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28戦目

「だったら口封じさせてもらうしかないな。」


 元冒険仲間であるアベン・ルキフェルは決意したような重々しい口調でギルニクスにそう告げた。


「お前がここに来たことは他言しない…なんて信用できるわけないよな。」

「もし俺がそれを信用できるような、そんな甘っちょろい奴だったら悪魔になんて身を落としてないだろうよ。」

「それもそうだな。」


 最悪の展開だった。

 本来であれば、アベンを人間としての道に戻すことこそがアリスとの約束であり、ギルニクスのすべきことだった。にもかかわらず、『対天使討伐隊(エンジェルビーツ)』のリーダーへ勧誘されたことで完全にアベンのペースに持ち込まれてしまっている。


「和解…は無理か。」


 このタイミングで自分のペースに軌道修正することは不可能だろう。ならば最後までその隙を伺うしかない。

 せめて、アベンの「転移者」に対する憎しみの理由が分かれば、形勢を変えることが出来るかも知れないのだが。


「当たり前だろ。ここまでしてしまったんだ。今更和解なんてできるわけがない。元よりそんな気はさらさらないが。」


 彼は自らの右手を見つめる。その右手はもはや人間のものとは程遠い形状をしていた。鋭利な爪を持つ浅黒い肌。その肌に張り巡らされる黒い模様。

 それこそが彼が悪魔となったことを現実としてまざまざと思い知らせてくる。


「27戦27敗、覚えてるか。昔、お前とやり合った時の戦績だ。っても酒の席でのテンション任せでやった決闘でしかなかったが、俺はお前に勝ったことは一度もない。」

「……そんなこともあったかもな。よく覚えてはないが。」

「うろ覚えとは、勝者の余裕って奴か。」

「もともとお互いパーティ内での役割が違ったんだ。勝敗なんて気にしたことねえよ。」

「まあ、お前が覚えていようが覚えていなかろうがどっちでもいい。要は俺が言いたいのは…」


 アベンと会話をしながら、気取られないようカウンターの内側に立てかけてある剣に手を伸ばす。あくまでも不自然にならないように細心の注意を払う。


「お前に一度も勝ったことのない、あの時の俺とは違うってことだ。」


 剣に触れたと同時に、黒いムチ状の物体がカウンターを破壊しながら、ギルニクスの腹部めがけてしなる。

 破損部が飛び交う中、とっさに剣でそれを防ぐ。しかし、黒いムチとの圧倒的な力の差に押され、そのまま後方にある酒棚まで吹っ飛ばされる。

 その衝撃で、酒棚からは残り少ない酒瓶が勢いよく落ち、音を立てながら割れる。酒棚においてある瓶の残数が少ないおかげもあり、運良くギルニクスに当たることはなかった。


「どうだ!これが今の俺の力だ。あの頃の無力な俺じゃねぇ。」


 なんとか体を起こしアベンの方に目をやる。そこには、ローブを脱ぎ捨てたアベンが立っていた。ローブで覆われていて見えていなかった蝙蝠(こうもり)のような翼が大きく広げられている。

 そしてアベンを囲うようにして、床から無数の黒い触手がウネウネと揺れながら伸びている。


「なかなかオシャレなペットじゃないか。」


 思わず皮肉混じりな苦笑いをする。圧倒的な力を見せつけられている状況でできる唯一の抵抗とも言えるだろう。


 だが、まだ諦めるわけにはいかない。

 アリスへの報告がまだだから?酒場を大きくする夢がまだ叶ってないから?違う。俺はこの目の前の男を人間の道に戻してやらなくてはならない。それが俺のエゴだったとしてもだ。

 顔を引き締め、剣を持つ手に力をいれる。


「ほぅ、まだ戦う気でいるのか。正直驚いてるよ、数年ぶりに剣を握ってる割には動けるじゃないか。」

「それに関しては自分でも驚いてるよ。まぐれじゃなければいんだがな。」


 毎朝早朝に文也に剣の稽古をつけているので当時に比べ多少剣の腕が鈍っているかもしれないが、そこまで鈍ってもいないはずだ。だが、ここはまぐれだと信じてもらい、(あなど)ってかかってきてもらった方がアベンの隙を生むチャンスに繋げられる。そんな意図を込めた発言であった。

 しかし、一瞬の甘えが死につながる冒険者という職を経験しているアベンが、そう簡単に隙を見せるわけがない。


「それじゃあこの数はどうだ。」


 パチン、と指を鳴らすと何本もの黒いムチが、再びカウンターを破壊しながらギルニクスに襲いかかってくる。

 それらを次々と手にしている剣で斬りはらっていく。触手の一本を斬った時には、すでに次の触手がすぐ目の前まで迫って来ている。常に最善の手で防がなければ、次の触手に間に合わないほどの猛烈な勢いだ。

 斬った触手達は水をこぼした時のように、ビシャッと音を立てながら床に黒いシミを作る。

 剣を振っている筋肉が唸りを上げ、体のいたる場所が軋んでいるのを感じる。限界がすぐ側まで来ている証拠だ。斬っても斬っても止むことを知らない黒いムチに体力と集中力が大幅に削られる。


