プロローグ
木造建築で造られた家の中で二人は向かい合い立っていた。
一人は30代後半から40代前半の男。赤色の髪をしており、決して筋骨隆々といった感じではないものの、かなりの鍛錬を積んでいることが見て取れるような体付きをしている。
もう一方はまだ幼く10歳ほどの男の子。先ほどの男と同様に赤色の髪をしている。背丈や体型などは年相応と言えるだろう。
また、それとなく顔の造形が先ほどの男と似ていることからこの二人は親子であると容易に想像できる。
時間は夕刻を過ぎているのか暖炉には火が灯されており、二人の頰は赤く照らされ、赤い髪はより一層その赤みを帯びていた。
「お前は大英雄の一人である勇者の血を引いた選ばれた子だ。」
父親である男は口を開く。それは冗談をいっている雰囲気ではなく、真に迫るものがあった。だからと言って重々しい口調というよりは優しい物言いであった。
「うん!」
日常的に言われていることなのだろう。男の子は無邪気な返事をする。そのまん丸と大きい眼には将来への期待や憧憬が映し出されているのか綺麗な輝きを放っている。
男の子の返事に男は小さく笑って返す。
「分かってるならそれでいいんだ。お前はいずれ勇者になり多くの者を助け、多くの者に助けられる。このことは必ず覚えていなさい。」
男は話し終わると男の子の頭を優しく撫で、もう遅いから寝なさい、と言うと自らの寝室へと向かっていった。
一人残った男の子はしばし妄想に耽る。
5年後、いや、10年後、そこには逞しく勇敢な勇者となった自分。まだ見ぬ仲間と共に剣を振るい魔法を使い魔物やモンスターを圧倒する。時には苦難に立ち塞がることもあるだろうが、仲間と共に力を合わせどんな壁であろうと乗り越える。最後は多くの者に感謝され、讃えられる。
そんな自分を。
男の子は我に返り先ほどの妄想を少し恥ずかしく思ったのか小さく照れ笑いをすると自分の寝室へと足早に向かっていくのだった。
部屋にある暖炉は徐々にその熱を失っていく。男の子が去ってそう時間がかからないうちに火は完全に消え、あたりは本来あるべき暗闇へと戻っていったのだった。