているのでギルニクスも大目に見ることにしている。


「客が来なかったらお前にも帰ってもらうから今日のバイト代は無しな。」

「お客さんはやく来ないかなぁ。」

「おい…」


 あまりの移り身の早さにジトッとした目を向けてしまう。身長差が相まって、第三者視点だと恐喝にしか見えない。だが、ルーナはそんな彼に対して恐怖などない。


「マスター、ただでさえ目つき悪いのでやめた方がいいですよその目。」


 逆にジトっとした目で返される。

(こいつがこんな目をしてもただ可愛いだけなんだよなぁ。というかちょっとショックだな…)


「まぁ、まだ時刻も早いしもう少ししたら客も来るんじゃないのか。」


 実際、まだあたりは暗くなりはじめなのでピークが来るのはもう少し後。と言ってもピークが来てもお客は6人くらいで、その内の半数はルーナ目当てだったりする。


 ルーナが店の奥で着替えを済ますと、2人で他愛もない会話をしながら準備を進めていく。しばらくすると1人、2人、3人と徐々に客が増えていく。

 1人客でも団体客なんて滅多に来ないので基本的にはテーブルに案内することが多い。それを分かっているルーナは手際よく彼らをテーブルへと案内する。万が一のために、1つだけテーブルを空けておくようにしているが、その万が一が訪れたことは今までにほとんどない。


 客が入り始めると少し忙しくなるが酒がメインなので最初に少し料理を出せば後はたまに酒を運ぶだけの仕事だから基本的にそこまで忙しくない。


「ルーナちゃん今度2人でご飯行こうよ〜」

「お前何ルーナちゃんを独り占めしようとしてんだよ!」

「美味しくてお洒落なお店知ってるんだけどそことかどうかな?」

「無視してんじゃねぇ!」


 別のテーブル間でそんなやり取りをする男達とその間で困ったように笑って佇むルーナ。別段珍しい光景ではなく男達も本気で喧嘩しているのではない。こういった掛け合いを酒の肴にしているのだろう。

 仕事自体は楽だがルーナは客に絡まれ大変そうだ。お客さんには愛想のいいルーナだが、あんまり絡むと後で愚痴を聞くのは俺だからほどほどにしてほしい。


 1人カウンターの内側に残されたギルニクスは空になったグラスやショッキを片していく。すると、玄関の扉がカランコロンと音を立てる。

 そちらに目をやると見たことのない3人の武装した男達が立っている。1人は剣を腰に携えているチビ。もう1人は槍を背にしたメガネのひょろガリ。最後は弓を担いだ巨漢のデブ。誰一人としてモンスター討伐に向いている雰囲気ではない。


(もし彼らが冒険者だとしたら…)


 そんなことを考えていると彼らの来店を好機だと言わんばかりにルーナはそちらに小走りで向かい万が一のために空いていたテーブルに彼らを案内する。

 先程ルーナを取り合っていた男達は3人組を睨みつけている。どうやら酒の肴を奪われ少々癪に触ったようだ。とはいえ、彼らが屈強な男達であればいくら酒が入っていても睨みつけたりはしなかっただろう。つまりはそれ程までに彼らの持つ雰囲気は弱々しいものらしい。


 しばらくは3人組に対して敵意を持っていた常連客も気が付いた時には3人組と一緒に和気藹々と酒を飲み、談笑をしていた。そこにルーナも混ざりどんどんお酒を催促していく。


(流石だなぁ、ルーナ。)


 そんな彼女の強かさに感心する。

 どのテーブルでもだんだんお酒が回りはじめるとルーナもそっちのけで盛り上がる。そうなるとルーナもお役御免といった感じでこちらにトコトコと戻ってくる。


「お疲れ様。」

「これで今日のバイト代も色つけてくれますか?」

「もちろん。向かいの店で使えるクーポン券とかでいいか。」

「……実は私そのお店からバイトの依頼きてるんですよねぇ。ここよりいい給料で。」


 可愛く顎に人差し指を当てながら明後日の方向を向いてとんでもないことを言い始めるルーナ。この近辺の彼女の評判を考えるとあながちない話ではない。

 ほんとに小賢しい。こいつ自分の価値ってものを分かってやがる。


「じょ、冗談だよ。追加で1000Gでいいか。」

「2000」

「1500」

「そんなにいいんですか!ありがとうございます。」


 ルーナは客に見せている笑顔とは違う、もっと純粋な笑顔をこちらに向けてくる。

 こんなに可愛い笑顔なのにどうしてこんなにも可愛くないんだろう。


「あ!そういえばあそこの3人組のお客さんたち『転移者』らしいですよ。私初めて見ました。」


 思い出したかのような声を上げ、ルーナは指を刺さず先ほどの3人に目線をやる。


(案の定といえば案の定か。というかルーナさん的には初めて見る『転移者』よりお金の話が上なんですね。)


(『転移者』か…)

 3年ほど前から突如現れるようになった"異世界"なる場所から訪れた人間の総称。

彼らの共通点は2つ。

 一つは、その誰もが特異の能力を保有していてること。能力は転移者によって千差万別。魔力を介さず自在に炎を操るものや、凶悪なモンスターを使役するものなど様々。

 そして二つ目は、彼らはなぜか冒険者という職に就きたがる。たしかに割りのいい仕事であり、彼らには能力もある。だが命の保証はない。だから普通は冒険者になりたがる奴はよっぽどの理由があるか、相当の考えなしだ。

 彼らがいかに特異の力を持っているとはいえ冒険から絶対に生還できる保証はない。それでも彼らは冒険者という職を選ぶのだ。


 とはいえ実際は、『転移者』が冒険者となることでモンスター討伐や魔物退治はより活発化している。それにより国や市民は恩恵を多大な受けているので、表面上は何の問題もない。


 だが、中には少なからず被害を被っている者もいる。もともと冒険者として働いていた人間なんかはいい例と言えるだろう。

 元からいる冒険者よりも確実に仕事をこなしてくれる"転移者"に仕事が流れるのは至極真っ当だ。"転移者"の数が少なければ仕事も回ってくるだろうが、3年前を皮切りに『転移者』の数は増える一方とか。

 実際に現在冒険者の職についている9割は"転移者"らしく、もともと冒険者だった者の大半は廃業に追いやられてしまっている。


(かくいう俺も…)





「…てますか?聞いてますか!?」


 隣でルーナがキャンキャン喚いていた。やばっ、何も聞いてない…


「あぁ、聞いてた聞いてた。」

「ほんとですかぁ?まぁ、いいです。それでですね!あの人たちあのフレイムドラゴンを討伐したらしいんですよ!なんか弱そうに見えるし嘘だと思ってたんですけどね、実際話を聞いてみると…」


 ルーナは俺に疑心の目をむけるものの即座に彼らから聞かされたであろう冒険譚を目を輝かせながら空いた食器を片している俺に聞かせてくるのだった。


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