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第6話 傷跡

大学生の一日は、暇なようで以外と忙しい。勉強だけなら大したことはないが、サークル活動に教授の特別講義、就活などやりたいことがたくさんありすぎるのだ。


今日もサークル活動などで遅くなり、既に九時を回っている。家には香菜が一人で待っている。急がなければ。


タタタと小走りで、家に向かう。前には一人の男がキョロキョロしながら歩いていた。初老の男。少し白が混ざった頭髪に、細い目と高い鼻。背は高く、高級そうなスーツに身を包んでいる。


「ダメか・・・」


ため息混じりの声。すれ違う瞬間に目が合う。どことなく、その目は見たことがあった・・・気がした。


「ただいまー」


キリリッ。カチャッ。カラン。


少し騒がしい。どうしたんだ?


「香菜ー。大丈夫かー?」


「うん。大丈夫だよ」


テトテトと、リビングの方から香菜が駆け出してくる。


「そうか」


まあ、思春期真っ最中の女の子が家で一人きり、しかもこんなイケメンと同居中。ま、多少はね。しょうがないかなって。具体的にナニしてたのかは、詮索しないよ。うん。


「ん。香菜、怪我してるのか?」


よく見れば腕の方から、血が垂れてきている。袖が長いから傷口は見えないけど。


「あ・・・。大丈夫、大丈夫だから!心配しないで」


「まったく。女の子なんだから気をつけろよ。どれ、見してみろ」


絆創膏を取り出して、香菜の前に座る。


「大丈夫だって。自分でできるから。絆創膏貸して」


何か妙だ。絆創膏はるくらいでここまで抵抗するか?いや、俺の信用がないだけか。


「いくら俺でも、絆創膏貼るくらいならできる。そんな怯えなくて大丈夫だよ」


「怯えてるとかじゃないよ。ただ、自分で貼りたい気分なの」


「そうか。じゃ、はい」


絆創膏を手渡す。ありがとうと香菜が受け取る。


「どこで、怪我したんだ?」


「あー。いや、ちょっとね」


チラッと香菜がペン置きの方を見る。カッターやハサミや、ペンなど文房具類を入れているペン置きだ。


ん?カッターの位置がおかしい。危ないから普段は奥側に置いているはずなのに。


カッターを手に取ると違和感に気がつく。赤いものが付着している。


「香菜」


「何?」


香菜に近づき、バッと袖をあげる。そこには、無数の傷跡がビッシリと残っていた。大小さまざまな跡に、一本の赤いラインがついている。


「香菜」


「これだけは、見られたくなかったのに」


ポツリと香菜が言う。


「お風呂だって、絶対覗かれないように、見られないように注意したのに。洋服だって袖が長いものしか着ないようにしてたのに」


「香菜」


「ずっと、隠すための努力をしてきたのに」


「香菜」


「悟さんにだけは、見られたくなかったのに!」


「香菜!」


ギュッと抱きしめる。


「ごめん。気がついてあげられなくて、ごめん!」


「そんなこと・・・しないでよ」


嗚咽混じりの声が、部屋に響く。


「私が悪いのに、ごめんなんて言わないでよ」


「ごめん」


「私は悪いことをしたのに、こんなに優しくしないでよ」


「ごめん」


「私に希望なんて、持たせないでよ」


「ごめん」


「私に生きたいなんて、思わせないでよ!」


「香菜、生きろ!香菜は素直で、可愛くて、優しくて、良い子だ」


「・・・やめてよ」


「俺は、香菜に生きてほしい」


「ああああああああああああ!」


大声で泣く香菜を見て、ふと思い出した。昔の自分を。異常者と言われた、昔の自分を。

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