1-3 プライドで飯は食えない
「クゥ〜ン……ンニュニュ気持ちいいでちゅう!」
まるで人間が仰向けになった猫の腹を撫でるように、ベアタンはスパイクの腹やらアゴを撫で回していた。
それに合わせて、床に仰向けになったスパイクはゴロゴロと気持ち悪い声を上げながらくねくねしていた。
………ええ……。
なにしてるんだこの人。
あまりにもあんまりな光景に俺が呆然と突っ立っていると
(トウマ!なにしてんだ!おまえも奴らタッチに合わせて甘い声をだせ!奴らの機嫌次第で今日の飯の質が変わるんだぞ!)
スパイクが小声でこちらに訴えかけてきた。
ペットってのはこういうことか。俺たちは奴らの愛玩動物として媚を売り、機嫌を取らなくてはならないのか。
目の前の、ガラの悪い筋肉質な男が似つかわしくない甘い声でキャンキャン鳴きながらのたうち回っている画は地獄絵図にしか見えない。
しばらくスパイクを撫で回していたベアタンが、両親にスパイクをバトンタッチしてこちらにやってくる。
とりあえず俺も仰向けになり、腹を見せることで服従を示した。
かがんだベアタンが、その毛むくじゃらな可愛らしい手で俺のアゴや腹を撫で始める。
(トウマ!今だ、とっておきの甘ったるい声をだせ!)
「……ッ!にゃ、にゃーん……」
俺は恥を捨てきれなかった。
もともと、小動物に対して猫なで声で呼びかけたり小さな子供に甘ったるい声で話すということが大の苦手なのだ。
「ひぃッ!」
俺の腹を撫でていたベアタンの腕に力がこもり、アゴを撫でてていた手からは鋭く太い爪が伸びてきている!
先ほどまでの愛くるしい表情とは打って変わって、怒りによって険しい顔をしたベアタンがこちらを睨んでいる。
(プライドを捨てろトウマ!ここではそんなもんクソ喰らえだ!)
(チクショォォォォ!)
それから俺は必死に、死に物狂いでベアタンに甘えた。
自殺したい。生まれて初めてそう思ったね。
俺たちがベアタンのスキンシップから解放されたのはそれから十分後のことだった。
精神的にひどく疲れた。
「よく耐えたなトウマ。なに、じき慣れるさ」
慣れてたまるか!
こいつはこんな日々を一人でこなしてたのか。
その心の強さにある意味尊敬の念を抱く。
「さあ、なでなでタイムのあとは飯の時間だ。その日その日の機嫌によって出てくる飯の質が違うからな。今日はおまえという新しいペットを迎えたことだし、ちょっと期待していいかもな」
順応しすぎじゃないか?
本当に脱出する気があるのだろうかこの男は。
しかし、この世界では右も左もわからない俺にとってはスパイクだけが頼りだ。
やがて、小さな器を持ったベアタンが俺たちに近づいてくる。
形状は猫や犬の餌を入れる容器のそれだ。
俺とスパイク、それぞれの目の前に置かれる。
「お、今日は結構食いごたえがありそうだな」
ほとんど骨の魚や肉片がついた骨、よくわからない食材のカスが詰められた容器の中身……。
「ただの残飯じゃねーかぁぁぁぁぁ!!」
率直な感想と感情を込めて、俺は器を蹴り飛ばした。