第8話 猫、拾いました
「ニャーン。ニャーン」
「香菜。これは何だ?」
「えっと・・・猫ちゃん・・・だよ」
「それはわかってる。そうじゃなくて、何でこんな状況になっているのかって言っているんだ」
目の前には、散らかった部屋。もちろん、家を出る前はこんなんじゃなかった。香菜が掃除をしてくれているおかげで、とても綺麗で整っていた。
「猫ちゃんが捨てられているのを見つけちゃって・・・。このままじゃかわいそうだし、なんとかしてあげなきゃって思ったの」
「それで、家に連れてきたのか」
うんと香菜が頷く。はぁ〜とため息が勝手にもれる。
「ここはペット禁止だ。大家さんに怒られちまう。かわいそうだが、元に戻してあげなさい」
「でも、このままじゃこの子死んじゃうよ。なんとかしてあげないと」
ウルウルとした上目遣いで香菜が俺を見つめる。やめてくれ。そんな目で俺を見ないでくれ。さすがにそれは卑怯すぎるだろ。
「わかったよ。とりあえず、大家さんに相談しよう。それでダメだったら引き取り手を探すなりなんなりしよう」
パーっと香菜の顔が明るくなる。うん!と元気に頷いて、早く行こ!と俺を促す。
「わかった。わかった」
下に降り、大家さんの部屋に移動する。ピンポンを押し、大家さんを待つ。
「はーい。どうしました?」
「実は猫が捨てられてまして・・・。この子、どうにかできないかなと」
「どうにかできないかなじゃなくて、飼えないか?でしょ!」
香菜は黙ってなさい!と目で訴えかけて、大家さんの返答を待つ。
「一つ聞いていい?」
「いいですよ」
「その女の子、どちら様?妹さんではないよね」
「この子は僕の親戚のお子さんなんです。旅行してくるから預かってろと言われまして」
「ふーん。なるほどね」
ジロジロ見られてて怖え〜。大丈夫かなこれ。
「すっごい可愛いじゃない!こんな子がいたなんて!もっと早く顔見せさせなさいよ!」
「え、ああ。すいません」
「あなた、名前は?」
「香菜です」
「可愛いわねぇ!いくつ?好きなものは?スリーサイズ教えて!」
「ちょ!何言ってんですか!」
さすがの香菜もだいぶ困惑している。戸惑ったような顔で、俺の顔を見たり、俺の服の裾を掴んだりしている。
「あんたは黙ってなさい!私は、可愛い子に興味があるの!あなたみたいな、ゴツい強面に興味はないの!」
「ひでえ!」
「あ、あの!たしかに、悟さんは強面ですけど、優しくて繊細な人です」
香菜がフォローをしてくれた。なんていい子なんだ。俺は嬉しいよ。生意気だとか、クソガキだとか思っててごめん。やっぱり香菜は優しくて、いい子だな。
「だから、そんなことを言われたら立ち直れなくなってしまいます!今の言葉取り消してください!」
「立ち直れるわ!っていうかそこまでガラスのハートじゃない!」
まったく。俺をなんだと思っているんだ。まあ少しだけ、ほんの少〜しだけ傷ついたような気がしなくもないが。
「ふふ。仲がいいのね」
「仲良くない!」
「えっ。俺、お前と少しは仲が良くなったとおもってたのに・・・。俺の気のせいだったのか・・・。なんか、ごめんな」
「あ、いや、そうじゃなくて。私は悟さん好きだし、さっきのは言葉のあやというか、なんというか」
しどろもどろになりながらも、香菜が言う。それを見た大家さんは、ふふふと笑う。
「からかうのは、このくらいにしておきましょうか。さっきの猫の話だけど、いいわよ。ただ、フンとか傷とかを柱に付けたりしないようにね。もしつけたら、お金払ってもらうからね」
「本当ですか!悟さん!これで猫ちゃん飼えるよ!」
うれしそうに香菜が言う。
「フンを見つけたら、千円。柱に傷をつけたら、そのまま弁償だからね」
「う。千円ですか」
「そりゃそうよ。公共の場だもの。それくらいは、ね」
この大家さん、なかなかのやり手だな。
「よし!そうと決まれば、早速餌を買いに出発進行!」
「おい。ちょっと待てよ」
「待てないよ!善は急げだよ」
「わかったよ。まったく。大家さん、ありがとうございました」
「ええ。良いわよ。あ、そうそうそれと・・・」
大家さんが耳打ちをしてくる。
「どういう事情かは知らないけど、変なことしちゃダメよ」
この人、見抜いてたのか。やっぱ、この人にはかなわねえな。
「わかってます。それじゃ、行ってきます」
「はいはーい。行ってらっしゃい」
その後、ペンペン草でずっとじゃれていたことから、その猫はペン太と名付けられた。