1-4 琥珀色の少女
「バカヤロォォォォ!!お前自分がなにしたかわかってんの!?」
「こっちのセリフだぁぁぁぁ!!てめーこそ何であんな食事ありがたがってんだ!!プライドねーのか!」
残飯というにもおこがましい生ゴミを思い切り蹴り飛ばした俺は、絶賛逃亡中だった。
後ろからは目を真っ赤に充血させ、鬼のような形相で追いかけてくるベアタンがいる。
「いいかトウマ!世の中にはな!生ゴミをディナーと称して生きている人たちもいるんだ!大量に廃棄される食材を無駄にしない誇り高い戦士たちがな!」
「お前それただのホームレスだろうが!誇りなんて地に落ちてる人種じゃねーか!」
とにかく、今奴に捕まったら間違いなく殺される!おぞましいほど鋭利な爪で引き裂かれる!
って……
「あれ!?なんか増えてる!?」
「『共鳴』だ!あのモンスターは仲間と感情を共有し群の結束を強めているんだ!」
集落をまっすぐ突っ切って逃亡している俺たちを怒り狂ったベアタンが追うことで、周りにいるベアタンたちも俺たちを殺す気で追いかけてるってことか。
「ちくしょう!速え!追いつかれるぞ」
「頑張れ!もうすぐ集落を抜けて森に入る!森に入ればなんとか撒ける……ッああん!」
並走していたスパイクの姿が突如視界から消える。
あいつ転びやがった!
顔面から派手に行ったのか鼻血で顔が血だらけだ。
「ちくしょう、俺はもうダメだ……。トウマ、お前だけでも逃げろ!」
「バカ!何言ってんだ早く立て!」
先頭のベアタンが猛然とスパイクに迫る。
ちくしょう、あんな熊みたいなモンスターに正面からやりあっても勝てるわけがない。
見捨てるか?
ついさっき知り合っただけの間柄だ。
ここは弱肉強食のファンタジー世界。
死なんて日常茶飯事。
モンスターにやられる人を見過ごしたって誰からも非難される謂れはない。
ない……が!
「できるわけねえよなぁぁぁ!」
切り返した俺は我を忘れて突進してくるベアタンにタックルを敢行する。
俺の全体重を乗せたタックルを不意に受けたベアタンは後ろによろけ、尻餅をつかせることができた。
反動で俺も吹っ飛んだが。
「バカ!何してんだ!丸腰で勝てるわけねえだろ!」
「うるせえな!だったら早く立て!誰かを見捨てて逃げるなんて目覚めが悪いだろうが!」
顔面血だらけのスパイクがなんとか立ち上がり、吹っ飛ばされた俺に近づいてくる。
手を借り立ち上がるが、足がガクガク震えている。
先ほどのベアタンとの衝突による衝撃の影響なのか、死の恐怖によるものなのか、なかなか足が言うことを聞いてくれない。
「おい、トウマ。大丈夫か!?走れるか?」
「あ、ああ、なんとか……クソッ、なんだってんだ」
尻餅をついたベアタンの後続も、次々と俺たちに向かってくる。もはや一刻の猶予もない。
スパイクの肩を借りながら、なんとか前には進むが快調に走れるほど足が言うことをを聞いてくれない。
そうこうしてるうちに複数のベアタンが俺たちに迫ってくる。
森まではまだ距離があるし、どう考えても奴らに追いつかれる方が早い。
もうダメだ。どうあがいても助からない。
「スパイク、俺もう走れないみたいだ。お前だけでも逃げてくれ」
「バカヤロー。さっきお前は俺のこと助けてくれたじゃねえか。だから俺もお前のこと見捨てねえぞ!」
そんな嬉しいことを言ってくれる。
出会う場所が違ければ、いい友達になれたかもな。
そしてついにベアタンが俺たちのすぐ後ろまで近づいてきた。
後ろを振り返ると、真っ赤に目を光らせた巨体が一振りで内臓まで抉り取りそうな爪を掲げて今まさに襲いかかってくるところだった。
「「ぎゃあああああああ!!!」」
あまりにも恐ろしい姿に、俺とスパイクは絶叫していた。
「パニクル」
一瞬、周りが光った。
かと思うと、今まさに爪を振り下ろそうとしていたベアタンが急にキョロキョロし始め、酔っ払ったかのように千鳥足でどこかに行ってしまった。
「パニクル、パニクル!うーん……パニクル!」
女の声だった。
声と同時に発生する光は、真っ赤に充血したベアタンの興奮を沈め、皆混乱したようにうろつき始めた。
「…………は?」
何が起こったのかわからない俺とスパイクは、恐怖の絶叫を上げた表情を固めたまま森の方へ振り返る。
そこにいたのは神秘的な琥珀色の瞳を持つ少女だった。
同じ色の髪は肩にかからない程度のボブカットで、髪質なのか綿のようにふわふわしていた。
先端に大きな宝石がついた杖を持つ彼女の装いは、ファンタジー世界で言うところの魔法使いか僧侶のようだった。
「危機一髪ね。……で、どっちが勇者様?」