2-3 信仰の街 ラストア
信仰の街 ラストア
街並みは中世ヨーロッパ風、当然ながら元いた世界ほど科学は発展していないが、魔法を使った独自の文明が発展しているらしく見たことのない道具がそこかしこに見られる。
それでも、現代科学の恩恵を骨身に染み込ませている俺にとって、一日の大半睨めっこしてるスマホもないんじゃ退屈しそうだ。
ファンタジーの世界に来てその非現実感を楽しんでいる自分はいるが、田舎への一夏の旅行と同じようなもので、慣れたらその不便さに嫌気が差すだろうな。
……そういえば
昨日から着替えていないため、すっかりくたびれてしまったスーツのジャケットとスラックスのポケットを漁る。
財布、タバコ、……そしてスマホ。
充電は50パーセントもない。当然ながら圏外だ。
なんの役に立つかはわからないが、念のためバックグラウンドアプリは全て終了し、画面光度は1番低くしておいた。
「トウマくん、なに?それ」
「ん、ああこれな」
なんとなくいたずら心が芽生えてカメラアプリを起動してアルクレアを撮ってみる。
「?」
カシャリ、という電子音とともに、画像フォルダにアルクレアの写真が保存される。
それを本人に見せてみる。
「??」
彼女は最初鏡でも見せられてるのかと疑問に思っていたようだが、画面の中の微動だにしない自分の姿にさぞ驚愕した。
「え!?ちょっとトウマくん、なにこれ!すごい!こんな魔道具見たことないよ!」
「魔道具じゃないんだけどな。時間の一瞬を切り取る道具……って言ったらカッコつけすぎだけどさ」
「すごいすごい!ねえ見せてよ!ちょっとみせて!」
「エネルギーに限りがあるんだ。……また今度な」
アプリを落としてスマホをしまう。
ファンタジー世界の幻想的な風景を写真に収めて、元いた世界に帰った時の思い出にするのもいいかもな。なんて我ながら楽観的な考えも湧いてきた。
「着いたわよ」
街並みを観光しながら歩いていたらいつのまにか目的地に到着していたようだ。
「おお、これぞファンタジー特有のショップ、武器屋!」
「正確には武具屋だけどね。ここであなたの装備を整えましょ」
扉を開き店内に入ると、建物の木の香りと鉄臭さが入り混じった香りがした。
「らっしゃぁい!おお?僧侶さんがこんなところで買い物とは珍しいな」
「私じゃないんです」
「俺です」
「んん?兄ちゃん珍しい格好してんな。冒険者じゃねえだろ」
「聞いて驚いてくださいこの方勇者です!」
いきなりなにを口走るんだこの女は。
「違います。冒険者希望です」
「ああ?よくわからねえが客なら歓迎するぜ。見ていきな」
店内にはさまざまな武器防具で埋め尽くされていた。
全身を覆うプレートメイルから魔術師のローブまで。武器はダガーなどの小物から大人の身長ほどある大剣まで様々だ。
「やっぱこれだろ」
俺は刃長百センチほどのロングソードを選んでみた。ゲーム的にいうなら『鋼の剣』と言ったところか。
ディスプレイされていたそれの柄を持ってみる。
思っていたほど重くなく、これなら自分でも扱えそうだ。
「ね、ねえねえトウマくん」
「ん?どうした?」
「こっちにしない?」
アルクレアが持ってきたのは刃長七十センチほどの銅製のショートソードだった。
貼られた値札の数字は、俺が持っているロングソードの半分くらいだ。
「あ、いや、わるい……ついテンション上がっちまった」
「ごめんね……あまり持ち合わせがなくて」
アルクレアは申し訳なさそうに首を垂れる。
「なんで謝るんだよ。無一文の俺に、わざわざ装備を買ってくれるんだろ?感謝こそすれ文句を言う義理はないさ」
「でも、これから勇者として戦うトウマくんに、満足な装備も買ってあげられないなんて申し訳なくて」
な、なんて健気なんだこの子は。
貧乏な家庭の、息子に満足に物を買い与えてあげることのできない母親を見るような胸の辛さがこみ上げてくる。
「いや、いいって!それにちゃんとお金は返すからさ!おいオヤジ!この店で一番安い防具を頼む!」
「あいよ。ちょっと待っとけ」
そう言って武具屋の店主は奥の方に引っ込んでいった。
「そういえばアルクレア、ここの貨幣について教えてくれないか?どうやら俺のきた世界のものとは違うらしいからさ」
なんとなく話題を変えたかった俺はそんなことを切り出していた。
「あ、うん。えっとね」
アルクレアはゴソゴソと懐を探り、財布を取り出した。
その中からそれぞれ彫刻の違う硬貨を六枚、紙幣を三枚取り出した。
「お金はゼニスって言う単位で呼ばれていて、硬貨はそれぞれ一、五、十、五十、百、五百ゼニス。紙幣は千、五千、一万ゼニスがあるよ」
「なるほどな。俺のいた国の貨幣と種類は似ているし、すぐ馴染めそうだ」
紙幣の造形も円と似ていて、それぞれに誰かの肖像が描かれていた。
……ってちょっと待て。
このツラは。
「その一万ゼニス札に描かれているのは最高神トルエノ。この国で最大派閥宗教のパラデス教の象徴でもあるのよ」
どう見ても俺を異世界に転生せしめた張本人、暗闇の中で出会った髭面のおっさんだった。
本当に神だったのかあいつ。
札に描かれたやたら偉そうな肖像画に腹が立つ。
「おい兄ちゃん、準備できたぞ」
戻ってきた店主は持ってきた装備をカウンターに広げた。
町民が着てるような布の服に、厚めの繊維で編み込まれたマントだった。
「サンキュー。これでいいよ動きやすそうだし」
「あいよ、剣と合わせて一万四千ゼニスだ。まいどあり!」