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3-1 三ヶ月経過


「おつかれー!」


 ガギン、と力強くジョッキがかち合う音がそこかしこで起こっている。

 笑い声が大半を占める、心地の良い騒々しさの中、俺は日課のビアーを煽っていた。


 冒険者ギルドを兼ねているこの酒場には、日中クエストに励んでいた冒険者が夜にはこぞって集まり、毎晩のように宴を開いていた。

 笑上戸、泣上戸、拗じ上戸、怒り上戸、酒に酔って発奮される様々な本性が入り混じるカオスな空間が、日中の苦労から離れられて、何も考えず酒を煽れる空間を形成していた。


「お、トウマじゃねーか。やってっかー」


 話しかけてきたのはスパイクだった。


「おう、お疲れ。今日も今日とてビアーが美味いな」

「全くだぜ!これのために生きてるってもんよ」


 完全に同意だ、とまた一口酒を身体に流し込む。

 俺、なんでこの世界に来たんだっけ。思い出そうとする脳の回路をとりあえずアルコールで濁すことにした。


「てか、今日は僧侶ちゃん一緒じゃねーの?」

「ああ、今日は教会の仕事があるってんで、この人たちとクエスト行ってたんだ」


 同じ卓を囲んでいる冒険者たちを見る。

 三人とも今日初めてクエストを共にした冒険者だったが、うまく連携をとれて円滑に達成することができた。


 冒険者ギルドではクエストを受ける際メンバーの募集を行うことができ、臨時パーティを組んでクエストに行くことができる。

 報酬の分配などはクエストリーダーの裁量によるが、多くの場合は均等に分配される。


 この三ヶ月間、アルクレアがいないときは臨時パーティをよく利用していた。

 この街の冒険者たちは皆気さくないい奴らで、素人冒険者の俺にモンスターの特徴やアイテムの使い方を教えてくれたり、要らなくなったアイテムを分けてくれたりした。


 おかげで下級モンスター程度ならソロでも倒せるようになり、一端の冒険者くらいにはなれたと思う。


「そうか。あの子ああ見えて神に仕える聖職者だもんな。本職があるのになんで冒険者なんてやってんのかね」

「さあな、聞いたことないや」

「それにトウマの介護もしてるし健気な子だぜほんと」

「おいコラ、そりゃどういうこった」


 冗談だ冗談、とはぐらかすスパイクだが、あながち反論はできない。

 今でこそ自分でクエストの報酬で衣食住を賄えているが、俺がこの世界に来た時のことを思えばアルクレアには相当な借りがある。


 今俺が身につけている装備もそうだが、俺がまともに稼げるようになるまでの間の宿代なんかも彼女に負担してもらっていた。

 負担してもらっていた分の金額は先日完済したが、もはや金額の問題ではなくその気持ちに多大な恩がある。


 それが神の導きだとしてもだ。


 俺はその恩に、どうやったら報いることができるだろう。


「なんだ?トウマ。お前パーティメンバーがいるのか」


 声をかけてきたのは今日共にクエストに出かけたアインだった。二メートルある筋骨隆々な巨躯は前衛職に打ってつけであり、彼のバトルアックスを振るう様は非常に迫力があった。


「ああ、この街の僧侶さんでな。俺がこの街にきた頃からかなり世話になってるんだ」

「ほお、惚れとるのか」

「そんなんじゃねーよ。恩人なんだ。俺にとっては」


 ふうんと言ってつまらなそうに酒を飲み始めるアイン。

 なんでいきなり興味なくしてんだてめえは。


「アルクレアって言った?僕、その人とパーティ組んだことあるよ」


 そう言ったのは魔法使いのヤンだ。


「そうなのか。あいつ、教会の仕事がないときは俺に付き合ってくれてるけど、前はパーティメンバーとかいたのか?」

「ううん。今のトウマみたいに臨時パーティを組んでたよ。彼女、回復魔法や強化魔法が使えるからいろんなパーティで重宝されてたんだよ」

「それなら、今までメインのパーティ組んでなかったってのも不思議だな」

「シルバークラスだしそれもそうなんだけどね。やっぱり教会の仕事が本職だから、冒険者らしくいろんなところを旅するっていうのは難しいんじゃないかな」


 ヤンの意見ももっともだ。

 それなら、今俺に付き合ってくれてるってのも臨時なのか?

 一応、俺は魔王とらやらを倒しにこの世界にやってきたのだからいつまでもこの街にとどまるわけにもいかないのだが。


「なーに心配そうな顔してんのよ!なになに?いつか自分から離れて行っちゃうんじゃないかって心配なわけ!?」


 そう茶化してくるのはアーチャーのキャルだ。


「な、ちちちちげえよ!」

「お、動揺しとる動揺しとる。やっぱこれなんだろ?ほの字なんだろ?」


 ゲラゲラ笑う今日の臨時メンバーたち。こいつら……。


「そんなに気になるんなら、アルクレアちゃんの仕事でも手伝ってきたら?」

「おお、そりゃいいな。男らしいとこみせりゃ、ちっとは気が引けるんじゃねえか?」


 また俺以外のところで笑いが起こる。

 だめだこりゃ。完全にテンション置いていかれちまった。


「ああもうめんどくせえな」


 ジョッキに残ったビアーを一気に飲み干す。


「あれ?もう帰るの?」

「ああ。眠くなってきたから今日はそろそろ休むわ」

「しっかりやれよー!」

「アルクレアちゃんによろしくねー」


 アインとキャルの冷やかしを背に、代金を支払い店を出る。


 扉越しに背中に伝わる店内の賑やかさと、正面に感じる夜の街の静けさが妙に心を落ち着かせる。

 夜風は火照った肌を撫で、酔い覚ましにはうってつけだ。


 ほろ酔い状態で少し飲み足りない感じもしたが、今日は大人しく宿に帰ることにした。

 宿といっても、日払いで部屋を借りている格安の宿だ。

一泊二千ゼニス。風呂はないので近くの共同浴場で済ませる。


 安いは安いが、未だ下級クエストをメインでこなしている俺の日当は多くても一万ゼニス。

 そこから飯代や雑費などを差っ引くと日々の暮らしはギリギリもいいところだ。

 そう考えると、冒険者という職業は本当に安定しない。


 かつていた世界でサラリーマンをやっていた時のような精神的ストレスはないが、死と隣り合わせの仕事のなかで病気や怪我をしたら、生活の保障はされるのだろうか。

 ゴールドクラスの上級冒険者が受けるようなクエストはそういったリスクを考えてもお釣りがくるほどの報酬が与えられるが、ブロンズやシルバークラスの冒険者の稼ぎなんて街の中で日雇いのバイトをしているものとさほど変わらなかった。

 いや、リスクを考えるとバイトの方がいいような気がしてきた。


 それでも冒険者という稼業を選ぶものが多いのは自由への魅力か、上級冒険者となり一攫千金を夢見ているのか。


 そんなことを考えながら歩いているといつのまにか見慣れた宿屋に着いていた。

 俺以外の冒険者も御用達だが、今日は俺が一番乗りのようだった。他の奴らは酒場で盛り上がっている頃だろう。


 風呂は飯の前に済ませてあるので今日はもう寝てしまうことにした。

 ああ、明日は何をしようかな。

 なんて考えながら意識が落ちる瞬間、あれ、俺はなんでこの世界に来たんだっけ?と頭に浮かんだあたりで俺は眠りについた。


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