2-6 激走のあと
知らない天井だ。
首だけを動かすと、どこかの部屋のベッドで寝かされていることがわかった。
目が覚めたとき、そこが檻の中でなかったことに謎の安堵感を覚える。
ここはどこなのだろう。
起き上がろうとすると、足に激痛が走る。この痛みで思い出した。
「やっちまったなあ……」
ボーンロス鳥の討伐クエストで気絶した俺は、おそらくここに運び込まれたのだろう。
アルクレアはどこだろう。まず謝りたい気持ちでいっぱいだった。
ベッドから立ち上がってみるが、立っているだけで足が震えてまともに歩くことができない。
足だけでなく全身の節々も痛い。いままで経験したことがないような酷い筋肉痛だった。
ベッドの脇に立てかけてあった銅の剣を杖代わりにしているようやく歩けるレベルだ。
部屋を出て廊下を歩くと、フロントのようなところについた。
「おう、にいちゃん、起きたか」
「あの、ここは……」
「あん?どう見ても宿屋だろうが。寝ぼけてんのか。連れの僧侶ちゃんなら、ギルドに出かけて行ったぜ」
「そうでしたか……」
力ない声で宿屋の店主に礼を言うと、扉を開いて外に出た。
とっくに日が暮れていた。
どれくらい寝ていたのだろうか……。
見覚えのある路地だったので、ギルドまでの道のりはなんとなく見当がついた。
剣を杖代わりにしながら生まれたての子鹿のように歩く俺に、すれ違う人たちから奇異の視線を感じる。
うう……情けない。
宿屋からギルドまでの距離はそう遠くないが、ギルドの入り口にたどり着く頃には今にも崩れ落ちそうなほどの疲労感だった。
ギルドの扉を開くと、酒を煽り盛り上がる冒険者たちで溢れかえっていた。
「お、トウマじゃねえか」
いきなり出迎えたのはすでに顔が赤いスパイクだった。
「しっかし災難だったな!ゲロまみれで気絶したお前を僧侶ちゃんが連れ帰ってきたときはどうしたのかと思ったぜ!」
「や、やっぱそんな感じか」
「おおよ。宿まで運んでやったのは俺だけどな。ったくどんな鬼畜なクエストやってきたんだ?」
知ってか知らずかゲラゲラ笑いながらスパイクは仲間のところに戻っていく。
初心者用クエストでこのザマである。
しかも年下の女の子に介抱されて帰ってくるなんて情けなくて顔をあげられなかった。
「トウマくん?」
聞き覚えのある声にチラと目を向けると、そこには心配そうな顔のアルクレアがいた。
「あ、その……すまねえ。また迷惑かけちゃったな」
顔を上げられないまま謝罪する。
「いいよ!べつに。それよりほら、こっち来てよ。食欲ある?」
アルクレアに手を取られ近くのテーブルに腰を下ろす。
俺はといえばアルクレアが店員にいくつか注文しているのをぼーっと眺めていた。
「具合の方は大丈夫?」
「ああ、なんとか。まだ脚はガタガタだけど」
「そっか、よかった。ともあれ、クエスト初達成おめでとう!」
そう言ってアルクレアはクエスト達成報酬の五千ゼニスを手渡してきた。
「いや、それは取っておいてくれ。今回俺迷惑かけてばっかりだったし」
「もう!気にしなくていいって!ボーンロス鳥を仕留めたのは間違いなくトウマくんなんだから。正当な報酬として、受け取ってよ。それに、今日の分の宿代とご飯代もないんでしょ?」
ぐぬっ。そこを突かれると痛い。
「悪いな……。じゃあ貰っとくよ」
渡された五千ゼニスを財布に収めたところで、注文していた料理が来た。
「おまたせしましたー。ビアー二つと、ボーンロス鳥の串焼きです」
大皿に盛り付けられたその串焼きは紛れもなく
「焼き鳥だ……」
一気に食欲が湧いてきた。食に意識が向いたことで今気がついたが喉がカラカラだった。
「さ、初クエストの成功を祈って乾杯しましょ!」
「……!よし!とりあえず飲むか」
アルクレアとジョッキをカチ鳴らし、一気に煽る。
ほのかな苦味と、喉越しがガタガタの体に染み渡る。
「_____ッ!うッま」
ボーンロス鳥の串焼きにも手を伸ばしてみる。見た目は完全に焼き鳥だ。皮のみやネギのような野菜を挟んだねぎまもある。
どろっとしたとろみのあるタレに浸されたそれを口に頬張る。
弾力のある歯ごたえと咀嚼するたびに溢れるくどくない肉汁、それと相まって口内を満たすのは甘しょっぱいタレの旨味だった。
飲み込んだらすぐビアーを喉に流し込む。
口内に残っていた旨味が纏めてビアーで喉に運ばれる。
「う、美味すぎる!」
打ち震えるほどの美味さだった。
それは疲労というスパイスも相まって、俺の心を幸福で満たしてくれる。
対面を見るとアルクレアも俺と同じように美味しそうに串焼きを食べてはビアーを飲んでいる。
どの世界でも、ビールと焼き鳥の組み合わせは抜群だ。
ビアーのお代わりを頼む頃には、疲れで酔いが回るのが早いのかさっきまでの鬱屈とした気分は消え去っていた。
先が思いやられるのは間違い無いのだが、今この瞬間は何も考えたくなかったし、考えられなかった。
明日また、がんばろう。
そう結論づけて、俺とアルクレアは飲み明かした。