1-1 森のベアタン
気がつくと空を仰いでいた。
晴天だ。雲一つない綺麗な青空だ。
そよ風が周りの植物を揺らす。
身を起こすと俺は草原の中にいた。
暗闇での自称神との問答の後、俺は光に包まれて、気がついた時にはここにいた。
つまり俺が今いるこの場所は、この世界は。
「本当に異世界に来ちまったのか……?」
見渡す限り草原のど真ん中で逡巡してると、草根を分けて何かが近づいてきた。
身構える間も無く近づいてきたそいつは、全身毛むくじゃらの獣だった。
身長は俺と同じくらいで、熊のような太い手足。キノコの傘のようなものを頭に被ったそいつは、獣人と言う表現がぴったりのように思えた。
その獣人の姿形は、俺が元いた世界に生息するどの動物とも合致しない。
このことから、やはりここは俺がいた世界とは違う異世界なのだろう。
そんな感慨も上乗せして、目の前の生物にドギマギしていると、獣人はおもむろに手を差し出してきた。
黒い肉球と毛の隙間からは鋭い爪が見え隠れしている。
「ウギ?」
「えっ、あ……う、うぎ……?」
戸惑い、つい相手の口調を反芻してしまう。
鳴き声?どうやら人語は喋れないようだった。
握手でも求められてるのかと思ってこちらも手を差し出す。
我ながら呑気な判断だと思う。日本で熊に遭遇して握手を求める馬鹿はあっという間に八つ裂きにされるだろう。
「ムギー!」
でも獣人はなんだか嬉しそうに握り返してくれた。
友好的じゃないか!
転生して間も無く無残に殺されるなんてことにならなくてよかった。
「ムギ!ムギギムギ!」
獣人は俺の手を離さぬままどこかに向かって歩き出した。
どこに案内してくれるのだろうか。釣られて歩調を合わせて俺も歩く。
何を言ってるのかはわからない。
だが、言葉の壁なんて些細なものじゃないか。
俺は手のひらに感じる温もりに種族間を超えた友情を感じていた。
俺の異世界生活は、この愛らしい獣人との交流から始まるんだ。
悪くないじゃないか。ファンタジーらしくて。
なんだか気分が良くなった俺は鼻歌混じりに獣人と原っぱを歩いていった。