「うおおおおぉぉぉぉ」


 残った力を振り絞る。一本、また一本。次々に触手を斬りはらう。しかし、体力が持たない。何十本目かの触手を切り上げたと同時に限界に達し、体が一瞬動きを止めてしまう。

(しまった…次の攻撃を止めるのは無理だ)

 次の触手を受けるしかないと悟ったが、どうやら先の触手が最後の攻撃だったようで、触手は猛攻をやめる。


「やるじゃねえか。」


 嘲るでも、馬鹿にするでもなく、純粋な賞賛を送りながら拍手をするアベン。

 触手の猛攻を凌いだにもかかわらず彼の余裕に満ちたその態度が、さらにギルニクスの心を折りに来る。しかし、泣き言を言っている場合ではない。上がった呼吸を無理やり酷使し言葉を発する。


「はぁはぁ…そりゃどうも…」

「とはいえ限界みたいだな。…だったらこれで終わりだ。」


 再びパチン、と指を鳴らす。すると床にこびり付いた黒いシミからゾル状の黒い塊がゴボッゴボッと浮かび上がり、3人分の人の形を形成する。

 男性2人に対し、女性1。形こそ人間だが、真っ黒の泥でできた人形のようだ。彼らはそれぞれ斧、盾、レイピアを所持し、防具などの装備品も身につけている。


「なんだ、この人形は。」

「これは「ギスニア」で狩った「転移者」の力を宿した土塊(つちくれ)だ。と言っても、特異能力は無くなってるから大した力はないがな。」

「……お前、死者を冒涜する気か。」

「そんな怖い顔をするな。俺は悪魔だぜ。当然の所業だろ。」


 体力の限界はとうに来ている。しかし、旧友(とも)の悪行を見過ごすわけにはいかない。

 右足を力任せに踏み込み一気に加速する。とにかく今は腕の一本でも奪って戦意を削ぐしかない。


 アベンに向かって走り出す。

 それを(はば)むように泥人形の男が手にしている斧を振り下ろす。それを男の脇を縫うようにしてスルリと交わし、そのまま男の横腹に蹴りを入れ、近くのテーブルまで吹き飛ばす。

 その直後に盾を持った男が迫ってくる。剣が男に当たらないよう、盾目掛けて振り下ろす。

 ガシャン、と音を立てたと同時に足払いをする。

 盾の男が態勢を崩し倒れる、そのすぐ後ろにレイピアを構えている女が立っていた。どうやら盾の男を使い、死角を作っていたようだ。

 そのまま手に持ったレイピアをギルニクスの心臓部目掛けて突き刺す。ギルニクスは持ち前の動体視力と冒険者の頃の勘によりギリギリのところでそれを躱すと、剣の柄頭(つかがしら)で女の頭部を思い切り殴打する。


 そのまま勢いを殺さぬよう、アベンに向かって一気に加速する。距離はあと数メートルもない。

 この距離でのこの加速であれば、流石のアベンも反応こそできても、完全に防ぐのは無理だろう。


「うおおおおおおおぉぉぉぉ」


 最後の力を振り絞る。完全に剣の届く間合いに入ったが、アベンは微動だにしない。

 (もらった)

 アベンの右肩を両断するように剣を振り下ろす。


カキンッ


 鋼鉄に剣を振り下ろした時のような音が店に響き渡る。信じられないことに剣はアベンの右肩を両断するどころか、皮膚に擦り傷すらつけることができていない。


「なっ!?」

「……そいつらを切らなかったのもそうだが、この期に及んで肩なんざ狙うなんて、つくづくお前は甘いな。」


 アベンは悪魔には似合わない憐れみの表情を浮かべ、終わりだ、と小さく呟く。

 グザッ、鈍い音が腹部から聞こえ、体が揺さぶられる。ゆっくりと視線を下に落とすと、銀色に光った細い剣先が後方から腹部を貫通している。

 ゆっくり振り返ると、先ほど殴打したはずのレイピアを持った女が立っていた。


 口からは血が流れ出し、床とバーテン服に大きな赤いシミを作る。

 世界が反転するような感覚に襲われ、視界が揺らぐ。自分の体がどんな状況なのかすら理解することが出来ない。

 レイピアが抜かれる。

 刺突された腹部からはとめどなく血が流れ出す。力が抜け、手にしていた剣は床に転がる。


 バタン。


 地面に体が倒れるのを感じた。もう手足を動かすことすらできない。

(死ぬ…のか…)

 薄らいでいく意識の中で仲間のことが頭の中をグルグルと駆け回る。


 ルーナは無事に買い物を済ませることができたのだろうか。仮に買い物が終わってたとしても今帰ってきてほしくないな。

 文也はちゃんと仲間を作ることができるだろうか。恥ずかしがり屋な奴だがいい奴だ。きっとどこへ行っても歓迎されるはずだ。

 アリスには悪い事をした。わざわざリーダーとして頼ってくれたにもかかわらず、期待に応えることができなかった。すまん。

 そして、アベン。助けてやれなくて本当に申し訳ない。お前が今のままでいいと思ってるとは到底思えない。だからこそ助けてやりたかった。それなのに俺の無力さ故に助けてやることができなかった。もし次があるのなら、もう一度この命が息を吹き返したのなら、次こそはお前を……


 そこまで考えると意識は完全に途絶えた。

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